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神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~  作者: みくも
諸般の事情でいい武器求め、張り切りダンジョン探索編
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663 先生の言うこと

 倒したダンジョンモンスターが落とし行くドロップアイテムを頭数で分配するって話になって、非戦闘員である私にもご高配を賜ることになってしまった。

 さすがにちょっと気を使う。

 それでディルクやその仲間の女子たちがモンスターを倒すたび「すごいねえ、えらいねえ」などと言い、片手でつまめるお菓子を選んでそっと渡して孫をほめるおばあちゃんのようなお仕事を継続的にくり返していたところ、彼らはほどなくモンスターを倒すとぴっかぴかの顔面で私の所へ駆け戻ってくるようになった。

 私は今、恐らく人生でこれ以上なくパブロフ先生の気持ちを理解していると思う。

 なお、ふと気が付くとさりげなく「我も! 我もだいかつやくした!」とキャンキャン主張するフェネさんとものすごいキリッとしたレイニーがお菓子の列に加わっていた事実は、なんとなく強めに誰かにお伝えしたい。


 例えパブロフの犬になろうとも、そこは腐ってもBランク。

 このダンジョンを主戦場とする冒険者の中で、ディルクたちのパーティは実力を備えた期待の若手だ。

 そしてその評判を裏切ることなく、彼らは評価に見合った実力を示した。

 戦略もなにもなく敵と見たらとにかく全力でぶつかって行くディルクを中心に、彼が取りこぼした敵を受け持ち背後をフォローする双剣使い。そして後方から支援を行う魔法使いの三名でパーティは構成されている。

 元々はあと二人ほど男子のメンバーがいたとのことだが、ある者はめきめきと実力を付けて行くディルクに劣等感をくすぶらせ、そんな自分が許せないとパーティを離脱。

 またある者はダンジョン地下八階層の業火の扉であぶられて当時はまだ耐火の装備をそろえておらず毛と言う毛、衣服と言う衣服を燃やされたディルクの姿に「そこまでの覚悟はできねえわ……」と冒険者稼業から足を洗ってしまったと言う。

 多分ディルクは一生懸命やってるだけでなにも悪くはないのだが、なんとなくかわいそうだった。周りが。

 ダンジョンをさくさく進みモンスターを倒し、合間合間におやつにしながらそんな話を聞く内に、我々は昨日ぶり二回目。地下八階層にたどり着く。

 これまで幾度も筋肉スキンヘッドたるディルクの猛突進をしりぞけて、昨日、初見の我々をドン引きさせた業火の大扉前である。

 ここへいたるまでの途中にもダンジョンモンスターとの闘いはあったが、あくまでそれは移動に伴う戦闘だ。

 本日の目標は大扉の攻略。

 言うなれば、ここからが本番である。

 いつもなら仲間の制止にも構わずにうぇいうぇいとアタックしてしまうらしいディルクも、今日こそはと思ってか、ほかの仲間と神妙にテオの周りに集まってなにやら講義を受けていた。

「炎を出すのだから、間違いなく火の属性を持つはずだ。対応するには水、もしくは氷雪系のアイテムか魔法が有効になるが……」

「あっ、あんまり得意じゃなくて……」

 大扉のある広い空間直前の、古びた遺跡のようなおもむきの通路の部分に集まってテオを囲んだ中の一人が消え入るような声で言う。

 叱責を覚悟するみたいに体を縮め、そう言ったのはディルクの仲間の魔法使いだ。

 魔法に関することだから、できないと言うのがどうしても気まずく思えてしまうのかも知れない。

 しかし、そこはテオである。

「得手不得手は誰にでもある。特に魔法は属性に頼る部分が多い。それを理解しないなら、理解できないそいつが悪い。今のは、おれの言葉が足りなかった」

 即座にそう補足して、不得手な部分はそう自覚して、備え、アイテムなどで補えば済むことだとも言う。完璧なフォロー。

 さぞやこの包み込むようななにかで数々の初恋を奪ってきたに違いない。そんな偏見をいだかせるレベルだ。

 優しく諭された魔法使いの女子にもうっかり淡い恋が始まってしまわないかとはらはらしたが、魔法使いの女子はさながら先生の言うことなら間違いないと信じ切った生徒のように「はい!」とぴかぴかの顔だった。そこにあるのはまじりっけのない信頼だけだ。

 なるほど、テオ、意外ともてない。

 納得。なんか解らんけど逆に。納得。

 テオの肩ではフェネさんが、若者にアドバイスする伴侶の姿に「つま、できる子」と、なんだかのんびりご満悦だった。

 よく考えたらテオに対して万が一淡い恋が始まっても別に全然構わないはずだが、自分が恋愛ジャンルに耐性なくてやたらとムダにそわそわしてしまった。

 テオはほら。テオだから。マジメでおもしろみに欠けるとこがあり意外とモテないかも知れないが、顔面だけでモテることもあるやろ多分。

 そんなフォローにもならない勝手な所感をいだきつつ私は、恐らく知的生命体が接近するとものすごい火を吹くスタイルの大扉。

 これを攻略するため話し合う、我が仲間たる戦闘班――つまり私以外の全員が頭を付き合わせるようにしてああだこうだと意見を交わすのを一人、文字通り輪から外れた状態でぼーっと眺めるだけだった。

 ヒマである。

 普通なら、ダンジョンの中でそんな状態はあり得ない。

 なんだかんだとダンジョンは、モンスターや罠にあふれて油断ならない場所なのだ。

 けれどもここはフロアボスが出てきそうな雰囲気のある大扉が目前のためか、それともダンジョンに湧き出るモンスターと見るや我先に飛び掛かるフェネさんやレイニーが張り切って周囲を警戒するためか。

 とにかく、モンスターとのエンカウントがしばらく止まった状態でいる。

 くり返しになるが、私はとてもヒマだった。

 私以外の仲間らは戦略を練るのに忙しく、そうなるとモンスターを倒すたびねぎらいのおやつを求めて駆け戻ってきた若者たちも私の相手をしていられない。

 私は、孤独とヒマをうっかり持て余してしまっていたのだ。

 そして人間と言うものは。

 特に、元々あんまりじっとしていられないタイプの、私のような人間は。

 放っておくと極めて余計なことばかりする。

 テオを始めとした戦闘班が話し合い、今日のところはレイニーが氷雪系の魔法をぶつけて大扉の炎を弱め、そこからは様子を見ながらにはなるが、臨機応変に扉を開くか破壊する方法を模索してみよう。と、そんな感じで方針が固まったようだった。

 そして慎重に警戒しながらに大扉のある広い空間に足を踏み入れて、彼らは、なぜだかすでにそこにいた私が遺跡めいたダンジョンの、ほかよりも天井が特に高くなっている広間のようなその場所の隅のほうで屈み込みしげった草をかき分けてなにやらしている姿を見付けた。

「おいっ――」

 嫌な予感がしたのかも知れない。

 どこかそう思わせるもののある、切迫感のにじむテオの声がする。

 それがこの耳に届くのと。

 私が、詳しくは解らないながら異文化の遺跡と言った様子の凝った模様が彫られた石の積みあがる壁に、紛れるみたいに存在していたなんらかのボタンを押したのは。

 ほとんど同時のことだった。

 ……いや、ヒマ……だったので……。

 なんかあの辺の草気になるな。

 ちょっとだけ。まあまあまあ。ちょっとだけ。見るだけ。

 と思って、こそこそとしげった草に忍びより、かき分けてみたその先に壁と同じ素材でありながらまるで自らの存在を誇示するかのように、それだけ壁から出っ張ったスイッチ的なものを見付けたのは恐らく、持て余したヒマと好奇心の招いた偶然だった。

 ふかふかこしょこしょと育った苔がこびり付くそれは、長らく使われてないように見えた。

 なにかなって思うじゃん。

 そしたらさ、押しますよね。それはね。

 だってそこにスイッチがあるから。押してくれとばかりに。これは仕方ない。

 ただ一つ、そこに悪気はなかったと言うことだけは申し上げておきたい。

 例え、好奇心丸出してごりごりと石と石のこすれ合う音と手ごたえを感じつつ、押すと言うより押し込むと言うべきそこそこの力で「なんだろこれ」と安易に押してみたことにより恐らく用意されたギミックが全てが正しく作動して、大扉の広間にいた全員が――私を除く全員が。転移トラップに巻き込まれ一瞬にして散り散りに飛ばされてしまうなかなかの事故が、この、私が好奇心いっぱいに押してしまったスイッチボタンによって巻き起こされた事態だとしてもだ。

 本当に、そんなつもりは決してなかった。

 ほどなく、共有しているアイテムボックスの新着通知を利用した、チャット的なものを通じてメガネからこんなコメントがあった。


 タ >リコ、世の中には二種類のスイッチがあります。押していいスイッチと、絶対に押してはいけないスイッチです。


 ていねいな言葉からにじみ出るガチギレ。

 いや私もね、悪かったなと思ってはいます。

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