657 どんどん行こう
イケメンのギルド長は落ち込んだ。
我々は異世界にきてからテオやアーダルベルト公爵と出会い訓練されており、もはや感覚がバグっているのでいまいちピンときてないのだが、この冒険者ギルドの地方の支部で女性職員の好意を向けられがちであるその顔のよさがそもそもの、自分の恋人を追い込むことになった原因ではないかと大体の感じで決め付けられたからだ。
決め付けたのは私。
そう、恋愛ジャンルに関しては誰よりもアテにならないこの私である。
よく考えたらめちゃくちゃ余計なこと言っちゃったなと気が付いて、私はよっこらせとソファを立った。
「さ、帰ろっか」
ギルド長が我に返って逆ギレとか始める前に。
そしてアンタには関係ないだろうなどと、ものすごい正論を言い出す前に。それはそう。
あと、あれ。もうほら。あれですし。
念入りにしばった盗賊たちはすでにギルドに任せたし、異世界の警察的な機関に対する引き渡しと手続きもあちらでやってくれることになっていた。
盗賊の被害を受けて討伐依頼を出そうとしたのに冒険者ギルドが一方的に申請を受理しなかった問題は、ギルドとして捜査、関係者の処分についても手順を踏んで進めると約束させたのと同時に、我々の、特にテオのほうからしっかりと王都の冒険者ギルド本部に報告するとこの場でしっかり宣言済みだった。どんどん行こうぜ。
こうしてこちらの用事は終わったとばかりに、実際もう終わっていたのもあって、私はすたこら逃げ出そうとしていた。こう言う時だけ私の俊敏さがすごい。
が、その前にものすごく神妙な、そしてどこか傷付いたみたいなギルド長が呼び止めこう問うた。
「彼女は、今、どうしていますか」
ずっと気掛かりではあったのだ。
まるで、そう訴えるみたいに。
ただ、すでにギルド長への好感度が我々の中でマイナスだったこと。
それに、親の小言はうるさそうだが故郷の村でのびのびしている元恋人のドリスのイメージが豪快すぎて、「あ……うん、元気……だと思うよ……」と言う、煮え切らない返事をするのが精一杯だった。
ほんと……元気だけはあったと思うよ……。
盗賊の討伐は依頼ではないので冒険者ギルドを通した報酬はないが、捕まえた者の犯罪が確認されると領主もしくは国から報奨金が出る場合もあると言う。
出る場合でも時間が掛かりすぐには受け取れないとのことだがとりあえず、話は付いたと報告がてら我々はヴィンデン村へと引き返し戻った。
そして村長の家で村長とうちの男子らがテーブルを囲み、大体の流れを説明。
それを私は少し離れた位置にあるベビーベッドの近くでレイニーらとかたまって、「あのなに一つ頼りにならない男のどこがよかったの?」などと、どこまでも余計なお世話でしかない女子トークを赤子を抱きつつ一緒にかたまる村長のお嬢さん相手にくり広げていた。どうしても問わずにいられなかった。
まあしかし、恋愛的なあれな感じは当事者にしか解らないこともあると言う。
我々もさすがに本人がなんも言ってないのに勝手にバラしてはいかんなとなけなしの配慮をどうにか見せて、ドリスがそこそこ生みたての赤子についてはなにももらしていなかった。
けれどもさすがに、盗賊被害の確認や事後処理で冒険者ギルドとヴィンデン村とのやり取りが増えたこともあり、恐らく赤子の父親であるギルド長も自分の子供の存在をほどなく知ることにはなったようだ。
彼らは彼らで時間を掛けて話し合ったり、それで和解できるかはまた別の話だったりしながらに、収まるところへ収まって人生をすごして行くことになる。
それと、話が少し横道にそれるが、村長の娘であるドリスが妾の話を断ったことで盗賊の件で助けを借りられなかった地主については村長が「頼みにくい」と言った理由で盗賊被害の報告すら上げてなかったことが判明した。
あとから全部知った地主からはのちに、「妾の話を断られたくらいで村を見捨てると思われて、ショックです」みたいなお手紙と見舞いと称した救援物資が届いたと言う。村長、一人で空気読みすぎていた。
またこれは、今回の騒動とは全然関係ないのだが。
さらにもっとずっと先の、何年もあとになってからの話。
あの人もいいとこあるのよ。顔とか。などと寝ぼけたことをこぼすドリスとやいやい話したりしながらに、――確かに。
まあまあ生まれたての赤ちゃんをちょいちょい抱いて「キミ、あれだなあ。なんか、大変だな。強く育てよ」とか言って、しみじみじっくり言い聞かせすぎていたような身に覚えはあった。
しかし、その子が後年なにやらすくすく見事に強靭な青年へと育ち、ブルーメにおける次代の勇者になったりならなかったりすることになるとは、さすがにこの時の私には想像もできない展開だった。
ええ……なんかごめん……。
私があまりに健康なばかりに……。ええ……。
けれども、そんな微妙な苦悩ものちのちの話だ。
今の我々は村を食い物にしていた盗賊を捕まえ、さらにそれに関連し、ややこしくこじれていた冒険者ギルドのよくない感じも内部調査の格好で解明と是正の第一歩が始まってきて、なんか。
簡単に言うなら完全に、いっぱいお仕事してえらかったな。みたいな気持ちすらあった。
まあそれで。
なんかやたらと晴れ晴れと塾にじゅげむのお迎え、それからついでに王都の冒険者ギルドと、とてもえらい貴族たるアーダルベルト公爵にこんなことがあったんすよと全部言い付けに行こっか、と。
非常にナチュラルかつ他意のない流れでこのヴィンデン村から最も近く、かつでドリスが冒険者として所属して、仕事はどうか知らないが女の人間関係にイマイチ鈍いイケメンがギルド長を務める冒険者ギルドの某支部にトドメを刺そうと我々が、のんびりと腰を上げ村長などにそろそろ行きますと挨拶していた時である。
移動の気配を察知したのか白い毛玉のフェネさんが、自らの体で巻き付くように占拠した肩からすぐそばにあるテオの顔をきゅるるんと見上げた。
「つま、終わった? もうボーケンシャのダイジナギム終わったの? 大森林行く? 我ね、もうすぐ秋だから大森林おいしくていいと思う! そしたらね、つま、がんばって我に捧げものとかいっぱいするでしょ? 我ほら。素敵な神だから。つまも新しい剣でがんばるでしょ?」
「あっ……」
疑いもなくぴかぴかの、金色のおっきな瞳に期待をいっぱいにあふれさせたフェネさんの、この言葉に思わず声を上げたのは誰か。
もうはっきりとは解らない。
テオだったのか、たもっちゃんだろうか。それとも私かレイニーか。
けれども誰でも変わらなかった。
テオの剣、直すか作り直すかのあれ。
職人カタギで頑固な鍛冶屋のドワーフに突如として中年のラブストーリーが始まってしまい、夫はいないが暴走しがちな思春期の息子を持つこの村の女性にいいところを見せようと張り切って、鍛冶工房を飛び出したところで全ての作業がストップしているのだ。
そのことをね。なんか。今、思い出しましたね……。
「テオは……さすがに忘れちゃダメじゃない……?」
自分のことは棚に上げ、キミの大事な剣のことやぞと私が引き気味にそちらを見ると、肩に毛玉の神を巻き付けた姿で我が屋のイケメンもぼう然としていた。
「……王都に……早く報告を上げねばと頭が一杯で……」
「そっかあ……」
我々は走った。
そして盗賊に家を焼かれた母子のために新しい家を建ててやるんだと張り切って、鍛冶用のハンマーを振り回し逆に木材を痛め付けているドワーフに工房に帰ろうよお! と泣き付いた。嫌だと普通に拒否されてしまった。
一応、予備の剣を強化する作業は済んでいるのでドワーフを訪ねる前よりも装備の点では多少マシになっているはずだ。
それを思うとドワーフが意中のご婦人にいいところを見せたい気持ちをジャマするのも悪いような、でもほら。テオの剣。予備じゃなくて、愛用のほう。元々打ち直しには時間が掛かると言われていたので今さらながら、できれば早めになんとかして欲しいような。
それで、頼むよお! やだよお! と言い合っている我々とドワーフの間に、盗賊を片付けたことにちょっとだけ恩義を感じているらしき村長が入り、ああだこうだと協議の結果、村のほうで焼けた家を再建する間、住人である母と息子をドワーフの工房に預ける方向で調整された。あとには、意外とまんざらでもないご婦人とものすごい顔をした繊細な思春期の少年が残った。ごめんな。




