664 トラップに注意
日頃からお世話になりすぎているテオのため、いい武器を調達しようとやってきたこのダンジョンにおいて、転移トラップに注意せよとは最初から言われていたことだった。
でも実際に引っ掛かったのはこれが初めてだったので、こんなキレーにいなくなんのとじわじわ笑うほどだった。
人間、マジでどうにもなんなくなると変な笑いがこみあげる。
大体においてそう言う時は、全然笑ってる場合ではない。
最初から言われていた通り、このダンジョンには転移トラップが元からあった。
そのために、どうやらダンジョン内部には無数の、転移のための回路のような魔力によって形成された無数の道が存在している。とのことだ。
安全性の観点でダンジョンへ潜る前にギルドで借りた帰還用の魔道具も、そのダンジョンの転移回路を利用する形で開発された魔法術式が組み込まれている。
お陰でその魔道具はダンジョンの内部であればどこであっても一瞬で、ダンジョンの入り口辺りまで対象を転移の理論で運ぶことができた。
私がそんな魔法とか異世界とかのファンタジックななにかについて詳しく解る訳はないので、これはうちのメガネからあとで聞かされた話ではあるが。
どこへ。
また、誰と。もしくは一人で。
いつ飛ばされるか解らない、そして強制的に転移させられてしまった先でどんな危機が待っているか解らないダンジョンにあって、誰よりも脆弱な私が落ち着いていられたのはこの魔道具の存在が大きい。
まあなんか、私のほかは私より確実に戦えるメンバーなので、心配せんでも自力でなんかとするやろ多分。みたいな気持ちもちょっとある。
転移トラップのスイッチをうっかり押しちゃって、いよいよこれはやらかしちゃったなと思ってはいる。
材質が古びた石のためそれなりの重たい手ごたえではあるものの、ボタン一つで軽率に動作した転移トラップはなぜか、私一人をその場に残した。
あまりにも。あまりにも非道。
やらかした自分だけ無傷となると、さすがにいたたまれなさがものすごい。
いっそのこと私も飛ばしてもらいたかったが、この状況にこそこのダンジョンの意地の悪さが現れてるとも言えたかも知れない。
ダンジョンに一人と言うだけでなんだかすごく恐いので、私もすぐに帰還用の魔道具で離脱しようかとも思ったが、これはいち早く連絡してきたメガネによって止められた。
タ >リコ、世の中には二種類のスイッチがあります。押していいスイッチと、絶対に押してはいけないスイッチです。
リ >私も一応反省だけはしてます。
タ >再発の防止もして欲しいんだなぁ。
リ >たもっちゃん。私思うの。人は誰しも失敗してしまう生き物なんだなって。だからこそ失敗しないことよりも失敗をどうリカバリして行くかが重要ではないのかと。
タ >長い。まとめて。
リ >私もやらかしたくてやらかしている訳ではないのでお約束はしかねるってゆーか。
タ >まさかそんな開き直った内容だとは思わなかった。マジかよ。
たもっちゃんが勝手に共有し、勝手に持てる限りのセンスを投じて8ビッドゲームの装いでカラフルにいじった、アイテムボックスのインターフェースが次々届き次々送るメッセージの着信をピコンピコンと告げて鳴る。
よく考えたらメガネと私しかユーザーのいないこのメッセージアプリは、アイテムボックスの新着通知を利用して一回一回適当な小石やなんやをムダに収納しながらにその品目を手動でいじり意思疎通を図っているだけのものだ。果たしてそれを着信と言っていいのかどうか。
そんなどうでもいい疑問がふと浮かんだが、その最後、私が返信する前に続けてメガネのメッセージが届く。
タ >あのね、今ダンジョンの入り口でほかの皆と合流してていないのリコだけなんだけど、もしかしてまだ大扉のとこにいる? だったらそのままこっちにはこないで、ちょっとその場で自立式ドア出して待機しといてくれない?
どうやら私以外のメンバーはすでに、帰還用の魔道具で脱出しているようだった。
と言うか多分、私もそうすべきだったのだろう。
ダンジョンで、突然一人。
転移トラップでは不可抗力と言うほかにないような、今回は私がスイッチを押したのでだいぶ微妙であるような、とにかくプロの冒険者たちですらすぐに離脱案件である。
誰よりも早く、安全をはかって逃げ出すべきは私ではないのか。
この純然たる事実に気付くことすら遅れた理由は、すかさず届いたメガネからのメッセージだ。すぐに返信しなくてはとなんとなくあわて、ダンジョンの中の苔をはがして一生懸命お返事してた素直な私はそう深く確信しています。間違いないですね。
ただ、私は自分の安全を誰よりも我先に心配するタイプではあるので、のん気にメッセージのやり取りなんてできていたのは、まあまあまあ、いざとなったらすぐ離脱できる訳ですし。みたいな、余裕と油断もだいぶあったと言わざるを得ない。
その結果、離脱用の魔道具を使うタイミングを逃してしまい現場に一人、誰よりも長く残った私に対してメガネから出された指示はそのまま待機だ。
それも、こんなこともあろうかとアイテムボックスにいくつも備え持っている、自立式ドアを出した状態で。
私は察した。
あいつもう、地道にダンジョンの中を歩いて地下八階層までおりてくるつもりとか、ないんだなって。
言われた通りにダンジョンの中、大扉の広間にドアを出し、ほとんど数秒の勢いで。
やだー、助かるう。とやってきたメガネに、私はしみじみ感想を述べた。
「幼馴染が私を便利なポータル扱いしてくる……」
「時短と効率化は周回プレイに重要なので……」
批判のにじむ私からのセリフに対し、たもっちゃんは神妙な様子で答えるがなんか内容がダメだった。
あと、細かいところに変にこだわるメガネのうだうだとした説明によると、ダンジョンをクリアしている訳ではないので厳密には周回プレイでもないようだ。知らん。
そんな話の長いメガネに続き、ぞろぞろと、そして一部おっかなびっくりにスキルで開いたドアをくぐって合流したのはテオとフェネさん。それから転移トラップの発動でまたも私をロストしてしまいものすごい顔になったお目付け天使のレイニーに、ディルクとその仲間らだ。
恐らくレイニー先生のそれっぽくムダにまばゆく光るばかりで効果とかは特にない魔法陣でごまかした、ドアとドアを直接つないで移動するスキル――今は輝く魔法陣のお陰でなんらかのすごい魔法だと思っているはずだが、これに若者たちはおどろいて、もうなんか逆に引いていた。
「なにこれ……」
我知らずと言うように、こぼれる声がぼう然としている。
我々はもうこの便利さに飼い慣らされてしまっているが、そうよね。ドアくぐったら全然別の場所なんだもんな。解る。訳解んないよな。解るよ。
移動してきたあちらとこちらをドアを通して見比べながら、もはや混乱しすぎててリアクションする余裕すらないみたいな若者たちに「いやあ、無事でよかったあー!」とか言いながら、とにかく私は詫びの意味でのおやつを積み上げ許しを請うた。
もうほんと、あまりにもヒマを持て余したあげく変なボタンを軽率に押し、転移トラップを発動させてほかのメンバーをあちらこちらに飛ばした上に自分だけ無事で心底申し訳ないと思っています。
「まあ、共倒れになっとけば無罪と言うものではないとは思うけれども」
「釈然とはしないけど、まぁそれ」
やらかした立場ではあるのだが、むしろやらかした本人だからこそ、世界の真理を煮詰めたような戒めを口にする私に、たもっちゃんがおやつのホットサンドをつまみながらにさくさくとうなずく。
今回たまたま一緒にダンジョンに潜っているだけの若者たちも「ボタンはいけない」「あやしいボタンを押したくなる気持ちは解る。しかしいけない」と、もぐもぐ首を振っている。本当にダメだったのがよく解る。
そっかごめんなと私は反省いっぱいに、そしてこの話は終わりだとばかりに、「そう言えばさー」とポケットを探る。
「罠スイッチ押したあとにこう……これ。鍵がね、出てきてー、そしたらね。大扉にもいつの間にか鍵穴ができててー、もしかしたらこれで開くパターンじゃない? と思ってー」
と、ポケットから取り出したやたらと大きく古びていわくありげな鍵を示した。




