662 おベージュ
いい武器が出ると聞いてやってきた、とあるダンジョンへのアタック初日。
ディルクたちのパーティは朝から出勤していたそうだが、こちらは昼をすぎてからダンジョンに入った。
スタートからかなり遅れていた我々が、先行する彼らに追い付いたのは浅い階層ではドロップアイテムの品質に求めるレベルが期待できず、探索はそこそこにとにかく下へ下へとダンジョンを潜っていたからだ。
途中、楽しくなってきたメガネやレイニーがモンスターを遊びすぎてしまい、溶かした時間もあるにはあるが。
なので、最速で、とは行かないまでもそこそこさくさくと八階層までたどり着き、そしてその一番奥にある業火の大扉からおめおめ引き返してもまだ夕方の浅い時間帯だった。
大扉攻略に失敗し傷付いたところへ甘いもので元気出せよとより添ったのが響いたか、それともダンジョンから地上へ戻る間にテオがAランクの冒険者だと知って、若者たちが瞳を輝かすようにして尊敬を持ったからなのか。
まだ早いが夕食でもどうかとディルクたちは誘ってくれたが、我々はこれをごめんやでと断った。
我々の割と目の前で、人間がこんがり業火に巻かれるなかなかの現場を見てしまったのは体感としてはついさっきのことだ。我々の気持ちも、最高潮にどん底である。
もう今日は帰ってゆっくりしたい。ごめんやで。
代わりに、また明日もくるんだよなと何度も何度も確認されて、「じゃあ待ってる」とあっさり決めてしまったディルクらと明日は一緒にダンジョン探索することになった。
それから「やっぱり毛はだめよ……」としょぼしょぼしつつ、適当な扉から王都の公爵家へ。
するとそこには困ったみたいに、同時に、おもしろくてかわいくて仕方ないみたいに、複雑な笑みを浮かべた公爵。
それから騎士がむきむき支えたトーテムポールにひしと片手で抱き付いて、もう一方の逆の手でいいにおいのする素敵な箱を人質のようにかかえたじゅげむがおかんむりで待ち構えていた。
じゅげむがほかのことに気を取られている間に、そっと抜け出すようにしてお出掛けしていたのを思い出した我々。
めちゃくちゃ必死にご機嫌をうかがう。
安全面での不安から、公爵家に置いて行かれたじゅげむと金ちゃん。
じゅげむには、だってダンジョンの中ではぐれたら恐くて我々泣いちゃうんだもん。とさめざめと訴えてどうにか納得してもらい、でも黙ってお出掛けするのはよくないと思うとものすごく説得力のあるカウンターを食らった。それはそう……それは確かに……。
金ちゃんもなんとなくご機嫌ななめではあったのだが、公爵家での留守番の間に訓練ついでの騎士たちとむきむきと相撲を取ったり騎馬と追い掛け合いをしたりと遊んでもらっていたらしく、私の頭をぼよんぼよんと連打しておやつ感覚のお肉やパンをせしめるともうどうでもよくなったようだ。金ちゃんは強く鷹揚なトロールなのだ。
そして翌日。
今日になり、ダンジョン探索の全然進んでない我々はまた改めてじゅげむにエルフの民芸トーテムポールと私の大事な素敵な箱を預けつつ、許しを請うてドアのスキルでお出掛けとした。
心の広いじゅげむさんにおかれましては「しょうがないからまっててあげる」とのことである。お優しい。
ダンジョンの予感に心なしか張り切っていたような雰囲気がなくもなかった金ちゃんは、昨日に続き総菜パンをかかえた騎士がダッシュで誘導し、うまいこと我々から遠ざけてくれた。
そうして、出掛ける前から一勝負終えた気持ちでダンジョンの街を再訪した我々を、「待ってた!」と取り囲みさあ行こうすぐ行こうと急かすのは昨日の別れ際に予告した通り、ディルクたちのパーティだ。
なんかギルドの建物前に仁王立ちした格好で、本当に今か今かと待っていた。思えば昨日からの我々は、キッズを待たせてばかりいる。ごめんな。
昨日燃え尽きたズボンの代わりに比較的新しそうな別のズボンを装備して、さながら大型犬のテンションでディルクがきゃんきゃんまとわり付くのは主にテオの周辺だ。
ほほ笑ましいで済ますには少々いかついせいなのか、テオの肩にべったり貼り付く白い毛玉のフェネさんが「つまのことは渡さないから」みたいな感じで毛皮をぶわぶわさせていた。予期せぬライバルの出現である。
実際、ディルクはいかつくつるぴかむきむきと、なんだかやたらとテオになついた。
恐らく、テオの持つAランクの肩書きが大いに関係しているだろう。
弱冠十七歳でありながらすでにBランク冒険者である青年は、けれども今、もう何ヶ月もの間、ダンジョンの地下八階層、大扉を前に足踏みしている状態だ。
この膠着状態を打開するため、またなによりも冒険者として力を付けてもっと先へ行くために、自分よりも強い相手に学ぶのはくやしいけれど必要なことだ。
――などと、期待の若手はキリッとしながら言っていたような気がするが、しかしディルクの印象はもはや昨日ズボンが燃え尽きて白日のもとにさらされたベージュのブーメランおぱんつである。
なんか言ってんなと思うばかりで全然ピンとこなかった。
「やっぱさ、あれなの? あのものすごい火を吹く扉に挑戦する時は、あの燃えない仕様のブーメランおぱんつ必ずはいてるの?」
血気盛んなディルクたちのパーティと勢いに押されてうやむやに合流したメガネらは、それぞれ周囲を警戒しつつダンジョンの中を進み行く。
私はその後ろから倒したダンジョンモンスターが落とすアイテムや、なんとなく売れそうと本能が訴える苔や草をむしりながら付いて歩くだけだ。
それでヒマを持て余し、余計な雑談をしてしまった。
その内容が非常によくないと、たもっちゃんがめちゃくちゃ苦い顔で言う。
「リコ、それセクハラだと思う。俺、よくないと思う。ハラスメント、駄目だと思う」
「ええ……ごめん……純粋にただの興味だった……」
いつ出てくるか解らないモンスターを警戒している戦闘班に話し掛け、気を散らすのもよくないがハラスメントは本当によくない。
青年に……青少年の繊細な心に……確かにぱんつの話題はよくなかった……かも知れない……。
若者に迷惑しか掛けない大人。最悪である。たもっちゃんだけには言われたくなかった。
「ごめえん……」
もうそれしか言葉が出ない私の蚊の鳴くような謝罪を受けて、ディルクはあまりにからっと軽率に許す。
「別にいいぜ! 正直ケツには自信ある」
どうやら彼のブーメランぱんつは、背面の布地が極端に少ないデザインらしい。全体的におベージュなのでそこまでは気が付いてもなかったし、あんまり知りたくなかった気がする。
しかし、こう言うセンシティブな問題は本人が気にしてなければ構わないとも一概には言えない。若年層が相手では特に。
ただの好奇心から許されざる罪を犯してしまった私は反省し、これでひとつ、とディルクらに王都で買ったいいお菓子をそそっと渡して賠償とした。
なぜなのか、たもっちゃんのほうから「収賄……」と、ドン引きの声が聞こえた。
ディルクの仲間の女子たちは王都のお菓子に即座にやられ、「そもそもディルクが耐火付与された服を買っとけばよかったのよ!」と、てめーのケツは見飽きたとばかりにもぐもぐお菓子を味わいながらディルクのことを責め立てた。
「鎧と靴とぱんつは買ったろ」
やはりお菓子を頬張って、キリッと答えるスキンヘッドの青年に「なんで全身守んないのよお!」と女子たちの魂の叫びがこだまする。
わかる……髪型と服って、大事だよね……わかる……。毛の話は……やめよっか……。
なんだかんだとやいやい言ってダンジョンを進み、今日こそ火を吹く大扉を倒すと息巻くディルクらと探索もそこそこにどんどん潜る。
「火の中に入って行く時のコツぁ、ハナとノド焼かれねぇよーに息止めとくことだな!」
「力技だぁ……」
「気管焼かれるレベルの火とか災害なのよそれはもう……」
道中そんな話をしながらに出会うモンスターをさくさく倒し、ドロップアイテムの配分で「いやそれだとこっちが多くなる」と逆にもめ、最終的に戦闘への貢献度に関わらず頭割りにしようと言うことに落ち着いた。
全然戦闘に参加してない私も頭数に入れられてしまい、それはさすがにどやろかと私のなけなしの良心が頭をもたげたが、どうやらここで先ほどの賠償のお菓子が賄賂の役割りを果たしてしまっていたらしい。
まあまあいいから。わかってるわかってる! みたいな、全てを心得たようでいてなにも通じ合ってない気の使われかたをされた。




