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67 無限フライ地獄

 枝葉や草が何層にも重なり、緑の濃い鬱蒼とした森。

 冒険者ギルドに守られた小さな休息地を出てみれば、危険な魔獣がごろごろいる森。

 適当にむしれば大体どれでも売れる草でいっぱいにあふれ、もしかしたらエルフの里がどこかに隠されているかも知れない広大な森。

 そんな、冒険者やうちのメガネ垂涎の大森林で我々は。

 ひたすらパンを焼きパン粉を削り、ヤジスのフライを揚げていた。

 油の中でじゅわじゅわと、こんがり揚がるヤジスのフライを見詰めながらに私はうめく。

「暑い。もうやだ」

「リコ、それは言わない約束でしょ……」

 粛々とパンに切りめを入れながら、たもっちゃんは首を振る。鉄壁だと言う黒ぶちメガネの向こう側には、若干どろつき焦点の合わない目があった。

 私には解る。こいつもまた、もうやだと思っているのに引き際が見当たらないのだと。

 大森林に足を踏み入れ、四日にもなる。

 四日の間、我々はずっとヤジスフライに取り付かれていた。あと、やわらかいパン。

 私は、いや、たもっちゃんもまた、獣族およびに冒険者たちの旺盛な食欲をなめていたと言うほかにない。

 大森林に入った初日、休息地に着いたのはもう夕方近くのことだった。

 夜行性の魔獣ももちろんいるが、夜の狩りは入念に準備して慎重に行うべきものだ。ぐねぐね曲がる獣道を歩き詰め、到着してすぐ狩りに行こうと言う者はいない。らしい。

 休息地に到着すると、獣族たちは大きな体で我々をむさ苦しく取り囲んだ。

 そして言った。

「おら、パン出せや」

 カツアゲとパシリが融合したのかと思った。

 メガネ特製の調理パンを要求するのは、自分の予定を遅らせてまで大森林の入り口で我々を待ち構えていた冒険者たちだ。残念ながら、焼きそばパンは存在しない。

 彼らはぐるぐる喉を鳴らして、わくわくしながら銅貨や魔石を強くにぎりしめていた。さながら、猛ダッシュで駄菓子屋に走り込む放課後の小学生のようである。

 四日間におよぶ我々の、揚げ物無間地獄はここから始まることになる。

 ターニャたちと再会したのは、夕暮れの空の赤みがなくなり夜になった頃だった。

 彼女たちのパーティは我々を待たず、先に大森林に入っていたらしい。そのことをまず、ターニャは謝った。

「ごめんよ。依頼を受けちまってたから、先に片付けたくて。悪かったね」

 ものすごく申し訳なさそうに言われたが、そんな謝罪は必要なかった。普通はそうだ。普通は。同じパーティでもなければ遅れた奴を待たないし、待ち構えたりもしない。

 それにお互い、まあ会えるだろうとは思ってはいた。

 大森林は広大だったが、環境は過酷だ。休める場所はそうそうないし、初めて入った初心者たちが行動できる範囲はせまい。らしい。

 この休息所は大森林のかなり端の外縁部だが、大森林に入った初日は大体の冒険者がここを起点に肩慣らしをするそうだ。

 つまり肩慣らしの期間なら、ここで会えないと言うことはほとんどないのだ。

 一仕事終えて疲れているはずのターニャとその仲間たちは、すぐに我々を手伝ってくれた。

 代金や魔石と引き換えにパンを渡す係を引き受けてもらい、そのお陰で私たちは制作作業に専念できた。これはずいぶん助かった。

 これも恩返しの一環らしい。かなり恩を返されてしまった。貸しなど存在しないのに。

 ただ本人たちにしてみると、こう言う形で恩を返すとは思ってなくて釈然とはしていない様子だ。

 まあな。わざわざ大森林の中にまできて、販売業務とは思わないよな。私もね、思わなかった。

 しかし、私はまだいいほうだ。たまに揚げたてのフライをトロールの口に放り込みつつ山ほどヤジスのフライを揚げて、その作業が一息つくと休憩がてら外に出られる。

 それにはパン粉担当のレイニーも付いてきて、魔獣除けを祈られながら適当に手あたり次第に草をむしった。

 そんな息抜きもできずにいたのが、たもっちゃんとテオである。

 こいつらはあまりにも単純作業を続けたせいで、感情を失い掛けていた。

 調理主任のうちのメガネが抜けられないのは仕方がないが、テオは最後にタルタルソースを掛けるだけの簡単なお仕事だ。いつもいる訳ではないが、三人に増えた販売窓口から一人引っ張ってくればサボれなくはない。

 だが、テオは変に律儀だった。たもっちゃんが休んでないのに自分だけ休むことはできないと、使命感だか義務感で自分で自分を縛り付け苦行のようにタルタルソースを振りまき続けた。

 テオ、お前そう言うとこだぞ。もっと楽に生きてもいいんだぞ。

 私はそう思ったが、別に自分は困らないので特にアドバイスはしていない。

 パンを焼き、パン粉を削り、ヤジスのフライを揚げてはさんで、タルタルソースを掛けて売る。

 それだけのことだが、同じことのくり返しだしとにかく暑い。調理に熱した油を使うため、レイニーのエアコン魔法の中にあってもだらだらと汗が止まらなかった。

「暑い。飽きた。帰りたい……」

 しかし私をうめかせるこの無限フライ地獄も、リディアばあちゃんに持たされたヤジスが尽きるまでのこと……かに思われた。

 だが、そうではなかった。

 外縁部とは言え、ここは大森林である。

 ヤジス虫も、大漁とのことだ。

 素材が足りないと聞き付けて、獣族のおっさんたちが狩りのついでに青いボールのような外殻のヤジス虫を持ち帰ってきた。

 青いボールが次々集まる様を見て、たもっちゃんは崩れ落ちた。

「嫌だよぅ。働きたくないよぅ。俺だって狩りに行きたいんだよぅ……」

「タモツ、落ち着け。狩りも仕事だ」

 だが、気持ちは解る。テオはメガネの背中に手を置いて、沈痛な面持ちで目を伏せる。

 仕事があまりに忙しすぎて、日課のソシャゲログインボーナス行脚もままならない。嘆きかたとしてはそんな感じで、たもっちゃんはさめざめと泣いた。

 事態が動いたのは、五日目の朝である。

 朝一番に、と言うか、これまでよりもう少し早く。たもっちゃんと、ついでに我々はもふもふ叩き起こされた。

「おう、パンくれや」

「今日は早い……ね?」

 寝ぼけながらもとっさに答えたうちのメガネは、なんだかんだで客商売で食ってきただけはあると思った。ぼくはむり。

 起こしたのは、銅貨をにぎりしめた獣族の冒険者たちである。寝ているところを逆光気味に、ふさふさのアニマル顔に覗き込まれて目が覚めた。ただただ普通にびっくりした。

 休息地はそう広いと言う訳ではなく、障壁を張って寝ると悪目立ちする。そんな理由でエアコン魔法も封印し、ノーガードで寝ていたのがアダとなった形だ。

「まだ食いてェんだけどよ、そろそろな」

「秋にはもっと奥に行きてェしなァ」

 種族にもよるが、獣族は身体能力に優れた者が多い。つまり冒険者としても、高ランクであることがほとんどだ。

 だから彼らは普通、肩慣らしを一日か二日で終える。そしてさっさと森の奥に向かう。

 それが、四日も五日も。こんな外縁部にある休息地にとどまっていたのだ。

 その理由はまさかの、ヤジスフライとやわらかいパンが食べたかったから。

 どう言えば伝わるだろうか、この気持ち。

 正直悪い気はしないけど、それをはるかに上回るありがた迷惑がとめどない。

 このクソ暑い中を毎日毎日、際限なく揚げ物をしてごらんよ。人間がすさむから。

 我々の鼻ではよく解らないのだが、フライは結構においがあるようだ。狩りに支障が出るからと、おっさんたちは焼いて保存してあったパンだけを買って休息地を出て行った。

「あれ、姐さん。今日はパン売らないんっすか?」

「その呼びかたはやめよう」

 ターニャがいまだに姐さんと言うので、ほかの奴もたまにまねて呼ぶようになった。中にはどう見ても年上の、おっさんの中のおっさんもいるので心底納得していない。

 しかし、今呼んだのは薬売りの若い男だ。やわらかいパンをたずさえて、森へ分け入るおっさんたちを見送ったあとのことである。

 我々は二度寝と言う気分でもねえなともそもそ起き出し、ふとん代わりに敷き詰めた何枚もの毛皮を片付けていた。毛皮があると、固い地面に直接寝るよりはるかに楽だ。でも暑い。エアコン魔法がないとなおさら。

「これ、なんとかなんないもんかね」

「ベッド持ち歩く訳にも行かないしなぁ」

 私がぼやき、たもっちゃんが悩む。解決策は特にない。そんな実りのない会話をしながらに、ぐだぐだしているところでもあった。

「客も減ったし、そろそろ俺らも移動するよ」

「森の中でパン売るんすか」

 薬売りの使い込んだ大きな木箱を背負った男は、大森林で商売って斬新っすね。と、なんだかやたらと感心していた。でもな、危険な大森林で継続的に行商を行う集団がいてな。

 知らないかなあ。薬売りって言うんだ。

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