667 わいたりおどったり
通常、深く進めば進むほど行くのも戻るのも困難になるダンジョンは可能な限りの物資を備えて帰りの日数を計算し、泊まり掛けで探索を行うものらしい。
しかし、我々、夕飯の時刻には間に合うように帰りたい。
行動を一緒にしているディルクらにそのことを言うと、彼らはひどくおどろいた。
地上から地下八階層の大扉までくるだけで遠いし、扉を開くにはだいぶ手間が掛かる。
それをやっと攻略したのに、あっさり帰るのが信じられないとのことだ。
まあ、解る。
業火によって冒険者を退ける大扉はやはり、ダンジョンの中でもそこそこ重要なポイントだったのだろう。
その扉を境界に、あちらとこちらでは出てくるモンスターやドロップアイテム、遺跡のように古びた通路にはびこる苔までがらりと変わり、種類を増やした。
冒険を愛する者として、血がわいたりおどったりする環境なのだと想像はできる。
実際、草を探す私の視界の端っこで、張り切るレイニーやフェネさんがでっかいヘビや奇声を発する謎の派手な鳥などのモンスター相手に喜々としておどり掛かる姿が幾度となく見られた。楽しそう。血じゃなくて知的生命体そのものが躍動しているが。
そうして時間いっぱいにそれぞれダンジョンの大扉向こうを満喫し、けれども夕方ごろの時間帯になるとおとなしくみんなで帰還用の魔道具を使い、あっと言う間にダンジョンの入り口近くの地点へと戻った。
我々は念のため裏技用のドアをこっそり置いてきたので次回から直接大扉の向こうに行くことができる。が、ディルクたちは違う。
また大扉へ行くまで、そして鍵を入手するのに苦労することになるが、結構あっさりとしたものだった。
自分たちだけでも残るとか言い出したらどうしようかと思っていたが、一緒に帰ってくれて本当によかった。だが、同時に不思議にも思う。
と、若者たちはダンジョンからの帰り道、冒険者ギルドの建物へ向かいながらに溌剌と語った。
「今回は、オレたちの実力じゃなかった。あんたらぁに付いて行かせてもらっただけだ。次はちゃんと、自分の力で行く!」
「鍵のトラップが厄介だけど、メガネの兄さんが言う通り転移をレジストするアイテムがあるかも知れないじゃない?」
「そう。それを探しながら、もっと実力を付けなくちゃ」
厄介な大扉が開くことは解った。
その向こうに、もっと難しく手ごわい世界があるってことも。
そう知れただけでもわくわくすると、彼らは新しい目標に顔をぴかぴか輝かす。
と、思ったら、まあそれはそれとして、みたいな感じでふっと表情を陰らせた。
「大扉の向こうにオレらだけで行ったら、すぐ死んじまうわ……」
「それ……」
「わかる……」
若者たちの顔と情緒が忙しい。
我々も短い時間ではあるが、大扉の向こうに広がるダンジョンでいくらかモンスターと交戦し、そこそこいい武器をいくつか入手することができた。
その中の、土着の神と言ったようなおもむきの羽の付いたヘビ的な形を模した一振りの剣が、テオとの相性がよさそうとのことだ。
そうして気付けば、もう八ノ月も終わりだ。
なんとなく忙しくなる実りの秋にはまだ間があるものの、我々にはその前に大森林のエルフさんちに遊びに行って夏休みを満喫すると言う大事なお仕事があった。
その前に渡ノ月もやりすごさなくてはならないし、メインの剣を折ってしまったテオのためじゅげむ提供の大森林のどんぐりで補強した予備の剣を大事に取って置くための予備の予備の武器を調達すると言う、当初の目的もどうにか果たすことができた。
とりあえず、ダンジョンはここでいったん終了である。
途中からあらゆる意味で迷子になり掛けてしまってもうなにしにきたんだったか思い出せなくなりそうな瞬間も何回かあったが、なんとかなって本当によかった。
ディルクらももう少し鍛え直してから大扉に再挑戦すると言っていることだし、そうなればあんまり秘密を長引かせるのはよくない。
我々は、今さらながらに「ずっと考えてました」みたいなキリッとした空気を急に出し、ダンジョンの街の冒険者ギルドでこれまで未攻略とされていた地下八階層の大扉、この鍵を入手する方法を報告。
経緯としてはぐだぐだながら発見自体はダンジョンの版図を広げるものらしく、後日、情報に対する褒賞金が支払われることになる。
最後のほうにはディルクらも一緒に冒険はしていたが、大扉の鍵に関しては私が一人でやらかしているのでお金が出たのはこちらにだけだ。やらかしがお金になると言う、危険な成功体験を得てしまった。
報酬については若者たちも「それはそう」と言っていたのでいいのだが、ギルドの職員から質問されて答える形で詳しく報告する段階で私欲によってちょっとだけ報告遅らせたのがなぜだか職員に察知され、じっくりお叱りを受けたのも大体我々だけだった。
なぜなのか。なぜ大体我々が悪いとバレたのか、いまだによく解らない。
さりげなく誘導尋問でもされていたのだろうか。こわい。どちらかと言うと自分から積極的に口を滑らせた可能性のほうがものすごくしっくりはくる。
そんなこんなで少し帰りが遅くなり、夜。
待たせてごめんねと王都で留守番のじゅげむや金ちゃんの機嫌を取って必死で言い訳しながらに、子供とトロールを預かってくれてたアーダルベルト公爵に今回あったことを大体で報告。
お陰様で無事にいい武器ドロップしました! と、テオの羽ヘビ剣をお見せしたところ、公爵が「凄いねぇ」と恐らく社交辞令で感心してくれて、それをアグレッシブに受け取ったメガネがテオには合わないが品質的にはいい武器の売らずに置いたものの中からいくつかを普段のお礼にと押し付け気味にお譲りし、のちにその品質のエグさから公爵家からさらに王家へと献上されることになるが、それはまた別の話である。
この日は、報告会と言う名のアーダルベルト公爵とのやり取りの中でどうやら私がやらかしたらしいと察知してしまったじゅげむから「だめなんだよ」と、ものすごく心配な顔で厳しい追及を受けて終わった。
それで。
「しょーへきからは?」
「絶対出ない!」
「むりそうだったら?」
「ムリしない!」
「あぶないときは?」
「見捨てて逃げる!」
と言う、いつかどこかで私が雑に考えた記憶がうっすらとあるようなないようなダンジョンに付き合う三か条を寝るまでに、何度もくり返し執拗に確認されてしまう。
レイニー先生はダンジョンになると張り切って自分のことに忙しいので私だけだと障壁を張ってくれないと言うしょっぱい事情はあるのだが、この心得に「謎のボタンは勝手に押さない」を追加してよくよく心に刻んでおきたい。
翌日、ダンジョンの心得を復唱しながらどちらともなく寝落ちしたじゅげむと私は元気いっぱいによぼよぼと起床。
お世話になった公爵家の人たちにダンジョンみやげのふかふかの苔を「これ、いい苔です」と配って回って困惑させた。
「なんかうまいこと育てると育てた人の魔力に合わせて色んな花が咲くらしいです」
「ぼくもね、ぼくももらったんだよ。こけ!」
「苔かぁ。折角だから、育ててみようか」
大人たるものこうありたいと言うような、大らかな様子でとりあえず一回受け入れてくれるアーダルベルト公爵。助かる。
ここ数日はずっとじゅげむが留守番で一緒にお勉強したり遊んだりしてくれた公爵家の子供らも集まり、手に手に苔の入った皿を持ち「またねー!」と送り出してくれるのに手を振りこたえて我々は公爵家をあとにした。
もう数日もせず八ノ月が終わるのでこのまま公爵家でうだうだしたい気持ちもあるが、前回の渡ノ月を公爵家で溶かしているためどうしても移動しなくてはならない。
めんどい。
でも我々のかかえるバグとして、渡ノ月を二回連続同じ土地ですごすと天界関係者と敵対している悪魔的ななにかに居場所を察知されどうのこうのしてしまう。みたいな、よからぬ話を聞いているので渡ノ月をすごす場所には一応神経を使っているのだ。えらい。
それで、もしかすると子供ウケがいいのかも知れない、そしてダンジョンの街のギルドでも買い取るには買い取ってくれたが単価がちょっとお安めで窓口で大量に出すと面倒な冒険者にも慣れているはずの百戦錬磨の職員に「ええ……?」と困惑の表情を浮かべさせてしまう大量の苔を、「お花咲くから! みんな違ってみんないいやつだから!」と子供に配って押し付けると同時に渡ノ月をすごすため、海辺の街のクレブリを訪ねた。
めずらしいが地味な苔よりも、子供からの捧げものはなんでも食べてくれるフェネさんのほうが子供たちの苦手なお野菜担当として人気を博したのは本当に納得していない。




