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674 暴力で語り合うタイプ

 金ちゃんは鷹揚なトロールである。

 特に小さきものに対しては本当に、もう、感謝の念すら覚えるレベルでだいぶ保護者の立ち位置である。

 あと、なんか。

 あまりにも圧倒的な暴力を前に我々は、これアカンやつやとドン引きで裏切られ居場所を負われた金ちゃんの深くどろどろとした怨恨を勝手に想像したが、多分、トロールそう言う生態じゃなかった。

 長いことあんまりいっぱいは覚えてられないと言うか、恨みとかの感情なんかなくても、ただただ暴力で語り合うタイプの生き物だった可能性が高い。

 金ちゃんはトロールの子供に石を投げられて、敵である変異種のボスがもはやぐでぐでなことに気が付いたようだ。

 フンッと鼻から息を吐いた時、ものすごくつまらなそうな顔だった気がする。

 そんな金ちゃんはさながら戦利品であるかのように、ボスを引きずり我々のほうへ持ってきて障壁のそばへと一旦置いた。

 さらに一人で先ほどまで戦っていた辺りへ引き返し、なにかを拾い、その、ぼたぼたとまだ新鮮な血を落とす大きな手首を障壁のそばでぐんにゃり倒れるボスの近くへぞんざいに投げた。

 最初から金ちゃんは外にいたためか、我々を囲む障壁に金ちゃんは入れなくなっていたようだ。

 外から魔法で展開したその壁を、金ちゃんが力任せにばんばんと叩く。

 ただし、その顔はなんとなく、「おい早くやれよ」とでも言っているかのようだ。

 これは、本当に多分ではあるのだが。

 私、思いましたね。

 この一連の金ちゃんの行動と、その足元にぐんにゃり置かれた腕を切られた変異種のボスを見ていると。

 なんとなく金ちゃん、ニンゲンはトロールのちょん切れた腕をくっ付ける便利な存在とか思ってそうなとこあるな……って。


 まあ、くっ付けましたけど。メガネが。

 金ちゃんの取った行動に、真実そんな意味があったかは解らない。

 けれどもとりあえずなにかを期待されてるようだったので、たもっちゃんが断腸の思いでエルフの万能薬を使用してボスの手首を見事に治療。

 ついでに私も、体にええお茶でも飲ませといたろ。と、仰向けに転がされた変異種ボスの半開きの口へと、ぬるめのお茶をじゃばじゃばそそいでゲホゴホさせてびっしゃびしゃに仕上げた。

 先ほどまではコヒューコヒューと変な呼吸音がしていたが、なんとかそれも落ち着いた気がする。万能薬は手首に使われただけなので、呼吸の感じはおぼれるほどに惜しみなくそそいだ体にいいお茶の効能だろう。うるおい。どういたしまして。

 そうして新品同様に治療したボスは、寛大極まりないことに、あっさりと変異種の群れに返却された。

 返したのは治療が終わるのを見計らい、「もうええやろ」と大体の感じでボスの足を雑につかんでのしのし運んだ金ちゃんだ。

「戸惑ってる戸惑ってる」

「そらそうよ。ボスのことボコボコにしたの金ちゃんなのに、治療したボス返してくるのも金ちゃんなんだぜ。困るわそれはトロールも」

 ボスを治療するために一回外に出ていたメガネと私も障壁へとすぐ戻り、そこからやたらとのんびりとノーマルと変異種によるトロールたちの訳の解らない交流を眺める。

 これもマッチポンプってやつやろか。みたいな所感が胸を去来して行くが、うちの金ちゃんはそんなことしない。きっと心のおもむくままに、ただ素直に行動しているだけなのだ。確証とかはないけども。

 金ちゃんが雑に引きずり運んだために、またもや岩や木の根ででこぼことした地面の上でゴンゴンガンガンとバウンドし、主に頭部に地味なダメージを蓄積している変異種のボスはさらにポイっと投げ捨てられた。治療とは一体なんだったのか。

 ほれ返す。とでも言ってそうな様子で、金ちゃんがボスを投げ捨てた先にはやはり変異種であるトロールの群れ。

 彼らはもう、おとなしい。

 勝負はとっくに付いている。

 宿敵である変異種トロールのボスと対峙し、かつて群れを追われたノーマル金ちゃんが堂々と勝利すると言う形でだ。

 たもっちゃんやエルフからの深すぎる同情と支援魔法と言う容赦ない過剰ななにかは介在したが、とにかく勝ちは勝ちなのだ。多分。ホンマにせやろか。

 野生動物の世界では、多くの場合ボスの敗北は新しいボスの誕生を意味する。しかも、現ボスを倒したのは自分たちに恨みを持ったかつての仲間だ。

 これはもう、ボスだけでなく群れの命運も解らない。

 そんなひやりとした危機感が絶望のように彼らを絡めとろうとしていたところへ、人間がびしゃびしゃにいじくり回してなにやら腕のくっ付いたボスがぽいっと普通に返されたのだ。

 これは訳が解らない。

 変異種側のトロールたちも、おろおろするしかないだろう。

 低く喉を鳴らすようにして、ウゲェ……と的確なうめき声を上げながら落ち着きなくそわそわと、どうしたらいいのか戸惑う様子で変異種トロールの群れは完全に戸惑う。

 私はこんなにたくさんのトロールを目にするのすら初めてで、そこに、変異種とノーマルとの差で姿はだいぶ違ったが金ちゃんがまざる光景にぎゅっと胸が詰まってしまう。

 そこにあるのはどうしようもない寂しさだ。

「金ちゃん、行っちゃうのかな……」

 改めて確認するように、そして自分に言い聞かせるように。

 呟く私に、たもっちゃんが答えた。

「それは……まぁ……。金ちゃんは元々、ここにいた訳だし……」

 お互いに、ついつい声がしんみりずるのは仕方ない。

 嫌だと思う。

 そして同時に、止められないことも知っている。

 金ちゃんは本来、大森林で自由に生きるはずだった。

 私たちと出会ったことは、不運と、いくらかの悪意で歪められた結果だ。その運命を取り戻せるのなら、きっとそうしたほうがいい。

 だけど悲しい。どうしても。

 今になり思い返してみても私が奴隷商で見付けた金ちゃんをはあはあ言って引き取ったのはただただノリとテンションでしかなかったが、今となっては親しみや愛着、そしてもう、言葉にならないなにかでつながっているような感覚があった。

 だから、別れの予感がじくじくと、胸の奥から全身に広がりなんだか目頭までがツンとする。

「やだあ、金ちゃん行かないでえ……」

「やめてよぉ。リコが泣いたら俺まで泣けてきちゃうでしょぉ……」

 金ちゃんあれでしょ。これもう、行っちゃうでしょ。ボスだもん。ボス倒してボスに返り咲き、ノーマルトロールでありながら変異種たちのトップに君臨するんでしょ。

 下剋上。さすが俺たちの金ちゃんやでえ。

 ここへきて急に情緒ぐちゃぐちゃでじくじくめそめそし始めた私やメガネにドン引きで、困惑の声を上げたのは誰か。

「えぇ……?」

 テオだったのか、レイニーか。それともエルフたちだっただろうか。

 少なくとも続けて、こう言ったのは大森林に親しみ生きるエルフの中の誰かだと思う。

「いや、あれはもう戻らないだろう。野生には」

 あまりにも当然すぎる事実のように、きっぱり告げられたその意見。

 我々、えっ。と真顔ですよね。


 話は変わるが、いややっぱ変わってないかも知れないが。

 世の中、飼い主の責任と言うものがある。

 つまりすっかり餌付けして私の頭をスイッチのごとくぼよんぼよんと連打するだけでなぜかおいしいものがいっぱい出てくると学習した金ちゃんを、大森林に戻すのはどう考えても責任ある人間のすることではないのだ。

 それはそう。マジで。

 それは本当にマジでそう。

「責任……人としての……うっ」

「いやでも金ちゃんはリコが責任持ってお世話するって……俺じゃないから……うぅ……」

 我々は、――主に私とメガネは。

 それが自然な幸せよねとばかりにそのまま見送ろうとしてた金ちゃんがボスの返却がぽいっと終わると普通にこちらにのしのし戻り、まだ入れなかった障壁をばしばし叩いて「おい入れろ」と催促。そして障壁を担当していたエルフによって金ちゃんも入れるように調整された障壁に当然のように帰ってくるとどっしりとくつろぎ、一仕事終えた感じで連打すると食べ物が出てくるボタンのようにメガネや私の頭をぼよぼよと叩くその様に、ウッと胸を押さえた。

 完全にいつもの金ちゃんである。

 とっくに手遅れやったんや。金ちゃんにはもはや、野生など残ってなかったんや全然。

 そう、金ちゃんのお腹周りとか、意外ともちっとしてんなとは思ってたんすよ私も最近。

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