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神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~  作者: みくも
諸般の事情でいい武器求め、張り切りダンジョン探索編
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658 気付かない男

 腕のいい鍛冶職人であるシグムンド。

 このドワーフと、あとの二人。

 家を失ったのをきっかけにこちらの事情を押し付けてしまう格好でシグムンドとの同居を、思いのほかまんざらでもなく了承してくれた母と、全然納得してない息子。

 彼らをまとめて鍛冶工房まで送り届けた我々は、シグムンドにテオの剣について改めてくれぐれもよろしくお願いしますと深々と託して王都へと向かった。

 どこで摩耗したのか解らないながらに疲れ果てた精神を引きずり、ずるずるとまず訪れたのはアーダルベルト公爵家だ。

 今日は朝から公爵家の塾に行っていたじゅげむとついでに金ちゃんをドアのスキルで回収し、そのまますぐに王都の外にある王家の農園へ。

 王家から貸与されている元王妃のための別荘へと忍び込み、農園の管理を任されている農家さんに「きました! そして行きます!」とすれ違い程度の挨拶ののち、空飛ぶ船などをびかびかと駆使して日暮れになると閉まってしまう王都を守る防壁の門をギリギリでくぐった。

 そして再び王都の中でも高級貴族邸宅街的な位置にあるアーダルベルト公爵家へとおジャマし直して、屋敷の主で我々をまるで実家のように「また?」と迎えてくれる麗しき公爵に大体の話を聞いてもらった。

 あの男マジでないっすわ。

 まとめるとそんな内容の、最近出会って目の当たりにしてしまった某ギルド長のことなどについて。

 ちょっと主観にかたよりすぎている気がしなくもない我々の所感に、公爵はまるで嘆かわしいとでも言うように淡紅の瞳を悲しげに伏せた。

「女の涙に気付かない男は駄目だよね」

「またそうやって人生モテてきたみたいな空気出す……」

 美しき公爵の鉄板ネタにゆるゆると首を振りながら、我々は最近また内輪でブームがきているさくさくふんわりのホットケーキにナイフを入れて焼き立ての生地の熱で溶けたバターをしみっしみに含ませる。

 幸せは、きっとこう言う姿をしている。存分にカロリーをまとった姿を。

 すでに夜。

 公爵からおよばれされてディナーを済ませた我々は、場所をサロンに移した上で過剰なるカロリーの摂取を試みている真っ最中だ。

 くつろぎ空間でありながら豪華なサロンの真ん中で、ソファに合わせた背の低い優雅なテーブルを囲むのはメガネやレイニーに私を合わせた甘味を愛する大人たちと公爵。

 それからテオが自分のぶんのホットケーキを切り分けて、バターをしみしみにした上でフェネさんにあーんとしてあげている。

 またその近くではじゅげむが両手に持ったナイフとフォークでホットケーキを神妙に、しかし大胆に大きく切り分けて、床に座った金ちゃんにあーんとしてあげる合間に横からメガネや私にあーんとされて忙しい。

 小さきものからの献身を、鷹揚に受け取る金ちゃんは丹念に磨き上げられた公爵家の床にどっかり座る。

 そのむきむきとあぐらをかいた両足に、大事そうにかかえているのは振りかぶってなにかを殴るのにちょうどいい、ほぼほぼの丸太。それでいて太く真っ直ぐな棒状の、その片側がグリップ状に削られて持ち手となっているこん棒みたいな物体である。

 ちょうど収穫期だったヴィンデン村で、まあまあよく見た飛び跳ねる穀物の息の根を止めるためのあれだ。

 金ちゃんはそもそもこれを村の農家さんから勝手に強奪しているのだが、盗賊相手の山狩りで大活躍したと聞いた先方のご好意でそのまま持ってっていいよと言ってくださったものである。

 ありがたい。そして困る。金ちゃんにこん棒、暴力性が合いすぎる。

 そんな我々に囲まれて品よくホットケーキを消しながら、それでいて同時に公爵は器用に物憂げな雰囲気を出す。

「どこのギルドでもそうだけど、ギルド長の素行は厳しく見られるもののはず。冒険者ギルドの本部へは明日? 遠慮なく報告してやると良い」

 自由に思われる冒険者だが、ギルドを通さなければ収入を得ることができない。そう言う仕組みになっている。

 地方の支部であろうとも、ギルド長がいわば下請けの冒険者相手に個人的な交際を持つのは場合によっては強要に近い。いいか悪いかで言ってしまえば、完全よくない。

 しかも、本人の意図せぬところであったとしても、実際にギルド職員による交際相手への嫌がらせまであったのだ。

 どう考えてもこじれているし、原因がギルド長でありながらなにも対処できてないどころか、気付いてもいない。あかんやろ。

 男女交際に造詣の深そうなおもむきで、アーダルベルト公爵は権力を持つ者として全人類がお手本にするべきような正論を語った。なんかすごく徳が高そうだった。

 それを聞き、たもっちゃんと私は改めてそっと首を振る。

「またそうやって恋愛の酸いも甘いもかみ分けてきたみたいな感じ出す……」

 なんか解らんけど我々の、公爵に対する恋愛偏差値の評価が低い。


 そのまま公爵家に泊めてもらい翌日。

 俺はやるぜと使命感全開のテオに付き添い、我々は王都の冒険者ギルド本部へ。

 すると、告発予定の支部からすでに自らの不祥事に関する報告が上げられていた。

 第三者から告発を受ける前に自分から申告したほうがマシ。そんな計算があったとも取れるが、ちゃんと自分の悪いとこ反省して正直に言えたのはえらい。そもそも最初から悪いとこなかったらもっと一番えらかった。

 それでごりごりの告発は当該ギルドの報告と情報をすり合わせるだけで終わり、意外と事務的な感じで終わる。

 悪いのはやらかした奴らではあるが、使命感の一方で本部へくるまで身内の不祥事をさらすようで胃が痛いなどと悩ましくキリキリしてしまっていたテオが、こうしてあっさり終わったことでほっと肩の荷がおりたと同時になんか寂しいみたいなことを言っていた。複雑。

 最後のほうには本部ギルドの生ける伝説の大魔法使いみたいな出で立ちのえらいおじいちゃんが「部下がごめんね」と出てきて、大きさこそちんまりとしているがなにやら高級なたたずまいをかもすお茶菓子をおあがりと全員にくれた。おいしかった。

 Aランク冒険者として倫理の面でもギルドに貢献したテオと、ついでに見守りにきただけの我々は一気に解放感に包まれた。

 王都である。

 買い食いなどに走ってしまい、その日はぐだぐだと一日を潰す。

 その夜のこと。

 アーダルベルト公爵と公爵家で働く王都暮らしの人たちに王都で買えるおみやげを、こう言うのはね、ほら。気持ちですからね。と配って歩いてもう一泊の宿を得て、公爵家の客間でのんびりとあとはもう寝るだけの頃。

 男子たちがかたまった部屋で、たもっちゃんがあることに気付いた。

 彼らの部屋にはじゅげむや金ちゃんやフェネさんもいて、こちらがレイニーと二人なのを思うとバランスが悪いが、まあそれはいい。

 その時、テオはベッドに腰掛けて鍛冶屋に強化してもらったばかりの、予備の剣を手入れしていた。Aランク冒険者は普段から武器を大切にするのだ。折れたけど。

 じゅげむはジャマにならないように、そして抜き身の剣が危なくないよう距離を置き、けれどもわくわくとうれしげにテオが剣の手入れをしているところをなんだか熱心に見ていたと言う。

 折れた剣に代わる予備ではあるが、その剣はじゅげむが惜しみなく提供した大森林のどんぐり的な木の実の魔力で強化が施されていた。そのことが、テオの役に立てたみたいでじゅげむにはうれしいようだった。

 翌朝になって、たもっちゃんは語った。

「俺、思いましたね。もしかしてじゅげむ、万が一にもあの予備の剣が破損とかしたら、おもっくそ泣いちゃうんじゃない? って」

 そこで、とメガネは、大発表! みたいな感じを出して言う。

「考えました。俺、夜も八時間くらいしか寝ずに検討した結果」

「寝てる寝てる。大半寝てる」

「テオの剣、どんぐりで強化したやつは予備のままで大事にしといてもらって、新しい剣ができるまで別に中継ぎのメイン武器を探しに行ってはどうだろうか。――ってね!」

 途中にはさまる私のツッコミをシカトして、どやとなされた提案に誰よりも「えっ」とおどろいたのはテオだった。初耳の顔。

「いや、しかし……おれのためにそんな……」

 だがこの遠慮深い戸惑いは、私が「中継ぎのメイン武器からにじみ出るどうしようもない語感の悪さよ」などと言っている間に、たもっちゃんのさらなるプレゼンでかき消されてしまう。

「ちなみに、調達についてはいい武器が出るダンジョンとかを予定しています」

「さ、参りましょ。わたくし、そう言うことでしたら協力は惜しみません。仲間ですもの」

 天使は地上の命に関わらないので普段は戦闘に参加しないが暴れるのが嫌いではないレイニーが、ただただ本能でメガネの提案に加担する。レイニーに仲間の概念とかないので。

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