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神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~  作者: みくも
たたみ掛けるトラブルと全てを解決するカロリー賛歌編
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677 ラーメンを愛する

 大森林のエルフの里での自主的な夏休みをしぶしぶ終えて、我々は大森林の間際の町を目指した。

 いや、目指すと言うかすでに大森林の中にいて、そうでなくても移動はメガネのスキルでドアからドアですぐに済む。

 だから近所の店にでも出掛けるような気軽さで、我々がガラッと戸を開けたのは大森林の間際の町、の、ラーメンを愛する某ミオドラグが趣味と実益を煮詰めて開いたラーメン屋の店舗だ。

 この大森林の間際の町のあるブルーメには元々、ラーメン文化はなかったようだ。

 そこへ、遠い島国の皇国で脈々とつちかわれてきたラーメンとその技術をラーメン職人のおっさんごと持ち帰った奴がいる。我々がちょくちょく気軽にラーメンを食べられるのはそのお陰とも言えた。全く誰だか知らないが、本当にいい仕事をしたものだと思う。全然誰だか知らないが。

 間際の町でラーメン屋を開くまでになったミオドラグもまた、そうしてブルーメに渡来した皇国ラーメンに魅了された一人だ。

 ブルーメのラーメンはそうして、ローバストに移り住みせっせとラーメンを作り続ける皇国出身のおっさんを祖とする。ミオドラグのラーメンもまたそこから枝分かれしたものだ。

 けれども、それらのラーメンはそれぞれが異なる。ラーメンを愛する者は研鑽を重ね、自らの理想に描いた味を追求するのに余念がないからだ。

 だから皇国を祖とするラーメンであっても土地や店、料理人が変わればみんな違ってみんないい。

 その繊細な違いを、また日々移り行く進化の過程を逃すことなく享受するため、我々は各地の店を定期的に巡回しなくてはならなかった。

 忙しい。ああ忙しいラーメン大好き。

 そんな強い気持ちを胸に秘めた我々が、これはいたしかたなしと言う顔でキリッと足を踏み入れたミオドラグの店。

 その中は今、なんか。

 めちゃくちゃごうごうと燃えていた。

「わ……わたしの店が……! わたしの店がっ……!」

「店長! いけません! 店長!」

 その店内では今まさに、店主であるぽっちゃりした人影が無意識のように、よろよろ火元へ近付こうとするのを痩せぎすの従者が全力のタックルで止めているところだ。

 どう見ても肉付きのいいミオドラグのほうが重そうなのに、枯れ木のようにひょろ長い従者に押し負けてずるずると土俵際へと追い詰められた。決まり手は押し出し。

 土俵と言うか危険な店内から退避させられたと言う話だが、なんとなく国技館での本日大一番が私には見えた。

 修羅場である。

 ネットでよく見る炎上ではない。ミオドラグの店は今、マジのガチで燃えていた。

 ドアからドアへ移動するメガネのスキルで軽率に、ラーメン屋の引き戸からぞろぞろ出てきた我々も火の勢いに押されるようにあわてて店の外へと逃げ出した。ミオドラグと従者の一番を観戦している場合ではなかった。

 ラーメン屋のせまい店舗はカウンター席だけの細長いつくりで、その背後の壁が全部引き戸になっている。

 ドアのスキルで訪れたばかりの我々があわわわとまごついている間にも、ミオドラグを押し出して従者が避難できたのは割とどこからでも出入りできる店の構造が幸いしてだ。

 火の手は決して広いとは言えないそんな店内の、なんとなく拭いても拭いてもこってりとした汚れの取れない厨房の辺りを中心に勢いよく上がっていた。

 もう天井に届くほどに大きく育った炎がボーボーと、辺り構わず熱風を振りまきあらゆるものを燃やして焦がす。

 わあすごい。

 と、私は少しぼんやり見てしまったが、たもっちゃんは一緒になって数十秒ほどぼんやりしてから「あっ、違う!」と自分が魔法を使えることを思い出したようだ。

 はわわとあわてて水の魔法をばっしゃばしゃに展開。どうにかほどなく消火した。魔法を使えるようになったのが人生の中で最近なので、パニックになると頭から吹っ飛んじゃうよねなどとあとから真顔で言い訳を述べた。

 火の手の勢いがありすぎた割に、被害はかまどを設けた厨房と、厨房に接するカウンターの一部を炭化させただけで済んだ。

 だいぶ真っ黒だったので全然「だけ」ってこともないのだが、ラーメン屋の店舗は木造一階で、上はアパート的な住宅だ。

 周囲には似たりよったりの燃えやすそうな建物が並び、そちらにまで延焼していたら人にも被害が出たかも知れない。

 我々は、消火には成功したものの魔法の水でびしゃびしゃの、そして室内の一部を黒々と焦がしたラーメン屋の前で立ち尽くす。

「やだあ……」

「火事は駄目よ……火事は……」

 私もメガネも、もうなにに対してかは解らない気持ちでなんだかとにかく引いている。

 思えば、これまでも何度か火災の現場に遭遇してしまうことはあった。エレたちの住んでた森の小屋とか、盗賊団に困っていた村の小屋的な家とか。

 ただ、そのどれもが孤立に近いぽつんとした立地の、そして小規模な建物だった。

 小屋ならいいと言うものでも決してないが、町中の、こうして密集した場所での火災となるとまた別の緊張感がある。

 あまりにも恐怖。

 それに、今回は恐らくタイミングも悪かった。

 普段ならラーメンのための製麺技術を修めたエルフがバイトで入っているのだが、今は今日のぶんの麺が終わって店を閉め、バイトを帰して店主たるミオドラグとその従者だけで明日の仕込みをしているところだった。

 エルフは大体魔法に優れているので、彼らがいればここまでは燃えなかった可能性が高い。

「どうして……どうして……」

「やっぱさ、エルフは必要なのよ。人生に。俺もそう。俺もいつもエルフの息吹を凄く間近で感じていたい」

 こんな不運あんのかよと胸いっぱいの悲しみで語彙力を失う私の横で、たもっちゃんがなんか言ってたがそれはもう誰も聞いていなかった。黙殺である。

 さすがに騒ぎを聞き付けてなんだなんだと近所の人が集まって、店の前を通った道は騒がしい。

 その、消火のための魔法の水でびたびたになった店の前の道に、ミオドラグが崩れ落ちていた。

 ぼう然とするばかりのその様を、テオによりフェネさんを確保したのと逆の手で抱き上げられていたじゅげむが本当に悲しそうな顔で見る。

「かわいそう……」

「わかる」

 これはもう本当にかわいそう。

 のちに、近所の人たちから話が波及し伝わったらしき常連客のドワーフなどがどやどやと現れ「あぶねえと思ってたんだよ!」とキレ気味に焦げた壁や天井をめりめり破壊し持ち込んだ石材や鉄板で勝手に、そして耐火性を高める方向に補修を始めたのを流されるままぼんやり見つつ、ミオドラグは語った。

「ラーメンのスープを仕込むのにかなりの強火が必要で、これまでも何度かひやっとすることはあった、でもいつもエルフがなんとかしてくれていた。これまで大丈夫でいたのだがら、これからも大丈夫だと思った。どうしてこんなことになったのか解らない」

 ボヤ騒ぎを出したラーメン屋の店主たる、ぽっちゃりした体をしょんぼりさせて言いつのる青年。その姿に、我々からはうなるような声が出た。

「いやぁ……ヒヤリハット……」

「軽微な事案をくり返した末に重大インシデントを招くべくして招いとるやないかい……」

 火、多分これまでも軽めに何回も出しとるやないかい。

 この件に関しては、常連客の証言もある。

 ラーメンを愛するがゆえだろう。

 工具や建材を手に手にかかえ駆け付けてくれたドワーフを始めとする間際の町の職人は、普段から危ないとは思っていたがボヤ騒ぎになる前にいつもエルフがなんとかしていた。また、エルフの守りは万全とばかりに奴らがドヤとしてたのがイラつき、つい話を詰めずに放置してしまった。――と、まるで泣いているかのように鼻をすすって気に病んだ。

「あん時、もっと強く言っときゃあ……こんなことにはよ……」

 集まってくれた職人の、常連客にはドワーフが多く彼らはなぜかエルフと折り合いが壮絶によくない。

 これが悪いほうに働いてしまった可能性はあるが、でもあれよ。それ多分、おっさんたちは悪くない。

 安全管理者としての責任はそもそも火が出ないよう適切な対策を取らず、エルフがいるからヨシ! とした現場監督たるミオドラグにあるのだ。ミオドラグはラーメン屋の店主で、現場監督ではないけども。

 こうして、火災を起こしたミオドラグの店は、これ、賃貸契約とかどうなってんのかな。とぼんやり思う我々の前であっと言う間にさらなる破壊、そして補修工事が勝手に進む。

 結果、店舗は賃貸物件ではなかったものの火災からの秒での工事は色々よくなかったらしく、まあまあじっくり怒られてしまった。

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