661 あまりにも非道
ダンジョン探索は順調だった。
恐らく、順調だったと思う。
私は、私のお目付け天使であるはずのレイニーが基本私から離れる訳には行かない縛りがあるために、ダンジョンで暴れ回りたいレイニーのために連れてこられただけである。もはやどちらが付き添いなのか解らない。
なので全く戦力にはならず、期待すらされず、ただただ張り切るメガネらを最後尾から追い掛ける謎のポジションだ。
そのためダンジョンモンスターとの闘いがどうなっているのかいちいちチェックしておらず、なんか、「あっ、出た!」と言う声でモンスターとのエンカウントに気が付いて、次に続く「おっ、やったか?」と言う声で勝利か、まだやってなくて反撃のフラグを知るのがせいぜいだった。
では戦闘に参加できるでもなく普段のレイニーの虚無に似て、私がぼーっとヒマにばかりしていたかと言うと、意外とそんなこともない。だいぶサボっておやつとかにはしている。
ダンジョンは各地それぞれ特色があるが、今回訪れたダンジョンは地下へと広がる遺跡のようなおもむきを持つ。
壁や天井を形成するのはごつごつ古びた石材で、なんらかの模様の彫られたようなブロックがいびつに積み上げられた構造だ。
ざらついた風化を思わる質感の、それらの石のブロックは表面に苔か草かも判然としない植物がこびり付き、無作為な、緑や青や赤茶けた色彩に染められているのが見て取れる。
また、視線を上に、天井のほうへ転じればあちらこちらで太い木の根が石材の間を突き破り、今にも崩れそうでありながら、かえって木の根がはびこることによりこの地下の空間を支えているようにも思わせた。
地下に広がる石づくりの空間は、意外にも植物の息吹にあふれているのだ。
そこで私も、ダンジョンモンスターにきゃっきゃしているメガネたちは放っておいて、探せばちらほら生えている草的なものを「これ売れるやろか」と一応採集などしていた。
なんかね、苔の中でもふっかふかの存在感ありがちなやつとか、ざらついたブロックの合間には花やら実やらを付けている植物なども存在してて、ギルドで買い取ってくれる素材の可能性を感じるの。
そんな感じでそれぞれきゃっきゃと探索を進め、戦闘班がダンジョンモンスターを倒したあとに残されるドロップアイテムをせっせと拾うのを手伝ったりしてどんどん階層をおりて行く。
ちゃんとダンジョンを満喫するならもっと慎重に、そして念入りに探索するべきかも知れないが、今回の目的はあくまでもテオに合う剣を入手すること。
テオは冒険者ギルドからAランクと認められた実力を持つので、いい武器が出てくると評判のダンジョンでもやはり、浅い階層で出てくる武器では予備の剣にもおよばないのだ。
久しぶりのダンジョンでやっぱり楽しくなってしまったらしく、たもっちゃんやレイニーが出会ったモンスターと念入りに遊んだりとちょくちょくムダな時間を溶かしつつ、まあまあ順調に探索を進めた。
そんな、ある時のこと。
それは我々の前に現れた。
私はその時、ダンジョン内ではどうしても種類が限定されてくる草や苔をあらかた網羅してしまい、レイニーなどが容赦なくモンスターを消し去ってあとに残るアイテムをありがてえありがてえと拾い集める係として、戦闘班の後ろから間にハムやチーズをはさんでさっくさくに焼いたホットサンドをかじりながら歩くなどしていた。
天界製のアイテムボックスはどうやら、時間の概念を逸脱している。だからその中に備蓄したホットサンドも常にできたてをキープして、いつでも熱々さくさくで最高なのだ。
ホットサンド片手にのんびりと歩くだけのお仕事はもはやただのお散歩に近いが、仕方ない。
ほかの、たもっちゃんやテオやレイニーのモンスターと戦う意味でやる気いっぱいのメンツと違い、こちらはたまに草をむしったりドロップアイテムを拾いながら付いて行くだけだ。この状態で緊張感をキープするのは難しい。
そうしてさくさくもぐもぐしながら歩いていると、先を行くメガネたちが立ち止まる。
また、モンスターだろうか?
そう思い、食べ掛けのホットサンドの残った部分を口に全部押し込んで、顔を上げると周囲の様子がほかとは違った。
恐らく場所は地下八階。時間に洗われ古びたみたいな遺跡感は一緒だが、そこだけなんだかひどく広い空間だった。
ざらついた石のブロックがほかより高く積み上がり、木の根ののたくる天井が高い。そしてその広い空間の、突き当りには人の身の丈より何倍も大きな一枚岩の扉があった。
なんらかの魔獣か、それとも神話の一部だろうか。
扉には風化して崩れ掛けたレリーフが見られ、その前には先客、一組の冒険者パーティがいる。
彼らは忙しそうだった。我々が現れたことにすら気が付いてもいないかも知れない。
うおおおお! と、獣みたいに野太くうなり、全身でぶつかるように駆けて行く男に短剣を両手に構えた若い女の子が必死に叫ぶ。
「ディルク! 無茶よ! また毛が全部なくなっちゃうだけよ!」
「今日こそ! オレは今日! ここを超えるんだぁ!」
つるりと頭皮を光らせて、仲間の声を振り切り走るのは見覚えのあるスキンヘッドだ。
まだ十七の若者ながら、Bランク冒険者の実力あるディルク。言動と見た感じが粗野すぎて自ら誤解を招くタイプの青年は、その直後、我々の目の前で業火に巻かれた。
「へぶぅー!」
「ディルクー!」
なにやら、ディルクが接近するのと同時に一枚岩の大きな扉がガタガタ揺れて、崩れ掛けたレリーフがうごめき火を吐いた。少なくとも、そのように見えた。
そして、防具は身に着けていたものの、防御もなにも考えずバカ正直に真正面から走って近付くスキンヘッドと肩むき出しのディルクの全身をこんがりとあぶった。
人間が扉に近付くと炎が吹き出し、一定距離離れると攻撃が止まる仕掛けなのだろうか。
激しい炎にあぶられてディルクは、一瞬にしてうまいことズボンが燃え尽きた。あとに残るのはベストタイプの防具と靴だけの、とんだ変態スタイルである。
――いや、待って。ぱんつもある。なぜかベージュの色合いでものすごく肌に同化しているが、ベージュのブーメランぱんつも無事だった。朗報。
あぶられたのが一瞬ですぐに後ろに吹っ飛んだのが幸いしてか、ディルクは、仲間らがあわてて振り掛けたポーションによりほどほどに回復したようだ。よかった。
ただし格好は変態スタイルのままだ。防具と靴とブーメランぱんつは炎に耐える、ちょっといいやつなのかも知れない。
どうしてズボンも耐火仕様にしないのか。
惜しい。致命的な股間部分はブーメランぱんつに守られているが、誤差の範囲で変態スタイルに変わりない。悲しい。
仲間の女の子がものすごくしぶしぶ、自分の荷物から布を出し思いっ切り顔をそむけながらにディルクの股間に投げ付けていた。優しさ。
その、よそ様のパーティのわあわあと騒ぐ様子を目の当たりにして、我々は思った。
多分あいつ、毎回この感じであぶられとるんやろな。だとしたらディルクのあの頭、好きでスキンヘッドにしとるんとちゃうんやな……って。
我々は戦慄した。
このダンジョンを攻略するため、そしてその産出物の買取を見込んで作られた冒険者ギルド。
これに所属し活動している地元の冒険者としては、最も実力を認められているBランクのディルク。
そんな彼のパーティですら、地下八階層、火を吹く大扉までたどり着くのがやっとだと言う現実に。
――ではなく、大扉へと不用意に近付きうっかり業火を浴びてしまうと、どうやら毛髪に顕著なダメージを受けるのが避けられないと言う現実にだ。
「こわ……」
「毛はやめて……毛はやめてよぉ……」
あまりに……あまりにも非道……。
毛に対してそこそこの愛着を持つ我々は、思わず深い同情でさめざめとした。なんとなく視界がにじむので、もしかするとマジでちょびっと涙が出てしまっていたかも知れない。
それでついなにかせずにはいられずに、こんがりあぶられ変態スタイルでしょんぼりしている青年ディルクやその仲間らに元気出せよと冷えたお茶やおやつを押し付けた。
まあ、たもっちゃんは天界製の鉄壁のメガネによる物理ダメージの無効化、私は強靭すぎる健康で恐らくこげたりはしないような気がする。健康、もうよく解らないけども。
しかし我々本体が物理ダメージを受けないとしても、装備はどうか解らない。ケガしないのは助かるが、服だけ燃え尽きる変態スタイルも普通にきつい。
そうした懸念と恐怖もあって我々は、一度体勢を立て直すため、肉体精神両面で疲れ切ったディルクらに付き添い地上へと戻った。




