647 お待たせ!
メルヒオールやジーグルトなどの生活もなんとかなりそうと判明し、よかったのはよかったのに釈然としないこの気持ち。不思議。
ホラーツ家の没落はよくないほうのホラーツ家メンバーによるものなので、悪くないほうのメンバーであるメルヒオールやジーグルトに罪はない。そんなには。
なんとなく、ないともちゃんと言い切れないのは私の気分の問題である。
あれよ。メルヒオールが全身全霊で敬愛してやまない叔父の、ジーグルトの恋人三人の余波がだいぶ尾を引いている。三人て。本人たちがいいのなら多分それでいいのだが、三人てキミ。
まあ、それはいい。私がただただ引いているだけだ。
とにかく、今回の――と言うより長年にわたりホラーツ家が積み重ねてきた不祥事で、彼らは代官屋敷を離れる運びとなっている。それはちょっと悲しいが、金銭面でたちまち困ると言うことにはならないようで本当によかった。
メルたんの表面上の父である、ホラーツ家の先代当主がちゃんとしてくれてたんだなあ。
でもメルたんの実の父は摘発されたほうの叔父だから、先代は自分の子ではないとは知らなかった予感もものすごくしてしまうのだなあ。複雑。
しかしそれを言ったらそもそもの、うまいこと財と権力を手に入れるためやべえ存在だと解った上で悪魔と契約までしてたメル母を後妻としてホラーツ家に引き入れたのも先代だから、それはもうしょうがないのかしら。
悪魔さえ介在していなければ悲劇も起こらなかった一方で、俺たちのメルたんも生まれなかったことになる。我々のときめきは大体が悲しみの上に成り立っているのだ。フィクション作品で影のあるイケメンとか特に。
なんとなく考え込んでしまった私もその辺りまではしんみりした気持ちでいたのだが、逆に言うとこの辺で考えてもしょうがないなと気が付いた。
しょせんは人様のお宅のことである。詳しくは知らん。
メル父のお陰でお金の心配も当面はしなくていいらしく、住む場所はジーグルトの恋人のご実家が提供してくれている。人徳である。……人徳……?
ちょっと引っ掛かるものはあるような気はしなくもないが、それも当事者たちの問題なのだ。
とりあえず私はめんどくさい話を放り出し、荷物を運ぶメルたんたちを追い掛けてアイテム袋と見せ掛けてぽいぽいとアイテムボックスに重たい荷物を収納。または重たくなさそうな箱を選んで手に持って、引っ越し作業のお手伝いなどをしておいた。えらい。
こうして、まあ、いいか。の流れで我々は引っ越しを終えたメルたんとその叔父とその恋人と恋人と恋人などに挨拶し、メルたんの桑色の頭で羽を休める小さい鳥おじさんの精霊に「頼むぞ」と言うような、同時に、我々にはどうしても精霊らしからぬビジュアルに見えるその様に「どうして……」みたいな微妙な気持ちをかき立てられつつ体にいいお茶を渡せるだけ渡し、ラオアンの街をあとにした。
思えば、用事を終えるより旅立ちまでが長かった。
よくある。
こうして、やっと。
諸般の事情であと回しにしてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいに、我々は「お待たせ!」とテオに向き合った。
すると、彼はそのよく整った顔面に理知的な表情をたたえて言った。
「気遣いはありがたい。だが……」
そして思慮深く苦悩するように、やたらとキリッと吐いたセリフがひどかった。
「確実に怒りを買うかと思うと気が重い。あの鍛冶師に会うにはもう少し心構えが必要だ。あとにしよう。あとに」
折れた剣も直すか新しいものを作らなくてはならないが、でもほら。先にほら。ほかの仕事とかほら。片付けようよ。あるでしょ。夏の。あれ。いつもの保湿シリーズ製作とかが。そっちにしよう。そっちを先に。
などと、どこまでも凛々しい顔ではちゃめちゃになんかすごく説得に必死。
我々は心の底から戸惑った。
嘘やろテオ。と。
我々の、テオの良識と人間性を我が家の最後の砦みたいにあつくよせがちな信頼が迷子よ。
たもっちゃんは野菜を刻もうとしていた手を止めて、なんだかしみじみとうなずいた。
「テオって意外と俺らみたいなところあるよね」
「わかる」
私も即座に同意を示し、「テオ、自分だけが最後の良心みたいな悲壮な感じ出してる時あるけど、結構な勢いでやらかしてるパターンも結構まあまあなくもないよね」と正直な所感をぼろぼろとこぼした。
これが我々の悪影響と言うものか。
そんな恐れるような心配がじわじわ広がり心を染める。だからと言ってこれからも自分の行動を改めたりとかはしないのだが多分。
こんな話になったのは、我々がラオアンの街をあとにして次はどこへ行こうかと相談している流れでのことだ。
ただし場所はすでに移動して、王都のアーダルベルト公爵家邸にいる。
夏のご挨拶に必要な大量の保湿ジェルを生産するために、たもっちゃんが用意してレイニーが完璧に洗浄した大鍋。これを庭に面したテラスの辺りにどかどかと並べ、砂漠で魔族さんたちの保護を受け伸び伸びと育ったスゲーヘチマの種の部分を清浄な水にたっぷりひたしてあるものを私がむやみにかきまぜて健康になあれと念を込めているところだ。
レイニーは空調魔法と冷気を逃がさないための障壁を担当しつつイスに腰掛け冷たい飲み物を楽しんで、そのそばでいつでもお手伝いできますとぴかぴかの顔でこちらをガン見するじゅげむがスタンバイ。
金ちゃんは完璧に計算し整えられた公爵家の庭を散策していると見せ掛けて、こん棒にちょうどよさそうな枝ぶりの庭木を見付けるとどうにかへし折ろうと試みている。パワー。
しかし安心して欲しい。
我々が夏の保湿ケアシリーズ製作に入ったのを察知して、万全のサポート体制を敷いたメイドたちのはからいで金ちゃんの周りにはごりごりの騎士が何人も配置されていた。
いざとなったら彼らが金ちゃんにどすこいと組み付き、庭木に被害を出す前に筋肉と筋肉で語り合ってくれるのだ。のどか。
スゲーヘチマの種から作るジェルをやたらとまぜるだけの作業は、私の体質に由来する。この段階ではほかの人に手伝ってもらえることが特になく、たもっちゃんなどは時間できたし備蓄の料理でも作っとくかといつもの感じで料理道具や食材を前にせっせと手を動かしながらやたらと納得をにじませた。
「よく考えたら俺らと平気で長時間付き合える訳だしさ。テオもさ、そりゃ多少は似たり寄ったりなとこあっても不思議ではないよね」
説得力にあふれるような、よく考えたらそうでもないのに我々へのダメージだけがすごい謎に破壊力のあるご指摘。
その、触れるものみな傷付けるみたいな危険な理論展開に私はウッと胸を押さえて気持ちの上で崩れ落ち、保湿ジェルをかきまぜる大きなしゃもじをそっと置きよろよろと休憩と言う名のおやつとした。
一方、やはり生真面目なのだろう。
たもっちゃんの好き勝手な考察を、テオは真正面から受け取った。
そして誰よりも素直に困惑し、小さくうめくような声を出す。
「お前達に……言われるのか……」
あまりにも悲痛。
まるで、心の悲鳴がついこぼれ出たみたいな呟きだった。
作業のジャマや金ちゃんに合流しないよう妻たるテオにしっかり捕まえられていた白く小さな毛玉の神も、腕の中から伴侶の顔をそわそわ見上げ「つま? 泣いてる? 大丈夫? 泣いてる?」と心配そうに気遣うほどだ。
テオの目元に涙はないので多分泣いてはないのだが、心ではどうか解らない。かわいそう。
我々に似てるって言われてすごいショックを受けている。かわいそう。よく考えたら我々にもひどい。
こうして、いつも優等生ポジションで間違いなんてしませんと言った様子を崩さない――いやたまに崩れてなくもないけども。
なぜだか急にいつもよりやたらとキリッとしたテオが、怒られるのが嫌でござると愛用の剣を製作した鍛冶師の所へ直行するのを拒否した流れで互いに互いを傷付け合った我々。
青春である。
そんな我々を愛情深く見守り、どこからともなく我々の最新情報を入手したらしきアーダルベルト公爵が「ねぇ、君達また街を一つ潰したそうだね?」などと微妙に正しくない感じで確認するのを「潰してないです」とかわしつつ、我々は無事に保湿ジェルを大量に仕上げたりして渡ノ月をすごした。
話題の街は恐らく、直近に滞在していたラオアンのことだろう。だが代官の家系だったホラーツ家は自らの悪事で潰れたし、これまでも街は潰したことないっすね……。勝手になくなってたことはあるけども……。
公爵、感情がすでに何周もしてるのか逆に笑っちゃうみたいなすごい優しい顔だった。




