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670 精霊

 精霊はどこにでもいて、その姿を見るにも、声を聞くのにも才能がいる。

 地球ではどうか解らんが、この異世界ではとにかくそれが事実であるらしい。

 そして往々にして精霊は、ひどく気まぐれなものだった。

 力を借りることができればなんだってできるが、力を借してもらえるかどうかは精霊の気分でしかないのだ。自由。

 けれどもその点、エルフならば安心である。

 種族的に大体が自然と共にロハスな感じで生きているため、あるがままに存在している精霊たちから愛されやすいとのことだ。

 て言うかエルフっていつもお花の蜜とか携行してんの? メルヘンじゃん。と、真顔で絶賛するメガネがふらふらと精霊に呼び掛けるエルフらに近付こうとするのを私やレイニーがはがいじめにしている間に、彼らは見事、精霊への呼び掛けに成功したようだった。

 それはいい。

 いいのだが。

「えっ、精霊ってこんな破天荒なもんなの?」

「リコ、破天荒の本来の意味は前代未聞的なやつだから多分手に負えない荒くれ者みたいな使いかたは違う」

 目の前でくり広げられる光景に、思わずこぼれた呟きを細かく拾ってメガネが訂正を入れる。

 しかし私も大体「手に負えない荒くれ者」みたいな気持ちで言ったので、誤用のはずがなぜか割と伝わってるのがおもむき深い。

 そう。なんかそうかなとうっすら思ってはいたのだが、精霊。想像よりもだいぶ手に負えない勢いがあった。

 もはや谷のような規模ながら地下空洞の天井部分が崩落し、地上に現れた巨大穴。

 これを上から見ていたはずが、突如足元が崩れたことで内部へ落下してしまった我々。

 魔法を使える各位のお陰で、なんとか軟着陸してことなきを得た。

 ありがとう、風の魔法が得意なエルフとついでにメガネ。マジでありがとう。

 しかし、たもっちゃんの「やだもう!」と悲鳴のような解説によると、我々の足元が急に崩れたのは究極的な運の悪さでたまたまそうなったものではなかったようだ。

 ……最近の我々、そうはならんやろのレベルで運が悪いことがあるので、ちょっとそれもあるかと思った。

 けれどもメガネのプギイとした訴えによると、恐らく変異種のトロールが巨大穴をぐるりと囲む壁のような崖を下からズガンと叩いて崩し、その上にいた我々を意図的に穴の底へと落としたのではないかとのことだ。

 あまりにもパワー。戦闘力のインフレが起こったバトルまんがとかで見るやつや。

 だが、そんなことができるなら変異種トロールの集団もうまいこと穴から出られそうな気がする。

 が、それには陥没穴と地上のギャップが高層ビルに迫るレベルでありすぎること。

 そしてこれは私も穴の底から自分の目で見て解ったが、下のほうから見上げると深い陥没穴の壁面は丸みを持ってえぐれるような崩れかたをしていた。

 元々が地下空間、洞窟として生まれたせいなのだろうか。

 地上と穴底を高く隔てる断崖は、内に向かって倒れ掛かるかのようだ。上部が空中にせり出して、ひさしのようになっている。

 これをのぼるのは大変だと思う。不可能に近い難しさかも知れない。

 だから、変異種のトロールは我々を落とした。自分たちのところへと。

 では、それはなぜなのか。

 穴から出られず退屈してた。と、言うだけでもまあ、ありそうな気はする。なにしろ相手はもめごとを愛するトロールだ。なんだってあり得る。

 私のトロールに対する偏見は大体が金ちゃん由来のものでしかないが、今回、変異種のトロールたちが目的としたのはほかならぬその金ちゃんだった。

 我々の前に現れたトロールの群れは、かつて、金ちゃんの仲間だったのだ。

「“クックック、久しいな。オレに負け群れを追われた時以来だ”」

「“両手を落として放逐したのに、無事だなんて! 悪運が強いねえ!”」

「“見てごらんよあの顔! 情けないったら!”」

 ただし、そこには決して友好的な雰囲気はない。

 その言動からも見て取れるように。

 めちゃくちゃ死ぬほど感じが悪い。本当に心底感じが悪い。

 どうやら変異種トロールのゴルゴルとしたうなりが、ストレートな煽りであることを我々はエルフたちの通訳で知った。

 そのエルフたちもまた、トロールの言語は解らないので精霊の力を借りてのことだ。

 我々の周囲はメガネの張った魔法障壁が守っているが、条件付けの関係か。精霊たちにはあんまり関係ないようだ。

 エルフに呼ばれた精霊らしきやわらかな、小さい光が障壁をすり抜け好き勝手にぽわぽわと漂う。

 精霊っつったら某メルヒオール少年が天界から与えられたありがたい卵をあたためてそれっぽいものを生み出していたが、本物の精霊は別に小さいおっさんではなかった。我々に見えてないだけかも知れないが、なんとなくよかった。

 なになに? ケンカ? トロール好き勝手言ってるよ! と言ったかどうかは知らないが、ぽわぽわ光って辺りを飛び回る精霊はなんだか楽しそうだった。

 そしてきゃいきゃいとトロールのセリフを教えてくれる声を聞き、エルフたちが律儀に全部通訳し我々に教えてくれていた。

 つまり、ガウガウ言ってるトロールに、きらきらしいエルフらがアテレコしている状態である。

「“ボスの座を取り返しにきたか? 遅かったな。オレたちを見ろ。この体を。もう昔のオレたちとは違う。返り討ちだ”」

「“そうよ! ×××は強いんだから! □□□よりもね! 今さらよりを戻そうったってお呼びじゃないのよ!”」

 粗野に、下劣に、ギャハギャハと。

 それだけは通訳しなくてもあざ笑っているのがありありと伝わる声を上げ、変異種のトロールたちが金ちゃんを囲む。

 その内容がエルフによって通訳されるのを聞きながら、私は思った。

「……たもっちゃん、これさあ……」

「しっ! 精霊に強要されて言われるままアテレコしてるエルフさんたちの声が聞こえないでしょ!」

「いやでもこれ、トロールうなり合ってるだけだから絶対こんな長いセリフ言ってなくない?」

「それはまあ……うん……」

 たもっちゃんは通訳と言うには段々と力が入って臨場感が出てしまうエルフたちのアテレコをできるだけ聞き逃すまいと必死で、それ以外はもうどうでもよさそうだった。

 けどあれ、なんとなく正確じゃないと思うんや。

 そもそもトロールの鳴き声はほとんど感情のぶつけ合いであるらしく、人に伝わる言語にしようと言うのが無茶らしい。

 そこを興に乗った精霊たちが大体の感じでカバーして、そのためにだいぶ盛った内容になってしまっている予感がすごくある。

 あと×××や□□□とか言った、本当になんと言っているのか全然解らない部分はどうやらトロールたちの個人名のようだ。

 しかしエルフの喉では発声するのさえ難しいらしく、出てくるたびに違う音に聞こえてしまう。出てくるたびに名前が全部違うから、登場人物が無限に増えて行くシステム。

 臨場感が増してきたエルフのアテレコも興味深くはあるのだが、もう誰がなにでなんなのか全く解らず私は早々にふるい落とされた。

「多分今、金ちゃんの本名さらっと頻出してるんだよな……解んないけど……」

「いやリコ、それよりも設定よ。金ちゃんの。ボスだったって言ってたよ。しかも横でぎゃーぎゃー言ってるトロール、もしかしたら元嫁かも知んないよ。ボスの座と共に新しいボスに奪われてる系の波動が凄いけど。あの口ぶりはさぁ……やだぁ……」

 ヒロイン不在のお昼のドラマみたいねえ。

 いやむしろ金ちゃんがヒロインなんじゃない?

 などと。

 私はメガネとテキトーなことを言い合うが、そのそばでは同じ障壁の中に避難したテオやエルフの男子らがウッと胸を押さえて苦しんでいた。

 地位と妻を武力によって奪われる感じが、どうしても同情を呼ぶらしい。

「どうして……どうしてそんな……」

「トロールの世界だとしても、あんまりじゃないか……」

 男子らの傷が深すぎる。

 精霊の通訳はまだ全然続いてて、それはもうひどい罵詈雑言が含まれたセリフをやいやい伝えていたようだ。

 倫理観や品性と絶対に相容れないその内容に、エルフらがものすごい顔でアテレコするのがさすがにもうダメだった。

「もういいの! 大体解ったからもういいの! 無理しないで!」

「精霊ちょっとマジで自重して!」

 精霊てこう、なんかこう、もっとメルヘンなもんじゃねえのかよとメガネや私までもがあわわわとした。自由さで我々を引かせるなどとあまりにも大したものだった。

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