665 謎の鍵を
なぜなのか。
私がポケットに雑に突っ込んで、そのままドアを出したりおやつに忙しくちょっと存在を忘れそうになっていた謎の鍵を取り出した途端――いや、途端と言うか。
一応は私の説明を聞いてから、大体みんなそれまで以上にキレた空気を出してきた。悲しい。
その鍵について、転移トラップの発動からすぐ、たもっちゃんから連絡がきたので確認まではしていない。
だからなにもはっきりとはしてないのだが、しかし鍵の出てきた状況と場所が、もうだいぶいわくありげって言うか。
石材のブロックを積み上げた古びた遺跡のようなおもむきの壁に、同じ素材で紛れ込む罠ボタンをざりざり押し込めるだけ押し込むと、なぜだかぼわっと一瞬火が吹き出した。
おどろきに顔をそむけて体を引いて、あっと言う間に火が消えたあと。その押し込んだボタンのあった辺りを確認すると、大きめの謎の鍵が残されていたのだ。
忘れ去られたアンティークみたいな、海賊の宝箱か秘密の部屋でも開くために存在しそうな、その鍵のおもむき。
ほかのメンバーが転移罠でいなくなり一通りわあわあとあわててから、ふと。同じ広間にずっとある、大きな扉が気になった。
そしてよくよく見てみると、人を拒絶し厳しめの業火を吐くばかりだった大扉の中央に、ちょうどよさそうな鍵穴がちょこんと、いつの間にかにできていた。さっきまで、あんなの絶対なかったと思う。
「これはもうさ、鍵じゃない? いや鍵なんだけど。これがあれでバチーンとはまって開くやつって感じするじゃない?」
大発見じゃない?
地元のギルドで期待されてる若手のホープたちですらここで足踏みしてたのに、先へ進むヒント的なものを見付けちゃった予感じゃない? ねえ。すごくない?
ギリギリ忘れそうになっていたのは棚に上げ、私はちゃんと忘れず報連相ができてえらいなと自分のことをほめたかったし、周りの人間にもさあ存分にほめてくれていいのよと同行者たちからの称賛を待つ。
ほめられ待ちの私の顔は、自信にあふれてもはや慈愛に近いものがあったと思う。人は自信を持つと余裕ができて、余裕があれば誰しもが愛で世界を包むことができるのだ。
しかし。
「何故それを最初に言わない……」
「なぜ大事な話を横に置いて軽食を……」
周りから聞こえてくるのは大体そんな内容の、そしてほぼ全員のドン引きめいた声だった。
なるほど。どうやら温度差がすごい。
「だって……お詫びは大事だから……あと、よく考えたらもうおやつの時間だったから……」
なんか状況をトータルで見た結果、甘いもの優先したくなる時が人間にはあるのだ。
今日は朝からダンジョンに潜ったが、地下八階層を目的にほかの部分を駆け足で通り抜けてやはりそれなりに時間が掛かってしまった。
特に、よそのパーティと急ごしらえのチームを組んでの探索は戦力の増強が見込める一方、連携に手間取ってしまう側面がある。
私はそもそも戦力外なので、そんなのなんにも関係ないが。
加えて、共にダンジョンへと挑んでいるのは自分よりも格上のテオからなにかしらを吸収せんと、意欲にあふれたディルクら若手のパーティだ。
彼らは、特にその中心人物であるディルクは、なつっこい大型犬の勢いでテオにぴったり貼り付いた。そうして一挙手一投足も見逃さず、一つでも多く学ぼうと希望にあふれたぴっかぴかの顔面を向けるのだ。
この感じに、テオがほだされた。
元々、後進を育てることに使命感を感じるタイプと言うのもあったのだろう。
テオは持ち前の面倒見のよさを発揮して、やってみせ、言って聞かせて、させてみて、とにかくほめて、よーしよしよしと芸を仕込んだ。
と、思ったけど多分違うわ。芸じゃねえ。
冒険者としてのなんかこう、技術的ななにかをテオは教えてあげていたのだ。詳しいことは知らんけど。
ディルクがもはやむきむきとなつくイヌにしか見えず、ちょっと言葉を間違えてしまった。よくない。お手とお座りくらいだったら頼んだらやってくれそうな気はする。
まあとにかく、そんな感じだったので、急ぎながらも地下八階層の大扉に着いたのは午後になってのことだった。
ことあるごとに私がおやつを振りまいてほぼほぼお腹がいっぱいで、甘いものを好まないテオも総菜パンなどをつまんでいたため昼食の時間は特には設けずそのまま大扉にアタックしようと言う話になっていた。
のだが、そこで私がうっかり転移トラップを発動させて、なんだかんだとおやつの時間になってしまった。
おやつの時間にはおやつを食べたほうがいいかと思った。
あとさすがにやらかした自覚もあったので、甘いもので便宜を図っていただきたい意図もちょっとだけなくもなくてだいぶある。
そんな供述をくり返す私と、いやいやそれは……いやいや……と、戸惑いざわめくばかりの周囲。
どちらが悪いと言うことはないのだ。
強いて言うなら私が悪気なくやらかしてるのが原因ってだけで。
そんな、決してまじわることがなく解り合えない人間たちに、どこまでも天真爛漫に「ねー」と天から声が降る。
いや、天からではなかった。
妻たるテオの肩に乗り、なんかもう飽きたみたいにキャンキャン言うのは自称神たる白くゴージャスな小さな獣だ。
「まだ行かないのー? かぎ? あったんでしょ? もー開くんでしょ、あのぼわーって火ぃ吹く扉。じゃーもーいこーよー。我ね、がんばる。がんばってモンスターばりばり食べて、つまにいい武器あげるよね!」
「あ、はい」
白く小さなキツネの神は、見るからに全力で張り切っていた。
それも、愛する伴侶にいい武器をあげたいなどと言う、なんかいい感じの理由でだ。
真ん丸でこぼれ落ちそうな金の両目を輝かせ、さあ行こうすぐ行こうと急かす小さきもののピュアな姿に矮小なる人間、ちょっと反省。
そうよね。
目的を忘れちゃいけないですよね。解ります。
フェネさんの、あんまり深く考えてないがゆえ逆にどこまでも純粋な波動を浴びせられ、愚かなるヒューマンは毒気が抜かれたような気持ちだ。
じゃ、なんか……行こっか……。
と、無益な争いと追及をやめ、先へと進むこととする。
謎の鍵はとりあえずメガネへと手渡され、問題の大扉をあっさりと開いた。
ダンジョンの地下八階層にあるこの大きな一枚岩めいた扉は近付くだけで業火の勢いで炎を吹くが、どうやらこの鍵を所持しているとその洗礼は発動しなくて済むようだ。
この八階層に到達以来ただただ扉に向かって突進し、毎回毎回くり返し頭髪と服を燃やされてきたディルクのつるりとした頭皮が泣いていた。ような感じがなんとなくした。
そうしていよいよ我々は大扉の向こうへ、――と、足を一歩踏み出すやいなや。
扉を開いてすぐそこの、歪みガタつく石畳に隠された罠スイッチを複数人でがっちり踏んで、今度は仲よく全員が転移トラップで無作為のバラバラに飛ばされた。
あれはね、ずるいと思います。位置よ……足元……扉を出てすぐの……無慈悲……。
私以外のメンバーはダンジョンの転移回路を利用した帰還用の魔道具を、すでに一度使ったあとで新しく借り直していたようだ。
ギルドで受けた説明によると、帰還の魔道具は再利用が前提ながら再び使える状態にするにはメンテナンスが必要になる。つまり一回使った魔道具は返し、新しいものをレンタルし直す必要があった。
そのため、帰還用の魔道具を貸し出すための窓口がダンジョンの入り口近くに開かれていた。ここは転移トラップがいっぱいなので、魔道具を使って帰還してすぐにダンジョンへ戻る冒険者も多いのだ。
そのことを私は、今度はちゃんと魔道具を使って自力で帰還。同じく魔道具のお陰で無事に戻った仲間らと、ほどなく再会を果たした辺りで教えられて知った。
ディルクは大扉をくぐった興奮が冷めやらず、「もう一回行こうぜ!」とはあはあしたが、この提案は通らない。
今回は全員が戻ってきてしまい、むやみにびかびか光らせたドアでの移動ができないからだ。大扉の広間に一時設置したドアは、すでに回収済みである。置いとけばよかった。
まだおやつの時間をすぎた頃だが、地下八階層の大扉に向かえばそれだけで夜だ。
これはさすがにダメだった。ダンジョンで遊んで遅くなったら、諸般の事情で留守番しているじゅげむが二度と口をきいてくれないかも知れない。泣いてしまう。私が。
それで「家庭を犠牲にはできん!」と若者たちを振り切って、ダンジョン探索の続きは翌日とした。




