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676 今年の夏の総括

 トロールは争いを好む性質で、そのため大森林の暴れ者とも呼ばれる。

 なんとなく我々のお世話を許し受け入れて、小さきものに鷹揚な金ちゃんこそがちょっと特殊である可能性が高い。

 金ちゃんかわいいよ、俺たちの金ちゃん。すきあらば武器をぶん回し乱闘に参加しようとするとこはあるけど。

 また、そんなトロールの中でも特に今回我々が、そしてエルフが遭遇し、金ちゃんには再会となったトロールの群れはなんらかの要素によって特殊進化した変異種だ。

 これは通常のトロールよりも体が一回りも二回りも大きく発達し、戦闘力も輪を掛けて高い。つまりそれに伴って、危険度合も格段に高くなる。

 さらには、進化の過程で変異種は通常のトロールよりもいくらか優れた知恵をも備えることになったかも知れない。

 これは厄介なことだった。

 彼らのいた穴は谷のように深く、抜け出すのは非常に困難だろう。だが、この先もずっとそうとは限らない。

 大自然の中にあってはあまりに脆弱な人類が、知恵と筋力で幾多の困難を乗り越えてきた歴史のように。

 元よりいくばくかの社会性を持つトロールの、その変異種たちが文明への道を絶対に開かないとは誰にも断言することはできない。

 と言うか、崖上にいる我々を自分たちのいる穴の底まで呼びよせるため崖ごとごっそり崩して落とす知恵ならすでにあるのだ。

 ならば崖を崩したがれきを積み上げ、階段状の建造物を作る日もそう遠くないような気がする。

 困る。

 そうなれば、変異種たちが谷のように深く広い穴の底から地上へ出てくる日も遠くない。

 だから、いつ目の前に現れて敵に回るか解らない以上、その存在を放置することはできないのだ。

 これはエルフの里の里長が決定し、そして里に住まうエルフたちの総意だ。

 我々もそれを否定はしない。

 仕方のないことだと解るから。

 ただ、安全な場所からのセンチメンタルだとは承知の上で、ちょっとだけ。

 父ちゃんをいじめるなと必死だった変異種トロールの幼体も一緒に討伐されちゃうんだろうなと、やるせないような気持ちになってしまうけど。


 そうして、さらに日を改めて。

 どうしようもない苦さをそれぞれの胸に残しつつ、変異種トロールの討伐が決行されることになる。

 これはエルフのみで結成された討伐隊が任に当たった。

 トロールが身近すぎる我々――実際に参加できるとすればメガネやテオの男子たちだが、この心情に配慮し、もしくは狩るべき命を前にして必要な決断をくだせずに討伐隊に損害を与える事態を危惧した上での措置だった。

 討伐隊は朝、静かに出発し、その日の午後には意外なほどに早く戻った。

 そして仲間をまとめ討伐の指揮を取っていたエルフが、戻るなり武装も解かずに里長の元を訪れこう言った。

「群れのトロールが残らず穴からいなくなっていた。罠か、隠れているのかと皆で念入りに探したが、発見したねぐららしき洞穴も閑散としていて、何の気配もなかった。恐らく、逃げたのだと思う」

「マジで?」

 はっと口を開いた里長がなにか言葉にするより先に、横からぐいぐい身を乗り出して問い返してしまうのは我々だ。マジで?

 それをちょっとジャマそうにして押し戻し、里長が報告に現れたエルフに向き直る。

「それは、変異種が穴を出たと言う事か?」

「正直なところ、解らない。だが、崖を這い上がった訳ではないらしい。あの穴は地下空間が崩落してできたもの。よくよく探せば水脈の跡か、細い洞窟がいくつか。少し覗いた程度だが、かなり深い様だった」

「そこを進み逃げたか……」

 里長はうなずき呟いて、控える息子に長老らを集めるように命じた。

 それで再度の協議の結果、もういいのではないか、と言う話になった。

 大森林の陥没穴から四方へのびる洞窟は長く、先がどうなっているか解らない。地下洞窟は水脈がのたくるように切り開くため、行き止まりや、一度入り込んでしまったら戻ることさえできない構造も少なくはない。

 これまで変異種トロールの群れが食料も乏しい大穴に留まっていたことを思うと、少なくとも簡単には通れないルートである可能性が高い。

 であれば、追跡するにも危険が伴う。里の危険をはらうため、エルフの戦士を危険にさらすのは本末転倒になりはしないか。

 エルフの調査とメガネのガン見で周囲には、そしてこのエルフの里の近辺に、変異種のいた大穴からつながる洞窟の出口らしきものはないと言うことも確認された。

 その事実も合わせ、こちらを恐れ逃げたものを追い詰めてまで狩ることはない、と結論付けられたのだ。

 変異種の群れの討伐は安全のために必要なことだと理解していた一方で、極めて気の重い事態でもあった。

 なんか都合よく勝手になんとかなんねえかなと内心うっすら思ってはいたので、それが不要と決まったことで私は心の底からほっとした。

 仕方ない。キリッ。とかしてたのに、あとから出てくるこのわがままな気持ち。

 しかし厳しい態度で取り組んでいたエルフらもどこか安堵した様子だったので、生きとし生ける我々は誰しも相反するダブスタをかかえているのかも知れない。解るよ。あるよね。めちゃくちゃめんどくせえこととかあると、寝て起きたら勝手になんとかなってねえかなとか思うこと。ものすごく解る。


 また、これはこれで話が終わり変異種トロールのことについてはなんとなく決着、となってからずっと先の別の話。

 大森林で狩りをしていたエルフの前に異形の、明らかに変異種と解る大きなトロールが数体現れた。

 それらはエルフに対してめちゃくちゃ腰を低くして、土下座の勢いでぺこぺこと頼み込むような動きをくり返す。見れば、深い傷を負った仲間を連れていた。

 まさかとは思いながらもエルフが万能薬を与えてみると、変異種のトロールたちはそれを仲間の傷に振り掛けて使い、また礼を言うかのように、「へへっ……旦那に手間掛けさせちまってすいやせん……へへへ……」みたいな感じでぺこぺこと、そのトロールたちが仕留めたらしき魔獣やらめずらしい木の実を差し出すように積み上げてそそくさとあくまでも腰を低くしたまま逃げるように立ち去ったらしい。

 と、言うような話を、もう変異種トロールとの衝突のこととかほぼほぼ忘れて油断した頃にほかの里のエルフから伝え聞いたと言う里長からさらにうっすら聞いたり聞かなかったりすることになるが、それが今回のことと果たして関係があるかどうかは解らない。解らないと言うことにしとこうと、エルフたちも我々も申し合わせるまでもなくなんとなく固い決意を固めるなどする。ふわっと逃がしてほっとしつつもあとになり、じわじわと本当によかったのだろうかとさすがに思うところがあったので……。

 ただ、なんとなくではあるものの、かつて人間に腕をくっ付けてもらった金ちゃんの経験則によるニンゲントロールキズナオスの認識と似たような流れで、進化によって知恵を付けた変異種トロールが今度はエルフをトロールの傷を治してくれる便利ななにかだと認識している可能性は感じたりしている。


 話は戻り、今年の夏の総括である。

 途中、あまりの怠惰に親の田舎のおじーちゃんみたいなエルフの里の里長にエルフ調査隊に組み入れられて大森林のでっかい穴までただ付いて行くなどのイベントはあったが、今年も自主的な夏休みとしてなかなかだらだらと時間を溶かして大変よい休息となった。

 じゅげむや里のエルフの子供らも自由研究に没頭し、みんな違ってみんないい苔の花をそれぞれ見事に花開かせた。じゅげむは数日おきに公爵家での塾があり、そちらでも苔の育成について子供の間で情報交換が活発になされていたようだ。ガチなのよ。夏の研究が。

 そうこうする内、夏の終わりが見えてきた。

 なにごとも永遠ではないものだ。悲しい。

 もう俗世に戻りたくないみたいな気持ちもすごくしみじみとはあるものの、だいぶ怠惰に時間を溶かした自覚もあった我々はお世話になったエルフの里の住人たちにめそめそうじうじと別れを告げた。

 そして大森林を一度出て間際の町で冒険者ギルドの講習を受け、すぐさま戻ってくる算段である。

 秋がくる。大森林の実りの季節が。

 冒険者たる者として。また、ありとあらゆるおいしいものを愛するメガネとメガネの料理に日々頼り切りの者として。食材の宝庫でもある大森林の、この時期は決して逃せない。

 いつもの流れで言うならば秋になっても多分エルフの里には普通にくるし、だとしたら大げさに別れを惜しむ必要もない。

 だから、めそめそするのはひたすらに、長期休みが終わってしまう大人としての悲しみがあふれて出ただけだった。つらいね。

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