655 にんげん狩る
収穫を迎えた謎の穀物が、地面に落ちてうぞうぞとおおい尽くしてうごめく村の。
災難そのものであった盗賊たちはこうして、戦闘に向かない私を前面に押し出し便利な茨を駆使することで無力化された。
その点はまあ、よかったのだろうと私も思う。釈然とはしてないが。
けれども、確保できた盗賊は十人前後。
住人である村長たちの話によると、盗賊は全部で二十人規模の団体だそうだ。まだ結構おるやんけ。
「なんてこった……なんてこった……こんなことしちまって……! あいつら、やり返しにくるぞ……」
そう嘆く村長らの話が確かなら、先ほど茨で巻いたより残った盗賊のほうが多いのだ。
そのためか、村長や村人の間には「もうダメだ」みたいな空気がただよっていた。
なるほど、それは本当によくない。
私は不可抗力だったと信じるが、大体の感じで付いてきて盗賊をうっかり茨で巻いてこの状況を作り出したのは間違いなく我々だ。
たもっちゃんは「えっ、俺も? リコだけじゃない?」と寝言を言うか、間違いなく我々のあれだ。一人だけ逃がさねえからな。
これでただでさえ苦しんでいた農村が、怒り心頭の盗賊にもっと余計になんらかの被害を受けたりしたら申し訳が立たない。そのくらいの良心は我々にもあるのだ。
と、言うことで。
こうなったらもういいだろうとビジュアルからして強そうだから絶対にもめると逆に隠されていたテオが村長らを押し切り、「わぁ、俺、こんな感じで人間追い詰めるの初めて!」と人の心を忘れてはしゃぐメガネや「我、にんげん狩るのもけっこー得意よ!」とあんまり知りたくなかったセリフで張り切るフェネさん。火事を見て駆け付けてきた農夫から飛び跳ねる穀物を殺すための丸太めいたこん棒を奪い、ぶおんぶおんと振り回す金ちゃんが余念なくアップ。
みんなできゃっきゃと連れ立って、盗賊団が根城としている山の辺りへと出掛けて行った。
ついでになんも活躍できてねえとやる気を持て余したドワーフも一緒で、どう見ても山狩り。
ただ、あとから聞いた話によると捕獲手段は比較的そこはかとなく穏当だったようだ。
腕に覚えのあるテオとドワーフのシグムンドが計画通りに、そしてフェネさんと金ちゃんが「わはははは!」と楽しげに盗賊たちを追い掛け回すのをうまいこと利用し捕獲対象を罠へと誘導。
盗賊たちがひとまとめになったタイミングでメガネが一人も逃さず障壁で囲んで閉じ込めて、私がせっせとむしってため込むために共有のアイテムボックスにいくらでもある煎じても燃やしてもすごく眠くなる草で念入りにいぶして意識を奪ったとのことだ。
見事なる連携。
やはり最後に頼れるのは草。
張り切って野山を駆け回り盗賊を追い掛け回したフェネさんと金ちゃんの奔放なる人外のコンビが、たもっちゃんに獲物を横取りされてそんなのひどいと暴れ回る姿が目に浮かぶ。
けれどもその辺もまた抜かりなく、眠らせた間に縄的なもので縛り上げた盗賊たちを運搬し、男子らが村へ戻ってきた時に人外たちとついでにシグムンドがこんがりとした骨付き肉の骨の部分をいつまでも名残惜しげにがじがじしながら帰ってきたので和解の気配を感じるなどしている。
そこそこの長期にわたって盗賊たちに脅されて食慮や物資を奪われ苦しめられてきた村の、代表である村長的には「なにこれ」とのことではあるのだが、盗賊の制圧は大体半日ほどでさくさくと終わった。
結果だけを見て言えば、タイミングもよかったのだろう。
いや、家燃やされてるし中途半端に半数だけを茨で巻いてしまったのは恐らく、戦略的に全然よくはないのだが。結果。結果だけで言うとね。
では差し迫った脅威であった盗賊がなんとか片付いて、次にすべきことはなにか。
それはAランク冒険者の責任として冒険者ギルドの腐敗を見逃せはせぬと義憤に燃えるテオに付き合い、この村から最寄りに位置する冒険者ギルドへ乗り込むことだ。
小さな農村ばかりの一帯の、広い地域をカバーするギルドの支部は建物こそ古びているが規模は結構大きいほうだった。
その建物へ入るなりヒマそうな窓口へつかつかと近付き、テオがにこりともせず用件を告げる。
「ヴィンデン村からの依頼を受理すらせず、握り潰した件。ギルド長と話がしたい」
その様、覚悟ガンギマリである。
目がキミ。目がもうマジなのよなんか。
どうしてそこまでと思わなくもないが、はいて捨てるような扱いの自由業めいた冒険者といえどもAランクになると色々と、便宜を図ってもらえたり特別な扱いを受けたりする機会も多くなる。
そのためギルドへの貢献も、クエスト受注だけでなく時には組織内の不正を防止、または告発するのが義務のように求められるとのことだ。マジかよ大変。
加えて、その高ランク冒険者に課される義務を今回遂行するのはテオである。
ただでさえ責任感あふれるこのイケメンに、不正を許さないタイプのお仕事はあまりに相性が合いすぎた。
最寄りの冒険者ギルドへときたのは、盗賊を一網打尽にしてから翌日。
虜囚となった盗賊たちに最低限の、それでも二十人もいるために結構な大仕事で食事を与え、塾の日であるじゅげむを公爵家へ預けるついでに金ちゃんも一緒に置いてきてからのことである。
大量の盗賊の運搬にはやはりひと騒ぎあって、ドアのスキルを使うほどでもないかなとメガネ自慢の帆船で運んだが空飛ぶ船におどろいて「この船奪って一旗あげようぜ!」とかわいわい調子こき出した盗賊を四、五人、移動の間中うっかり船のふちからぶらんぶらんさせてしまった。よくなかった。調子こいた盗賊と、イラっとした我々の両方が。
空の旅に緊張したのが船をおりる頃になると盗賊たちもおとなしく、そうして到着した古びたギルドの建物に、一回スキルの茨をほどき縄でしばりなおした盗賊を含めてぞろぞろと引っ立て入った。
そうしながらに我々はカウンターとなっている窓口でごりごりと用件を申し入れるテオの、こちらに向いた背中から怒りがゆらゆら立ちのぼるみたいな様子にひそひそとささやく。
「やっぱテオ、冒険者より騎士とかのほうが合ってそうじゃない?」
「あ、やっぱリコもそう思う? 俺もちょっとそう思う」
これは本人に聞いた訳ではないので我々の勝手な想像になるが、テオ、実家とかお兄さんへの反抗で冒険者の道を進んだ感じがどことなくすごくありすぎる。
ほんの少しでもなにかが違えば、普通に騎士とかになっていたのではないか。
そんな思いがうっすらあって、またそれがなんか似合うよね。と言うのが、たもっちゃんや私に共通する印象だ。
これにはレイニーまでもがひそひそと「わたくし、人の子の事は解りませんけれど、解ります」と同意し、なんか満場一致だった。
そんな、古びたギルドの建物の、カウンター窓口に現れた輝くようなAランク冒険者であるテオによるガチギレ。
これは瞬く間に施設内を駆け巡ったらしく、割とすぐにギルド長が出てきた。
その人物は三十をいくつか越したくらいの男性で、我々は普段からテオやアーダルベルト公爵に容赦なく訓練されてしまっているのでもう感覚がバカになってて多分だが、人に、それも恋愛的な意味合いで好ましく思わせる外見をしていたと思う。
このグッドルッキング属性がなかなか根深い諸悪のなにかになっていたのだが、それが解るのはもう少しのちのことである。
ヴィンデン村――これが今回捕らえた盗賊団に狙われて家まで燃やされた不運な村の名前だが、この村からは以前、冒険者ギルドに対して盗賊の討伐依頼が出された。
それもまさに、このギルド支部でだ。
けれども依頼申請は受理すらされず、追い返されてしまったと言う。これはどう言うことなのか。ギルドとして、重大な不正の存在を疑わざるを得ない。
例えば、村を食い物にしたい盗賊団との癒着、もしくは別件でヴィンデン村の村長の娘と因縁があると聞く地主からの圧力の有無について。
テオによりガチガチに突き付けられる追及に、一番おどろいていたのはなぜだかこの支部の責任者。顔のいい冒険者ギルド長だった。
けれども決して、悪いことだと思わなかったと言うような、モラルの狂ったハラスメント思想からのおどろきではなかったようだ。
依頼申請があったことも、それを受理せず蹴ったことすら。彼はそもそも知らなかったのだ。
まさかそんなことがと急ぎあわてて部下を呼び、村長に対応した職員を探し出すまでにしばらく。それからまずギルド側での聞き取り調査が行われ、窓口業務を担当しているある女性職員の「だって気に入らなかったんだもん!」の自白を取るのにさらに長めの時間が掛かった。




