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65 用事

 ビキニアーマーのおっぱい美女は、大森林の間際の町で冒険者ギルドの副ギルド長をしているそうだ。

 これはビキニアーマーの冒険者、ターニャが教えてくれた。

 じゃあギルド長はスキンヘッドでいかついが気は優しくて力持ち系のおっさんとかかと思ったら、そうじゃなかった。

 ギルド長もまたビキニアーマーの、胸元がたわわたわわと豊満に揺れ動くタイプの美女らしい。

 大森林近郊における、ビキニアーマーの深刻なインフレ。おっぱいをたたみ掛けてくるスタイル。

 冒険者の夏の装いは、なぜこうも露出度が高いのか。

 そんな疑問を抱きつつ目をしぱしぱさせる我々に、大森林の間際のギルドで再会した女は吹き出すみたいにして笑う。

「だって、こんなに暑くちゃ服なんか着てらんないよ」

 からから笑ったターニャの髪は、ぱっと明るい菜の花色。それが襟足長めのショートカットに整えられて、なんだか活発な印象を受ける。

 そして印象そのままに、また明日! と元気にぶんぶん手を振って去った。

 彼女たちと別れたのは、冒険者ギルドの建物の前だ。

「明日か」

「明日だな」

「絶対だぞ」

「パン、たらふく焼いとけよ」

 明日また、と手を振り返す私たちの横から、念押しするのは獣族の冒険者たちだった。

 明日明日ととなえながらにうなずいて、獣族のおっさんたちがそれぞれ町の雑踏に消えて行く。

 魔石とパンを交換したが、それはとっくに食べ切っている。なのに名残おしげに周りをうろついていると思ったら、我々の予定が知りたかったようだ。我々と言うより、うちのメガネの。

 いつ大森林に入るのか。

 ターニャたちからそう聞かれ、んー、明日かなー。とか言って、たもっちゃんはテキトーに答えた。

 奴はその時、すでに二つめの首輪の改造に着手していた。手に持つ鉄の輪っかに視線を落とし、完全なる生返事でしかない。

 それでも一応、考えてはいたようだ。

 大森林探索のための、おっぱい講習は午前中で終わった。がんばれば、これからでも大森林に入れなくはない。

 そもそも、大森林の探索は何日も掛けて行うらしい。その中で、野営するのはほぼ確実だ。出掛ける時間が少し遅いくらいのことは、特に問題にはならないはずだ。

 では、なぜ明日なのか。

 まあそれはさ、あるじゃん。色々。リンデンを故郷の村に捨ててくるとかの用事が。

「成程な……」

 しみじみと、テオが呟く。

 もう考えるのが嫌になったみたいな感じで、彼が納得の声を上げたのはその日の夜中のことだった。

 それまでに、我々は二度食事をした。

 冒険者ギルドでの講習を終えて、私たちは町の外の原っぱに戻った。もろもろあって、今日もここで野営だ。

 たもっちゃんは鉄の輪っかに魔法陣を刻み、昼食を作り、二つめの首輪を仕上げた。トロールの首にあるレンタルの首輪と自作の首輪を交換し、借りた首輪は奴隷商に返却。

 通信魔道具の魔法陣をこねくり回しつつ、試行錯誤の途中で夕食。デザートはプリン。

 宵の口には手持ちの板に通信魔法を焼き付けた、謎のまな板が誕生した。

 実物を見たことがないために結構苦戦しながらも、スキルを駆使してカンニングしつつなんだかんだで完成させた。

 そしてメガネが最後に作り上げたのは、一枚の扉とその枠だ。これは別に魔道具ではなく、ただの日曜大工に近かった。

 扉を制作するに当たって、木材はアイテムボックスに手持ちがあった。家を建てた残りの釘も少しある。しかし蝶つがいはない。

 そこで、私のムダ知識が火を吹いた。

 扉となる戸板の端の片側上下に、飛び出す格好で突起を付ける。ドアの枠には突起と重なる位置にくぼみを作り、そこへ戸板の突起をはめ込み回転軸とする。

 これを、くるる戸と言った。この仕組みなら、蝶つがいなしでドアが作れる。

 昔、アニメキャラの名前について調べていて覚えた。このムダ知識を、まさか実際に使う日がくるとは。

 私は変な感慨を覚えたが、たもっちゃんだけは色々と察したようだった。

「まぁ……あるよね。そう言う事も」

 呟き、そっと目をそらす。

 これはあれだ。キャラの名前の由来まで調べてしまう者の、業の深さに気付いてしまった時の顔だ。なのに全部は言わないタイプの優しさ。胸に刺さる。

 こうして私の罪をいっぱいに背負い、完成したドアは原っぱの真ん中に立てられた。ドアの枠には丸太の足が付いていて、なにもない場所でもちゃんと使える自立式だ。

 これ、ネコ型ロボットの。ポッケから出てくる。どこにでも行ける。素材と見ためは思いっきり手作り感にあふれてるけども。

「たもっちゃん、これさあ……」

「ほかにどうしようもなかったんだもん!」

 わあっとわめいたうちのメガネは、うつむけた顔を両手でおおった。

 草と草と草にあふれた原っぱに立つドアは、周りをぐるりと囲まれていた。囲んでいるのは箱型に展開した障壁魔法と、暗闇の壁だ。

 周囲から隠し守る箱の中には、メガネとテオと、レイニーに私。そして鎖の先にいるトロールと、隻腕のトロールが右手一本で引きずっているぐったりとしたクマだけだ。

 ただし、クマは深い眠りについていた。いや、生きてる。言いかたが悪いだけ。

 たもっちゃんに乞われるままに、リンデンの夕食に眠くなる草を混入したのは私だ。あまりにも効いて、ちょっと引いてる。

 そうして準備万端に、たもっちゃんは原っぱに設置した自作のドアをスキルで開いた。

 さあ、急げ。

 たもっちゃんと私は、二メートルを超すトロールの体を開いたドアに押し込んだ。押すと言うより、体当たりに近い。

 しかしそれではほとんど動かず、なんだ、こっちに行けばいいのか。みたいにトロールが空気を読んで、のっしのっしと移動した。

 いい子だ。ホットケーキをあげよう。

「こっち、こっち」

「この辺。この辺に置こ」

 動かしたいのはトロールではなく、トロールが片手で引きずるクマだった。こだわりキッチンの床をさし、ホットケーキの皿を手にしてトロールの誘導を試みる。

 さすがにクマが落ちてたら気が付くだろ。いいよもう、その辺で。

 そんな適当さで誘導する我々を、後ろから見てテオがしみじみ呟いた。もうなんか、考えるのが嫌になったみたいに。

「成程な……」

 まあ、気持ちも解らなくはない。

 我々は、少し前まで原っぱにいた。

 大森林の間際の町の、外側を囲む原っぱは開けているがなにもない。それは間違いないはずなのに、しかし、ドアを開くとキッチンがあった。

 それは設備はまだまだそろってないが、レイアウト的にはこだわって作ったメガネのこだわりキッチンである。

 そのキッチンは、たもっちゃんが建てたこだわりの家に付いている。こだわりの家は、ベーア族たちが住むヴィエル村にあった。そしてその村は、ローバスト領に。

 大森林の間際の町から、ローバストまで。謎馬車の速度で換算すると、ほとんど一ヶ月の距離らしい。

 それを扉一枚開いただけで、一瞬で移動してしまったのだ。それはもう、考えるのをやめたくなったりもするだろう。まあ、知らんけど。便利だからいいじゃない。

 原っぱとキッチンをつないだドアを、テオは何度も出たり入ったりをくり返す。思い出したようにうろつく姿は、動物園のクマみたいだ。クマはリンデンのほうなのに。

 お? 今のうまくない?

 そんなどうでもいいことを考えていたら、ゴゴンと重たい音が響いた。リンデンが床に頭をぶつけた音だ。

 トロールはリンデンを置こうとしたが、最後の最後で投げ捨てた。手がすべったか、どうでもいいのか。

「あぁっ」

「起きた? 起きた?」

「起きてません。セーフです」

 マジか、すごいな草。じゃあ逃げるか。

 たもっちゃんと私とレイニーが、口々に言って逃亡を図る。それをドアの所からテオが変な顔で見ていたが、いいんだ。リンデンを村に捨ててくるのは、当初の計画通りなんだ。

 計画にないのはトロールがリンデンを落としたことと、その音でこの家の留守を守るクマの老女が様子を見にきてしまったことだ。

「あれまァ」

 おどろいているのか、あきれているのか。

 たった今ベッドから起き出してきたと言う格好で、リディアばあちゃんはもふもふの頬を自分のごつい手で押さえた。そして、キッチンで固まる我々を見た。

 リンデンを可及的速やかに村に捨ててくる計画は、ここで当然のように破綻した。

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