659 ダンジョンに行こう
テオのため。
そう、あくまでもメイン武器を失って意気消沈しているテオのため、本命の剣が打ちあがるまでの中継ぎにいい感じの代わりの武器を手に入れようと我々は、ちょうどいいダンジョンに行こうと言うことになった。
なったと言うか発起人のメガネも賛同者であるレイニーも、久しぶりにダンジョンで遊びたかっただけのような気もする。
ダンジョン自体は割と最近足を踏み入れ探索したことはあるのだが、あれはだいぶ調査目的で本当に足を踏み入れただけ終わっちゃったのに近い。
遠慮なく暴れたい感じの彼らには、もうちょっとゴリゴリに探索しないと気が済まないみたいなところがあるのかも知れない。戦闘能力を持たないモブには解らんが。
なにも全く共感できない私の気持ちを置いてきぼりに、たもっちゃんはまず、アーダルベルト公爵にキリッと相談を持ち掛けた。
「いい感じに国宝級の魔剣とか出るダンジョンの場所教えて下さぁい!」
むやみに元気いっぱいの、突然のメガネ。
迫られる側の公爵は、自宅のサロンの豪華なソファに腰掛けながら色濃い困惑に体を後ろに引いている。
「滅多に出ないから……国宝なんだと思うけど……」
それはそう。
国宝はレアだからこそ国宝に指定されるのだ。多分。
ものすごく当たり前の感想を述べつつも、公爵はうーんと目を閉じ自分のあごを指先でさする。
とろりと甘い蜜色の髪をしたたるように輝かせ、ゆったりかしげる頭の中で脳内検索でもしているのだろうか。律儀。そんな姿すら様になる。
ややあって、公爵は言った。
「確実に、となると難しいね。やはり、国宝は」
「それはそう」
今度こそ声に出して合いの手を入れてしまう私に対しゆっくりうなずき公爵は、軽く手を上げサロンで扉の前に控えた使用人を呼ぶ。
「ダンジョンの資料と、地図を。エドゥアルトが詳しい筈だ」
指示を受け、従僕の制服を着た青年がサロンを出て行き、割とすぐ。
筒状に丸めた皮の紙や中身が傷まないように頑丈な表紙のバインダー、かなり読み込んでいるのが見て取れるなにやら古びた本などを両手いっぱいにこれでもかとかかえ、家令のおじいちゃんがやってきた。
なぜだろう。なんとなく顔がわくわくとしている。
「国宝級のダンジョンに挑まれるとか? あと二十も若ければ随伴いたしましたのに! いやはや!」
「エドゥアルト、私は行かないからね。落ち着きなさい」
たしなめるアーダルベルト公爵と、おじいちゃんの後ろから持ち切れなかった資料をかかえてやってきた有能執事がかもし出す、あまりにも凪いだこの感じ。
我々は思った。
おじいちゃん、ダンジョン大好きすぎるんやなって。
実際、そのほのかな予感の通り、家令のおじいちゃんは熱心だった。
持参した資料は当然ながら全てがダンジョンに関して記されたもので、それも公爵家の所蔵品だけでなく、おじいちゃんが個人的に集めたコレクションもまあまあの数にのぼったようだ。
おじいちゃんはサロンのテーブルに古いものから新しいものまで資料と言う資料、それからあり余る情熱を無限に広げ、このダンジョンは古く攻略も進んでいるので真新しさはないが産出品の量も質も安定しているとか、こちらは比較的近年発見されたダンジョンでまだ解っていないことも多く危険であると同時に期待もできる。みたいなことをよどみなく、休みなく、いつまでも語った。
またそれをうちのメガネが「うわぁ、ぼく、ダンジョン大好き!」と言わんばかりにぴかぴかの顔で聞いていて、需要と供給ががっちがちにかみ合ってしまう。もうダメだった。誰にも止められない世界がそこにある。
あっ、これはむりだね。
と、早々に見切った公爵が資料で埋まった広いテーブルやソファを離れ、空気を読んだ有能執事が素早く完璧な指示を出し急遽サロンに運び込まれた繊細な植物の意匠を凝らしたテーブルとイスで、みっちみちに密集してのお茶とした。
時間的にはかなりゆっくりとしたティータイムになったので、生き生きとしたおじいちゃんには悪いがもうこれ人に聞くよりもガン見のスキルで探したほうが早いんじゃねえかなと思ったが、たもっちゃんいわく、「俺、身の危険がない範囲ではエキサイティングな冒険がしたいの」だそうだ。
冒険にネタバレはご法度なのだ。
そもそも安全の保障すらないのが冒険と言うような気もするが、安全第一。大事な心掛けである。
我々はすぐに向かった。
話し相手が欲しかったとばかりに自らが持てる限りの情報を全部浴びせてくる家令のおじいちゃんと真っ向からがっぷり組み合ったメガネが、はあはあしながら「ここに! 決めた!」と一枚の古びた皮の紙を掲げて示したダンジョンの存在する土地へとだ。
我々も、こう見えて忙しい。
夏が終われば当然秋がやってくるのだし、その前にはあわよくば一休みしたい。そう、大森林へくり出して親の実家のいなかみたいなエルフの里で、ぐだぐだと遊ばせてもらわなくてはならぬのだ。
いや、ならないと言うことは本当は全然ないのだが、大人になってからのぐだぐだできる時間は自分から積極的に取りに行く必要がある。すきあらば存分にだらだらしたい。
そのためいい武器の入手を目的とした今回のダンジョンも、とにかくスピード感を重視した方向で進めようと言う話になっていた。
のだが。
まあ……、行かないですよね。そうそう予定通りには。
それはさびれた土地に唐突に、ダンジョンを中心として人が集まり発展し、今もまだ増殖の途上にあるらしき街だった。
これは特にめずらしくもないことで、ダンジョンを取り巻く環境にはよくある見られるものである。
ダンジョンは魔素――自然に発生した魔力のようななにかが、過剰にたまった土地に生まれる。
そのためなのか多くがほかにはなにもない、さびれた地域で発見されるパターンが多い。もちろん絶対ではないし、ダンジョン自体がそうそう生まれるものではないが。
ブルーメ国内に存在するダンジョンの、比較的近年発見されてまだまだ謎の多いその場所の。
すぐそばに建てられた冒険者ギルドの支部で我々は、いかつい冒険者に絡まれていた。
「おうおうおう、よそ者がよぉ。挨拶もなしにこの街のダンジョンに潜ろうってかぁ? あぁ? オレも舐められたもんだなぁ? お前らみてーなもんはよぉ、黙ってこのBランク冒険者、ディルク様の言うこと聞いときゃいいんだよぉ!」
「ぷええ」
我々は鳴いた。
我々と言っても常識がジャマして付き合いの悪いところがあるテオとそもそも虚無のレイニーは一緒に鳴いてくれないが、ふさふさとした白い体をぐねぐねさせたフェネさんはわくわくしすぎてちょっと「ぷえ」と声が出ていた。
あとダンジョンの街のいかついギルドについつい血が騒ぐのか、金ちゃんはまだセリフが終わってないらしきBランク冒険者様のディルクに顔面を突き付けてごるごるすんすんと喉を鳴らしてにおいをかいだ。どうして。
初めて訪れるこの街で、ダンジョン探索の申請をするため冒険者ギルドに足を踏み入れただけだったのだが、真っ直ぐに窓口へ向かおうとしたら挨拶がないと絡んできたのがむきむきスキンヘッドのディルクだ。
彼は言う。
「この街にはこの街のルールってもんがあんだよぉ!」
スキンヘッドを光らせながらおどかすような大声で、素肌に着込んだ胴を守る防具からむきむき突き出た太い腕を振り回す。
そして「ぴええ」と鳴き声を上げるあまりに無力な我々に、「託児所はあの奥! こないだできたばっかさぁ! 飯は早めに食わねえと肉が消えっぞ! この街のダンジョンは根性のねじ曲がった転移トラップがあっからよぉ! 救助要請と帰還用の魔道具は絶対に買っとかないと駄目だぜぇ!」などと、マジでこの街でダンジョン探索するのに知ってると助かるルールを教えてくれた。
のちに聞かされたギルドの人のフォローによると、存在しない毛髪とよく育てた筋肉でやたらといかつく大人に見えるがディルクはまだ十七歳の若手。めきめき実力を付けきて最近、思ったよりも早くBランクに上がったばかりでうっきうきに張り切っている真っ最中らしい。
あとなんか、一通りの注意事項を吐き出して満足したのか気が付くとじゅげむにお菓子の包みをせっせと持たせ、受け取っていいのかどうかで子供を困らせ途方に暮れさせるなどしていた。ええ子そうだった。




