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66 頑張りました

「それで?」

 ――と。

 天蓋付きの豪華なベッドに腰掛けて、淡紅色の瞳を持った人が問う。

 小脇にまな板みたいな板をかかえて、「いやー」と答えるのはうちのメガネだ。

「正直に言いました。息子さん奴隷になってたの見付けたんで買ってきちゃったーって。そしたら凄いお礼言われたんで、ドアのことも黙っててくれそうです。あと、これ。通信魔道具なんですけど、ノラ達が戻ったらテキトーに話し合わせてもらえると助かります」

「行方不明の息子を連れ戻したんだから、礼も言うさ。……通信魔道具? これが?」

 蜜色の髪がさらりと揺れて、魔石ランプの明かりの中でしたたるように輝いて見える。ちょっと大きめの板を渡されて、アーダルベルト公爵は困惑しているようだった。

 たもっちゃんと、テオと、レイニーに私。それからちょっと眠そうなトロールは、アーダルベルト公爵家にいた。前回同様、ドアを使って勝手に忍び込んだ公爵の寝室だ。

 あれまあ、と。

 ヴィエル村のメガネの家で、クマの老女は頬に手を当てあきれたみたいにおどろいた。

 ごまかすのは、ちょっとかなりムリだった。

 テオがうろうろ出入りするのはこだわりキッチンに併設された貯蔵庫への出入り口だったが、その時はきっちり原っぱにつながっていた。

 二畳程度の貯蔵庫と、大森林の間際の町に隣接した原っぱは違う。家の中と外くらい違う。と言うか実際、家の中と外だ。

 これはもうしょうがねえなとリディアばあちゃんに説明し、できればこのドアのスキルは秘密にして、ついでにリンデンの到着を本人を含めて一ヶ月くらいごまかして欲しい。我々は今、大森林付近にいるはずなので。

 そんなお願いを、土下座まじりにした。

 でも、ムリならいい。仕方ない。

 人間が移動すると、どうしたって痕跡が残る。いるはずのない場所に、いるはずのない奴がいれば目立つ。それをごまかすのは大変だ。だから、その辺はなんか、いつかバレるししょうがないかなとも思う。

 まあまあ、それはそれは。バカ息子がすいませんねえ。できることはしますとも。

 そんなふうにおっとり言って、ばあちゃんは約束してくれた。そして戻ろうとする我々に、村のヤジスを山ほど持たすなどした。

「ヤジスって冬以外なら割といつでも取れるけど、夏は特に多いらしいです」

「そうなの? いや、それは良いよ。それより、この通信魔道具は……」

 受け取った板をじっと見詰める公爵に、たもっちゃんはキリッとした顔で親指を立てる。

「頑張りました」

「君が頑張るとこうなるのか……」

 シャツワンピっぽい長いパジャマに身を包み、公爵家の主は困惑していた。

 あれでしょ? どうせ、ケータイかスマホみたいなもんなんでしょ?

 そんなふうに余裕を見せつつ着手した通信魔道具の制作は、思いのほか苦戦したようだった。まあ、実物見たことないからな。それで作れるほうがおかしい気がする。

 ただ、たもっちゃんは途中でズルをした。

 カンニングである。

 こっそり紙に「通信魔法」と文字を書き、ガン見してると思ったらスキルを使って看破していた。

 いやいや、待てやと。

 魔道具そのものなら解る。だが、自分で書いた文字だ。そこから情報を引き出すのは、ちょっとムチャがすぎると思うの。

 さすがに私も、それにはあきれた。

 でも、できた。

 できていたのだと思う。

 たもっちゃんはカンニングしてから猛然と、制作作業に没頭しなんだかんだで通信まな板を完成させた。

 見えてますね。これ完全に。

 この世界の常識人代表と見込んでか、公爵はテオにひそひそと話す。

「どう思う? 小さいよね、これ」

「小さいですね。通信兵が失業です」

「私もそう思うよ。戦争がはかどってしまうなぁ」

 いやあ、困った。そんな感じで、淡紅の瞳が寝室の天井をぼんやりと見上げる。

 たもっちゃんがこねくり回して仕上げた板は、まな板みたいなビジュアルをしていた。それも家庭用のまな板ではなく、ちょっといいお寿司屋で板前さんが使うようやつだ。

 我々にすると、これはちょっと持ち運ぶには大きすぎるような気がする。

 しかし従来の通信魔道具は、もっとずっと大きいらしい。戦場などでは通信魔道具を背負って運ぶ、専門の兵士がいるほどに。

 それを思えば、寿司屋のまな板サイズでも充分小さいとのことだ。

 通信における魔法術式に革命を起こしたっぽいうちのメガネは、この世界の常識人たちに鼻息荒くふんふんと迫る。

「そうでしょ、凄いでしょ。俺、頑張った。ほめて。でも、もっと小さくしたいんだ」

 服のポケットに入るくらいの、板的にはかまぼこ板くらいに。

 オーバーテクノロジーに触れたかのように、公爵は困っているようだった。なぜだか同情するように、テオに「大変だね」などと言う。なぜだか全然解らないけど。

 しかしそんな空気は読まず、たもっちゃんはもっとほめてと抱負を語った。


 翌日、起きたらすでに昼すぎだった。

 リンデンを捨てに村に行ったり、アーダルベルト公爵に報告や相談をしに行ったり。夜ふかししてしまったから、仕方ない。

 寝るのが遅いと、起きるのも遅くなる。小学生の頃に身をもって知った、世界の真理だ。

 しかし、それで納得しなかったのは獣族のおっさんたちだった。

「遅え!」

「こっちは朝イチから待ってんだぞ!」

 昨日、ギルドの講習が終わった時間より遅いじゃねえか。なんで昨日あのまま大森林に行かねえんだよ。今日より早く行けただろ。パン出せ、パン。

 夏の森の入り口で、獣族の冒険者たちはぷりぷりと文句を言い立てた。完全に我々を待ち構えていた。

 朝イチと言うことは、半日ほどをムダにさせたことになる。それはこちらが悪かった。

 いや、そもそも。割とドライな冒険者たちが、我々を待っているとは思ってなかった。

 それは私だけではなかったようで、たもっちゃんも少しおどろきながら彼らに謝る。

「ごめん。でも、先に行っててよかったのに」

「うるせえ! メシも持たずに大森林に入れるか!」

 気持ちいいくらいの即答だった。

 我々を待ち構えていると言ったな。あれは誤解だ。彼らが待ちわびすぎているのは、ヤジスフライをはさんだパンだ。

 大森林。大きい森。または林。――と、言うだけでなく、それは圧倒的な大自然だった。

 多分そうなのだと思う。私にはよく解らないし、すでに帰りたかったけど。

 例えば頭の上にしげる木々。もさもさ足元をおおう草。そして草。さらに顔にびしゃびしゃぶつかってくる、ツタみたいななにか。

 足元にあるのは、森の中をぐねぐねと蛇行する細い獣道だった。踏み固めた土が草の間にわずかに見えるだけではあったが、これでも冒険者ギルドが管理する正規のルートとのことだ。

 とてもじゃないが、歩きやすいとは言えない。

 それでもこのルートを外れると、恐らく迷う。秒のレベルで。

 実際今も道をふさいでもさもさしげった草をかき分け、数歩進んで背後を見るともうどちらからきたか解らなかった。

 後ろから付いてきているはずのレイニーが見えず、一瞬ちょっと血の気が引いた。すぐにもさもさ草をかき分け、布を巻いた頭が見えてほっとする。ビジュアルは恐い。

 右を見ても草。左を見ても草。木はどれも同じに見えた。足元の土が覗く獣道を確かめて、どうにか方向が解ると言うあり様だ。

 大森林の入り口でギルド職員が森に入る人数を確認していたが、納得した。これは、あるわ。数が合わないとか言うことが。

 頭のずっと上のほうで何層にも重なる木の枝や葉で、森はどこを見ても鬱蒼としていた。その中を、枝葉やツタややたらとしげった草にびしびし打たれながらに数時間。

 我々は休みなく歩き続けた。

 嘘だ。

 私以外は歩き続けた。

「姐さん? 怪我でもしたのかい」

「意外だと思うけど、体調は万全です」

 あと、その呼びかたはやめよう。

 ターニャと再会したのは夕方近く。大森林の中にある、休息地でのことだった。

 私はその時、片腕のトロールに荷物のように小脇にかかえられていた。

 大森林にはトロールも一緒に連れて入った。当然私は鎖を持って、しかし獣道の足元の悪さに三秒に一回ほど転ぶなどしていた。

 私が転ぶと、鎖の先の首輪も一緒に引っ張られる。それがうっとうしかったようだ。トロールは森に入って割とすぐ、めんどくさげに鎖を持った私をかかえた。そしてそのままずんずんと歩き、結局一度も下ろさなかった。

 楽だった。体力的には。トロールにぶらんぶらんと運ばれる私に、獣族のおっさんたちがうわあみたいな顔をしてたのに気付いてしまった心情的にはともかくとして。

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