651 困った状況
Aランク冒険者であるテオが、命を預ける剣をつくった腕のいい鍛冶屋。
気難しいドワーフで、こだわりの強い一流の職人。
そんな印象だったシグムンドはしかし、ご婦人にいい顔をしたい一心でなぜかキリッと我々を売った。
……いや、売ったと言うのは正しくはない。
彼はただ、我々が――主にテオやメガネなどの男子らが、冒険者であると事実を明かしただけである。
なんとなく、話の流れとこちらの気持ちが売られちゃったなと思われるだけで。
「ひどい」
「ひどかぁねぇ……冒険者なのは本当だろうが……」
おっさん、マジか。おっさん。
と、我々がやいやい言いすぎたのだろう。
しばらくはちょっと話にならず、マジかマジかと無為に時間を溶かしたあとでひとまず話を仕切り直そうと、改めてお茶とおやつを各位に配り色めきだったドワーフを責めつつ詳しい話を聞くこととなった。
「ひどい」
「……ひどかぁねぇ……そんなには……」
さすがに居心地が悪いのか言い訳にも精彩を欠いてきたドワーフと、もう何回もループしちゃう会話の合間、盗賊に目を付けられて困っているらしき村に住む母と息子はぽつりぽつりと窮状を語った。
「この子は先走ったけど、困っているのは本当だよ。盗賊は、人数が多くて。乱暴な男しかいないから、うちみたいな小さな村じゃ逆らえるような人間はいなくてね」
「母ちゃん、だからオレが」
憂い深く目を伏せて、暗い雰囲気をにじませる母に若い息子が膝を進めて意気込んだ。
カーチャンにすかさず「このバカ!」と叱られていたが、若者は若者なりになんとかせねばと思い込んでいるようだった。
これはあれやで。今ここでなんとか説得できたとしても、困った状況が変わらなければまた似たようなこと考えるぞこいつ。
私はそんな感想をいだきつつ、なんとなく最近ブーム再燃のきざしを見せてきたふかふかさくさくのホットケーキを胃袋に消すお仕事にいそしむ。
この重責ある厳しい業務にはレイニーはもちろん、じゅげむや金ちゃん、フェネさんも参加。じゅげむにはさらに、こいつが口をはさむと話が進まねえと言う判断でカーチャンに怒られ続けている血気盛んな若者に「おにいちゃん、これ。おいしいんだよ」とホットケーキの皿を運んで懐柔する任務が与えられ、なんだかキリッと功績を上げた。えらい。
こうして、うるさいのをおやつ班に組み込むことで詳しい事情を無事に聞き取った男子たち。たもっちゃんとテオは、大体の感じの事情を聞いてめちゃくちゃ苦々しい顔をする。
「地主……」
「冒険者ギルド……」
頭が痛いと言うふうにぼそぼそうめく二人によると、本来ならば盗賊被害の訴えを聞き討伐などに動いてくれそうな権力者や組織が、どうやら全く動く気配すらないらしい。
なんでやと思って詳しく聞けば、母子の住まう村の辺りを管理する地主のほうは村長の娘を妾にしてやると言ってきたのを普通に断られてギャン切れで、冒険者ギルドはなぜだか盗賊の討伐や村を護衛する依頼の受理すらしてくれてないと言う。
地主のほうは、まあ解る。
いや、そらそうよってことでは全然なくて、そんなクズもいるかも知れんと言う意味で。人類にはそれほど期待できないってゆーか、異世界にきてからまあまあ似たような話聞く。
しかし冒険者ギルド。おめーはなんか、ちゃんと依頼くらいは受け付けんかったらあかんやないかい。
ギルドに属する冒険者、それも高ランクをいただく者として、この不誠実にはテオが当事者のように心を痛めた。
「済まない。その様な事、ギルドの役目を思えば許されない怠慢だ。冒険者として、どうか謝罪させて欲しい」
テオは困難の中にある母親と息子に、研ぎ澄ました剣めいてきらめく髪の頭をさげた。
重い。
しかし、それでこそテオ。
剣が折れてからしおしおと、怒られたくないでござると逃げ腰で我々もちょっと忘れ掛けていた部分はあったが、テオは責任感のかたまりなのだ。
そうして見逃せない不正のかおりにしぶしぶと、我々は問題の村へと向かう。
テオはAランク冒険者としての義務感でやたらと苦み走る凛々しい顔で、じゅげむはなんか解らないけどお仕事! と大体の感じで張り切っていたので別とする。
もちろん矮小なる人間のことなどどうでもよさげなレイニーや金ちゃん、妻大好きのフェネさんもいるが、同時に、鍛冶屋のドワーフもいそいそと付いてきてしまっていた。
「ええ……大丈夫なの?」
ドワーフ鍛冶屋、シグムンドは頑固な職人で気難しいが腕がいい。顧客は数え切れないし、常時いくつも仕事をかかえているらしい。
だから無理にこなくてもいいと思ったが、小柄ながらむきむきとしたおっさんはヒゲでもじゃもじゃした顔を静かに横に振って言う。
「いい女が困ってるっつぅのに男が黙ってられっかよ」
歴戦の猛者みたいな雰囲気の割に、なんか全部台無しだった。
夏である。
歩いての移動は体力に不安がありすぎるとの私の必死の訴えで、たもっちゃんは軽率に自慢の、空飛ぶ船と見せ掛けて普通の帆船を魔法のゴリ押しで飛ばすやつを出した。
その時のドワーフ、そして青年の食い付き。
「なんだぁこりゃ! 海の軍隊みてぇじゃねぇか!」
「空から盗賊叩き潰しに行こう!」
なんか気が合ってそうな感じがなくもない。例えと発想が物騒で。
やいのやいのと騒ぎつつ、そうしてたどり着いたのはよくあるひなびた村だった。
ほどほどに遠く山が見え、開けた土地には川もある。
農地と放牧のための草原が広がり、そのだだっ広く平坦な風景のあちらこちらに小さな家や、森と呼ぶにはブロッコリーめいたおもむきの小規模な木立がいくつか見える。
のどかな場所だ。
ただし牧草地や畑を囲む木の柵が、一部打ち壊されたりしていなければ。それだけでなくよく見れば、若干こげたりしている家もある。
そんな牧歌的でありながらぬぐい切れないバイオレンスの空気がただよう村を訪ねて、我々はとりあえずきゃーきゃー言って逃げ惑っていた。
「きゃー! 恐い! なにこれ! こっわ。なにこれ!」
「虫? 虫なの? 一面? 虫じゃない? きゃー! やだぁ! 俺、さすがにやだぁ!」
私は金ちゃんによじのぼり、たもっちゃんはやたらと高い位置に障壁を作って避難する。
そして恐怖に震える我々が、どうにか距離を取ろうとするのは足元の、地面をびっしりおおい尽くしてうぞうぞぴょんぴょんとうごめき跳ねる無数の小さな大群衆だった。
「ぎゃー! 飛んだ!」
「飛んでない。落ち着け」
「イナゴ? イナゴってヤツ? 農作物大丈夫?」
「いなご? むし? たもつおじさん、あれむしじゃないよ。生きてないからだいじょうぶなんだよ」
ぎゃーぎゃー騒ぐ我々をテオやじゅげむがなだめるが、こっちはもはやパニックだ。そんな言葉じゃだまされねえからなとばかりに全然聞いていなかった。
しかし実際、異世界の常識人たちの言う通りだったようだ。
地面の上をうごめき這いずる無数の虫のようなもの。
それは両端のすぼまったぽってり細長い本体を持ち、そこから二本の脚めいた針のようななにかがピンピンと飛び出している。
指先でつまめるぼどの大きさのそれが、無数に地面をおおい尽くしているのだ。恐い。そして動く。ざわざわぴょんぴょんと。
だがそれは虫でなく、アニマルですらなく、どう言う理屈か知らないがある一定の条件下において勝手に飛び跳ね移動する植物の種とのことだった。恐い。
しかも、どこででもは作られないがかと言ってめずらしい農作物でもないと言う。つまり、このうごめく虫のような大量のなにかが収穫物そのものなのである。なにそれ。
「えぇ……どうして……。お米の事は恐怖の実とか言って避けるのにどうしてこっちの奴は平気なの……?」
「わっかる……。それ。たもっちゃん、それ」
こんなに恐いのに……。
地面をびっしり這いずっているのに……。
じゅげむも以前住んでいた場所で同じものを見たことがあったのだそうで、全然びっくりしていなかった。嘘やろ。
それに、この足元いっぱいにわさわさしている細かななにかが農作物なのだとしたら、どうやって収穫するのだろうか。
かき集めるのも大変だなあと思っていたら、じゅげむが一生懸命に「あのね、これね、ぜんぶあなのとこにいくからかんたんなんだよ」と教えてくれた。
「なるほど……?」
わからん。




