645 哀愁をかもし
金ちゃんは落ち込んでいた。
彼は人類と共有する言葉を持たないが、それはもう。どう見てもはちゃめちゃに意気消沈だった。
ダンジョン内のごつごつした地面にどっかりと、あぐらをかいて直接座る大きな背中が悲しく丸い。
哀愁をかもしすぎるトロールの、そうしてしょんぼり伏せられた視線と腰をおろして折り曲げた自らの足のすぐ先に、白っぽく砕けたいくつもの破片が落ちていた。
骨だ。
せまい場所で振り回し、硬そうな天井や壁にぶつかりでもしたのか。
それともこの骨は料理屋で一度煮込んであったのをご厚意でいただいたものだから、元々脆くなっていたのかも知れない。
とにかく、金ちゃんお気に入りの鈍器のようなでっかい骨が、ぼろぼろに砕け散ってしまったのだ。
自慢の武器が破損したことが、金ちゃんにはかなりショックなできごとだったようだ。多分だが、立ち直るにはしばらく時間が必要になるだろう。かわいそう。
金ちゃんのテンションはそうして、最高潮に最低で地面をなめるかのようだ。
しかし、我々が探索途中のダンジョンを、ゆるやかにくだる横穴はまだ地底へ向かって先がある。
とにかく調査は進めねばならぬと言うことで、集団で襲いくるコウモリタイプのモンスターに気の済むまでばりばりと噛み付き、いっぱいやった! 我! 活躍した! などとはしゃいでご満悦のフェネさんに、金ちゃんが詰まっていた小さな穴を調べてもらう。
と、フェネさんはほどなく、「らんかあっは!」と元気いっぱいに穴から出てきた。
恐らく、なんかあった! と言っていたのだと思われる。
フェネさんが口にくわえて引きずって、穴の中から見付けてきたのは大人でも両手でなければ持てないくらい大きく重たいサビの浮いた鍵だ。
その古びた文明を予感させる物体に、たもっちゃんと私はてきめんにやられた。
「どうしよう。わくわくする」
これまで未発見だったダンジョンに、人類の関与を思わせる文明が存在するのは不自然だった。
そんな疑問はあるのだが、これからなにか起こしそうなアイテムを前にそんなのは些末な問題なのだ。
「なんか解らんけどどっかの鍵を安全もなにも確認せずに冒険を求めて無責任に開けよう」
たもっちゃんと私は急上昇するテンションに任せて提案したが、常識人かつ一流の冒険者である某テオに「おいやめろ」と真顔でがっしりと止められた。当然だった。
一応せまい洞窟を行ける所まで探索し、ゆるやかにくだった先の行き止まり部分でどう見ても途中で見付けたでっかい鍵にぴったりサイズの鍵穴を発見。
無責任に開けよう。と再び提案してみたものの、テオから念入りに止められてしぶしぶダンジョンの広間へと戻った。
そこで控えていた冒険者ギルドの職員に、たもっちゃんがせっせと記入した地図とエンカウントしたモンスター、そして戦闘で入手したドロップアイテムを申告。
どうしよっか? と相談した。
まあどうするもなにも確認しないことには始まらないと言うことで、改めて鍵を開きに行くために探索部隊が結成されることになる。
たもっちゃんはもちろん参加する気まんまんでいたが、ここで足を引っ張ってきたのが「ただし集団行動はDランク相当」の信用のなさだ。
鍵を開けに行く探索メンバーから除外され、たもっちゃんは悲しみにごねた。
「やだぁ! 俺も行くぅ! 俺も冒険気分味わうぅ!」
何本もの柱が立った広間のような足元に薄く水がなかったら、びたーんと倒れてやだやだと暴れそうな勢いである。引く。いい大人が全力でこれは引く。
ギルドの職員も困ったらしく、Aランクの真っ当な冒険者としてすでに開錠探索の主要メンバーに入れられているテオを見た。助けを求めるかのように。
そうしたらテオはなぜか私を見、私はなんとなく一応レイニーを見た。
ダンジョン大好きのレイニーも、今は意外に凪いでいた。だが私には解る。つい先ほど戻ってきた道をもう一回行くのがちょっと億劫になってきているのだろう。解る。
よかった。たもっちゃんと一緒になってレイニーもやだやだ言ってごねたりしたら、私がもっと引いてしまうところだった。
そうして私がムダに安心している間に、テオが少しぎゅっとなった顔面で一度メガネに視線をやって、それからギルド職員へと向き直る。
そしてある提案をした。
「おれの代わりに、タモツを連れて行ってはもらえないだろうか?」
まさかの。
「えっ、俺ちょっと悲しかったから駄々こねてみただけだけど、いいの? 集団行動に自分でも凄い不安しかないけど、大丈夫?」
「なんで要求通りそうになったらお前が一番引くんだよメガネ……」
えっ、いいの? と思ったのは私も一緒だが、なんでだよメガネ……。
しかしテオによるまさかの提案は、はっとなにかに気付いた様子でギルド側にも割とすんなり受け入れられた。
なんでなのかなと思ったら、細かい仕事は部下に任せて自分は探索のほうに加わっていたラオアンの街の副ギルド長が、めちゃくちゃしんみりとした理解を示して請け負った。
「使い慣れた剣でないのは不安だろう。無理はするもんじゃない。任せてくれ。こちらで何とか面倒は見る」
それを聞き、私は思った。
あっ……、と。
そう言えば、金ちゃんのハリガネムシや大事な骨が砕けるより前に、テオが愛用する剣もなんか知らんがこう……折れてた……みたいな。
「……あったあ……そんな話も……聞いてたあ……。ええ……テオ、こんな普通にお仕事して……ええ……? 予備の剣でがんばってたの……?」
「そうか……今思い出したか……」
急におろおろし出した私の姿に全てを察してしまったのだろう。テオはもう、逆に納得。みたいなおもむきでうなずいた。
いや、あれよ。
あったのだ。色々。テオの剣が壊れた話を聞いてから、ここへくるまでに。
あの時は多分、寄生虫にやられた金ちゃんのため取り急ぎ薬が必要だった。
それでわあわあ言ってあわてて薬を求めて街へきて、なぜか悪魔的なものとエンカウント。大騒ぎして振り回されて、そうする内にあれ。
うっかり、どっか行っちゃってましたよね。テオの悲しみが。忘れたとも言えます。
金ちゃんは大事な骨をぶっ壊したばかりでめちゃくちゃ意気消沈しているが、テオも大体似たような状況だったのだ。それも結構前の段階で。
もはやごめん以外の三文字がない。仮に三文字のしばりを外しても、出てくるのはほんとすいませんとかの謝罪しかなかった。ほんとすいません。
我々は、さすがに血の気を失った。
喉の奥から「ぴえええ」と、超音波みたいな細く長い声にならない声が出て、足元の水をばしゃばしゃ言わせてテオに近付きすがり付く。
「ごめんやでぇ……ごめんやでぇ……! 素材とか、あの。新しい剣作る時にいる素材とかあったら、俺、提供しますんでぇ……!」
「私も、私もあの、なんか。お体大事にして欲しいのでお茶とか、あの。あとドラゴンさんにもらったウシ的な骨の素材とかツノのとことかよかったら全然切って出しますんで……あの……」
「落ち着け! 良いんだ」
あわわわと、ほとんどしがみ付く勢いで急激に距離を詰めたメガネと私になぜだか若干嫌そうに、いやそんな。テオがそんな顔をする訳がないので、なんかこう……あれ。
居心地が悪いみたいなそんな感じのなにかを見せて、テオは我々を引きはがしぎゅっとした顔で首を振る。やっぱちょっと嫌そうな気もする。
「知っての通り、予備の剣もある。それに、あの折れた剣はオーダーしてから打ち上がるまでに二年待った。ひと月やそこら遅れたところで、そう大差ないんだ」
テオは心なしか早口に、恐らくは騒ぐ我々をなだめるためにそう語る。それから、ふっと表情をかげらせてなんとなく落ち込んだ様子をはみ出させて呟いた。
「鍛冶師が、頑固でな……。あの剣が折れたと知れたら、どんな罵倒を浴びせるか……」
だから、自分としてもちょっとあんまり折れた剣をのこのこ持って製作者である鍛冶師の所へ行くのは気が重いのもあったのだ。
我が家の常識で良心であるイケメンは、めずらしくうじうじしたのを隠さずにぼそりぼそりと弱音を吐いた。
テオの剣が折れたのは偶発的な事象であり我々のせいではなさそうなことと、忘れてたのも結果無罪の雰囲気だ。我々はついほっとして、「そっかあ!」とにっこにこでテオの肩を叩いてしまう。反省はしている。




