652 ぼっこぼっこ
一生懸命ではあるのだがざっくりとしたじゅげむの説明をフォローして、詳しく解説してくれたのはこの村に住む母親と息子だ。
それによると、勝手にぴょんぴょん跳ねている種子はぴょんぴょん跳ねているがゆえ勝手に低い所へと移動する。
そのためこの作物を植える農地にはあらかじめゆるやかな傾斜を付けるか、元からそうなっている土地を選ぶのだそうだ。
そしてその傾いた農地の最も低い部分には、収穫用の大穴が掘られる。
だから地面をびっしりおおい尽くす勢いで無数にうごめくこれらの種は、勝手に一ヶ所へと集まって収穫するのもそう難しくはないと言う。
「ほら。あそこで男衆が半殺しにしてるだろ? ああやって動きを止めるのさ」
なんとなく物騒な語彙を含みつつご婦人が指さす先を我々は、きゃーきゃー騒いで逃げ腰ながらに確かめる。
と、大穴と呼ばれるそれは地面を腰ほどの深さに掘り下げた、水のない池か堀のようなスペースだった。
これ穴に水とかたまったらどうするのかなと思ったら、穴の底の辺りには水を抜くための溝が外に向かって伸びていて雨のない収穫の時期だけふさいで使用するそうだ。
今は無数の細かな種子であふれた穴の中に入り、ぴょんぴょん跳ねて自ら集まってきた大量の種を人の腕よりいくらか太い持ち手を作った丸太のような専用の道具でぼっこぼっこと殴って回る野生の農家さんたちがいる。
見た感じの物騒さから勝手に言ってるだけなので、別に実際野生の農家さんではないのだと思う。
「跳ねるからね。一回殺さないと」
「半殺しから一回殺すことになっちゃってるな……」
ご婦人は、なにを当たり前のことを。みたいな感じで言うのだが、我々、おどろきのドン引きである。恐い。
思わぬ異文化に戸惑いはあるが、とにかく跳ねる種はそうやって息の根を止めてからゆっくりと乾かし、麻袋に詰めて出荷や保管に回されるとのことだった。なんとなく憐れ。
そんな話を「ええ……」と距離のできてしまった心で聞いて、跳ねる種子をらんらんとした目で追ってなんとなくうずうずしているフェネさんや足元がうぞうぞしてて嫌そうな金ちゃんを高めに作った障壁に上げて移動して、まず我々は村長の家へと逃げるように向かう。
まず、どうなっているのか確かめたかったからだ。
盗賊に目を付けられてしまい、被害を受けていると言うのに地主やギルドの助けを得られず、追い詰められた状態の村。
どんなふうに脅されて、どんなふうに痛め付けられているのか。
それを把握しなくてはならない。
だからそれを問うためにひとまず村長に会いに行ったが、顔を合わせて、こちらの目的を言う前に初老の村長はブチギレた。
「冒険者なんぞ! 何を考えとるんだ? 冒険者を招いた事があいつらに知れたら、村の者全員どうなるか知れんぞ!」
「あっ」
我々も、キレられて気付いた。
それはそう。確かに、それはそう。
悪いのは完全に盗賊のほうではあるのだが、自分たちを排除するための戦力が現れたと知ったらあちらも抵抗するだろう。
その抵抗の一環として、見せしめや脅しに村人を使うのは卑劣だが効果的な手段かも知れない。それはそう。
「隠れてくればよかったね」
「ホントだね。なんも考えてなかったね」
困っちゃったねとメガネと私はうなずき合った。我々がのんびりやってきたせいで、村になんかあったらさすがに気にする。
けれども、なんも考えてなかったのはやはり我々と、矮小なる人間のことにうといレイニーくらいのものだった。
テオは恐らく最初から、違う考えを持っていた。
彼はぎゃんぎゃんに切れてる村長の前へ出て、厳しい表情を顔に載せこのままで済むはずがないと正論をかざした。
「盗賊に支配されたままで良いのか。逆らわなければ確かに、ほんのわずかの平穏を得られるだろう。だが、いつまで? 食料か、金か。そいつらの要求するまま搾取され、遠からず金も物資も尽きる日がくる。そうなれば、次に奪われるのは人だ。命だ。これを、黙って許すつもりはおれはない」
冒険者としての経験からか。
そうして薄氷の平穏が破綻して、結局全て、命まで奪われる先が見えている。
そう強く現実を突き付けるテオに、村長は、シワの一本一本に、ごわごわと痛んだ肌に。老いを思わせるその人は、その顔面をぐしゃりと歪ませた。
「わかってんよお! そんなこたあよお! でもよ! でもよう! どうしようもねえじゃんか! 地主様はまだ解んよ! それで見捨てられちゃたまったもんじゃねえけどよ、妾ん話い断るにしたってうちん娘のもの言いもよくねえ! けどよ! 冒険者ギルドが依頼も受け付けねえのはないだろ!」
一呼吸でわーっと全部言い切って、老いに疲れをにじませた村長がぶわっと泣き出した。
「あ、うん。そうよね。わかるう……」
我々はこの話を、ほかより少し大きいだけの、素朴さあふれる村長宅の玄関先でしていた。
そうして、なんかそれは大変でしたねと我々が思わずなぐさめの体勢に入っていると、閉じていた玄関のドアがばかりと開き一人の女性がものすごい形相で飛び出してきた。
「なによ! あたしのせいだって言いたいの? ああそうですよ! あたしが地主様を怒らせましたよ! でも、しょうがないでしょ! いい年で独り身だからって、いきなり妾になれはないわよ!」
こちらの会話が聞こえてて、腹に据えかね出てきたようだ。
勢いがすごい。
――この、村長のところのお嬢さんについて。
完全に勝手な思い込みではあるのだが、サブカルのテンプレ展開に毒された私には正直、はっはーん。みたいな気持ちがあった。
いや……地主のパワハラで妾にされ掛けたさぞや美少女の村長のお嬢さんがいるんでしょ? そして村のために無謀ながらに剣を取ろうとした勇敢なる若者がいる訳じゃない?
それはあれじゃん。
お互い憎からず思ってる幼馴染カップルのあれのやつじゃん。
はっはーん。青春やな。全部察した。
そんな余計な想像をしていた。そしたらね、そもそもの前提から間違ってた。
村長んとこのお嬢さん、我々よりもいくらか年下ってくらいの年齢層でした。
我々は泣いた。
「やめて……やめて……年下にいい年て言われると我々に効く……」
やめてやめてとさめざめ泣いた。
あと、よく考えたらシグムンドの鍛冶屋によろっよろで現れた少年からは最初から、いい感じの幼馴染などは存在しないとはっきり申告されていた気がする。
はっはーん。ではなかった。私が勝手に青春設定を捏造し、私が勝手にゲスなエスパーで存在しない青春展開を過度に期待しただけだった。ごめん。悲しい。
こうしてさめざめとした我々は、とにかく外は目立ってよくないと村長によってその自宅へと隠すように通された。
村長の住まいはほかの家より大きいが、そもそもほかの住居が小屋っぽい。
対比でちょっと立派に見えているだけにも思われ、内部もむしろ質素なほどだ。足元には床もなく、土を踏み固めただけの土間が基本となっている。
通されたのはそんな、玄関を入ってすぐの暖炉の部屋だ。応接間とリビングをかねた空間として使われているようだった。
古びたテーブルをはさんだ向こうで村長がイスをすすめるが、それも数は多くない。結局、たもっちゃんとテオの二人が代表の形でその席に座った。
そうして、「盗賊の好きにさせるのはよくない」「んなこと言っても村人だけじゃ抵抗もできねえんだからしょうがねえだろう」などと、男子らと村長がやいやいともめる。
そのそばで、面倒な話になってくると特におとなしく聞いていられない私は早速別のことに気を取られていた。
応接間をかねたリビングの、夏の間は使われず冷えた暖炉の前の辺りにはフタのない木箱のようなものがある。
大きさとしては大人が両手でどうにか抱え上げられる程度。四本の脚が付けられて底の部分が土間からいくらか浮かせてあるその中に、布をかぶせたワラの寝床と、そこに寝かされあんぎゃあとうごめく物体があった。
赤子である。
「そこそこ生まれたての……」
「ちっちゃいねえ、すごいねえ」
ベビーベッドらしき脚付きの箱の、ふちの部分に手とほっぺたを引っ付けて覗き込むのは私とじゅげむだ。
母親は村長の娘。先ほどひとり身だからって! とキレ散らかしていたご婦人だそうだ。
「ひとり身にも色々あるんだな……勝手に決め付けてはいけなかったな……」
あの初対面の感じから、てっきり我々の同類かと思い込んでしまった。違った。なぜだろう、勝手に裏切られた気持ちでいる。




