654 そもそもの流れ
※火災の描写あり。
我々は思い出した。
この村へとやってきた、そもそもの流れと理由的なあれを。
しかし、目的の盗賊がすぐ近くまできていると知り、急激にこみ上げてきたのはかなりダイレクトな自分への不安だ。
恐らくその根源にあるものを、たもっちゃんがそわそわしながら口走る。
「対人戦、緊張するぅ!」
これ。
我々は冒険者ではあるのだが、私は草しかむしっておらず、たもっちゃんもおいしいお肉を期待して魔獣を狩るのがほとんどのタイプだ。
以前よからぬゴブリンをめっきょめきょに討伐したこともあるにはあるが、あれも人に近い姿かたちと言うだけでなかなかメンタルに厳しいお仕事だった。私は一切戦力にならず、見てただけで多分だが。
そんなひ弱な我々が、犯罪者とは言え人間の、盗賊相手にまともに戦ったりできるのだろうか。心配だ。
けれども、我々の存在により引き起こされようとしている暴虐はなんとか被害を止めねばならぬ。
一応そう覚悟して、盗賊の襲来を知らせた村人に泣き付かれた村長が苦渋の表情で家を出るのに付いて行く。
――いや、行こうとした。
そうしたら、村長がキレた。
「冗談じゃない! あんたらみたいな強そうなのが一緒にきたら、あいつら余計に暴れっちまう。勘弁してくれ!」
そうわめき、めちゃくちゃ迷惑そうな村長に同行を断られたのはAランク冒険者であり見た感じもなんかデキる男をかもし出すテオ。
それからごりごりのドワーフで、ごついハンマーを手にした鍛冶屋のシグムンドだった。
それはそう。
この二人は見た感じから戦闘力が高そうで、盗賊を刺激する要素しかなかった。村長の心配、めちゃ解る。
ついでに金ちゃんとじゅげむ、あとは自動的にテオと一緒に留守番となる白き毛玉の自称神を村長の家に押し込んで、たもっちゃんとレイニーと私が、ただただ弱そう。冒険者の中でも草しかむしらない奴っぽい。と言った、一部的確な理由によって私を先頭に村長に付いて行くことが許された。
私はただの事実なので、まあ、特に言うことはない。
また、レイニーはいつも隠匿魔法をまとっているので話が別の気もするが、たもっちゃんに関しては完全にぱっと見のひ弱さだけで同行を許された雰囲気がある。
いいのだろうか。
確かにメガネはひ弱な黒ぶちメガネだが、ぱっと見の頼りなさとは裏腹に天界から授かりしまあまあでたらめな魔法があるので思いのほかやればできる子だ。ちょっとやりすぎる可能性まである。
不安。
そんな感じでなんとなく、釈然としない、心配に近いものを胸にいだき我々は、急ぎ足の村長と村人にくっ付いてせかせかと盗賊が暴れているらしき現場へと向かった。
そしたらあれよ。
近付くごとに感じる熱気。
小さめの小屋っぽい民家に火が付けられて、めらめらめきめきとよく燃えているその前で盗賊らしきいかつく小汚い男らがヒャッハーと盛り上がっていた。
我々、さすがにドン引きですね。
パリピはこれだから……とメガネと二人ひそひそしてしまったが、恐らくこのよからぬ感じはパリピの属性ではなくて個人――もしくは盗賊の資質によりすぎているのでただの誹謗中傷だった。よくない。
そうして我々が偏見からの反省をしているわずかな間に、村長は「なんてことを!」と意外と率直に盗賊たちに食って掛かり、せせら笑う男らに「冒険者なんぞ呼ぶからだ!」と腹を蹴られてうずくまった。
文字通りの一蹴。絶対そんな場合ではないのに、なんかうまいこと言っちゃった。
状況としては、かなり緊迫しているだろう。理不尽な暴力と悪意がうずまいている。
だが、私はもうすでにだいぶ余裕を持っていた。
なぜなのか。
それは村長をリングに沈めたあとで我々に狙いを移した盗賊が、完全に、もうマジで完全に、草しかむしらない雰囲気むんむんの我々をなめくさり、「ああん?」「おおん?」と因縁を付けつつまるで呼吸するように使い込み刃こぼれの目立つ剣を振るってきたのが少し前の話だからだ。
結果として、これで勝負が決まったと思う。
そう。我々には頼れる茨さんがいる。
あまりにも戦闘に適性のなさすぎる私の頼りなさに動揺し、なんか天界が追加実装してくれた私が攻撃を受けそうになるとどこからともなく自動的に吹き出し対象を巻き、その動きだけでなく時間経過まで止めてしまう茨のスキルが今回もしっかり大活躍したのだ。
先頭切って襲い掛かった仲間があっと言う間に謎の茨に巻かれてしまうのを見てるのに、なぜか次々とあとに続いてほどなく、そこにいた盗賊全員が綺麗に茨で巻かれるにいたった。この学習能力のなさ。とてもひとごととは思えない。
私は、それらの茨に巻かれたかたまりを前に、少し遅れてふええと嘆く。
「いやめっちゃ恐かった。めっちゃ恐かった。オラついたおっさんがいっぱいおんおん言いながら振りかぶってくんのホントもうやだあ。恐あ」
ふえふえ言って怯える私にフォローのように、たもっちゃんが「リコ、大丈夫。もう終わった。やったね」と声を掛けてなだめるが、だいぶ燃えてた家屋の消火活動を魔法のなにかで手伝いながらだったのでそこはかとない片手間感がとてもある。
「ちょっとは助けるフリくらいしろやメガネ」
茨さんがちゃんとお仕事してくれるとしても、その発動条件が私への攻撃であるために一回恐い思いしてんのよこっちは。
「だって茨さんは信頼できるから……」
「天界のスキルですものね。解ります」
なんか多分大丈夫だと思ったとふわっとしているメガネの側に今回もただただいただけのレイニーが乗っかり、茨のスキルはすげえからの空気ができて行く。これが同調圧力と言うやつか。よくない。
「いやでもあれ私思うんだけど、茨さんは最終防衛線じゃない? 万が一にも茨が出なかった時とかさ、私もうそのままやられるしかなくて詰んでる訳じゃない? こう言うさ、積極的な活用は運営としても想定してないっぽいじゃない? ダメじゃない?」
「うーん、でもリコには健康もある訳じゃないですか? あれ、何となく物理攻撃も無効にしてる感じがしてるんで……いや、健康だから物理攻撃無効になるって言うのもちょっと意味解んないですけども」
たもっちゃんの言い訳に、私は正直、それもちょっと解るとうなずく。
トータルすると助かっているのでいいと言えばいいのだが、この異世界にやってくる時に医療事情への不安からどうしても頼むと付けてもらった強靭な健康も健康の範疇に収まっていないなにかがあった。
確かに傷を負った状態が健康かと言うと違う気がするので健康状態を保守する意味で物理的なダメージはないほうがいい。助かる。でもなんか、あるよね。それ、健康……? みたいな微妙な気持ちが。
茨のスキルの運用方法、主に私の気持ちについての問題点をケンカ腰で言い合っていたはずが、気付けばいつしか話題は健康のほうへと移ってしまった。
たもっちゃんと私がイマイチ使いづらいキャラクターやスキルについてインターネットで文句を付けつつまあ使うけどもとダブスタをこじらすゲームユーザーみたいなよくないニチャつきをごねごねと見せ、心は今も天界所属のレイニーに「神の御業に何か不満でも?」とガチギレ手前のギリギリの感じで詰められている一方。
家が燃え、何人もの盗賊たちがオラつきと躍動感あふれる瞬間を切り取り茨に巻かれて動きを止めたこの場所に、誰よりものっぴきならない人々がいた。
ほかならぬ、焼かれた家の住人たちだ。
人はなぜ、誰かの心を折ろうとする時に住居に火を放つのか。
いや、解るけど。
一瞬で住むとこなくなるのマジで絶望感しか残らないので、効果的ではあるのだと思う。でも良心ってもんがさあ。あって欲しいじゃん人間は。
それをヒャッハーとばかりにやってのけた盗賊は、やはりロクなもんじゃないだろう。しばらく茨に巻かれてなさい。
またさらに悪いことに――いや、ほかの村人ならいいと言うものでもないのだが。
盗賊たちは無人の家を狙ったらしく、燃やされたのは住人である母と息子の息子のほうが強力な武器を手に入れようとドワーフの鍛冶屋を目指し、それを察知した母親があとを追い掛け出払っていた家だった。
そう、腕のいい鍛冶屋であるドワーフの、シグムンドの工房で出会ったあの親子だ。
村にいた盗賊たちが茨に巻かれ、とりあえずなんとかなってから、村長の家で待たされていたテオらと一緒に駆け付けた親子は、今はもう地べたに座り込んでぼう然としている。
本当に気の毒。親子の後ろでおろおろと、シグムンドが「うちに住めばいい! な!」と提案するのは善意か下心か。判断に迷う。




