643 精霊の誕生
強い光に視界を焼かれ、大人たちはピギャアともだえ苦しんだ。
さながら光によるホワイトアウト。
まあ、少し経ったら普通に治りはしたのだが、人類の眼球をもうちょっといたわってくれもよかったと思う。天界はすぐに人の視界焼く。
前にもこんなことがあったような気がしたが、あれはだいぶん前だった気もしてるのでそんなにすぐでもなかったかも知れない。
また、この不可思議卵の孵化現場には寝ぼけながらもテオにしがみ付くことにより効率的に駆け付けたじゅげむもしっかりと参加していた。
メルヒオールのベッドによじのぼり、ベッドの持ち主である少年の隣に収まりわくわくと二人、誰よりそばで不可思議に輝く卵を観察していたのだ。
そらもう。目の当たりよ。
我々大人のホワイトアウトに焼き尽くされてどうにか回復してきた視界に、ベッドの上で顔を押さえてぬおおと転がる子供たちの姿がじわじわと映る。彼らは強烈な光を放った源の、卵をかぶり付きで見詰めていたので影響も特に大きかったようだ。天界は子供が相手でも容赦などないのだ。
あと、じゅげむと同じくテオにくっ付きやってきたフェネさんも、どことなくヨダレで口をだくだくにしながら卵を見詰めていたために天界の光が直撃。今はぎゅうぎゅうと自分の前足で、両目を押さえてベッドに倒れ伏していた。
朝から元気な日差しにやられ、なかなか目が開けられずふとんからも出られないいつもの私みたいだった。かわいそう。
まあ、それはいい。
ちょっとしたらみんな無事に復調した。よかった。
そうして改めて、目をしぱしぱさせた我々の、注目を集めるのはばきばきに割れた卵の殻をくっ付けた手の平に収まるほどの生物だった。
「とりさん!」
じゅげむは言った。
ぴかぴかの顔で。
だが最初、私はじゅげむがなにを見てそう言ったのか解らなかった。
だって、だってなんかこう……。
おっさんだ。
私の目に見えているのは。
砕けて割れた卵の殻に、まるで適温の湯舟にでもつかっているかのようにどっしりと。
まるで今日の仕事を終えた感じで座るのは、手のひらサイズのおっさんだった。
背中には不可思議な光沢を持った羽が生え、頭部を飾る輝く巻き毛は金色に輝く。もさもさと顔の半分を隠すヒゲまで金ぴかである。
色合いはまぶしく、どこまでも天使っぽさがある。しかし、その本体は生まれたてのおっさんだ。生まれたてのおっさんとは。
我々は戸惑う。
具体的には天界所属のレイニーや、卵を与えられたメルヒオール。それからなぜか、たもっちゃんや私などである。
思えば、期待しすぎていたのかも知れない。
いや、天界からやってきた、やたらとありがたい卵から不可思議な理屈によって生まれてくるのは精霊的なものだと聞いていた。
なので、しちゃうじゃないですか? 期待。
きらきらしい妖精的な、それか愛くるしい小動物みたいなビジュアルを。
言ってしまえば、ただの先入観である。
それに、きらきらしさだけで言うのなら生まれたてのおっさんもなかなかだ。羽と髪とヒゲの色とか。
おっさんに罪は多分ない。しかし私はどうしても、飲み込むことのできない複雑な感情を持て余していた。おっさん。どうして。
悲しみのような困惑で我々のテンションが地面にめり込んでいる中で、きらきらしいおっさんはおそるおそると言うように自分の羽をぱたぱたと動かし、やがて思い切った様子で飛び上がる。
そして、まるで本能で自分がそばにいるべき人物を知っているみたいに、メルヒオールの肩へちょこんと着地した。その、できた! みたいな充足感でいっぱいの顔。
おっさんでさえなければ……。
メタボでもないが痩せてもいない、ぬるっとした体形に天使っぽい白い布を巻き付けたおっさんでなければ、卵から生まれたばかりの生物としてほほ笑ましい行動だったかも知れない。
神はどうしておっさんに、こんな業を背負わせたのか。つらい。
よく考えたらおっさんが業を背負っているのではなくこの生物がおっさんと言う業を背負っているのかも知れないが、それはそれで理不尽な悲しみと言うような気もする。ごめん。おっさんにも人権を。
生まれたばかりの精霊的な存在は、肌身離さず卵をあたため自らをこの世に誕生させたメルヒオールにぴっとりとなついた。
じゅげむやテオはそんな姿に素直に感心していたが、これは、彼らの目にはこの生物が卵の殻と同様に不可思議に輝く小さな鳥に見えていたのが理由のようだ。
なにそれ。
神秘的に輝くような小鳥なら、私だってこんな疑問でいっぱいの複雑な気持ちにならずに済んだ。うらやましい。うっかり嫉妬になりそうなレベルのうらやましさしかない。
あれか、心が清くないと見えない小鳥だとでも言うのか。王様は本当は全裸のあれか。
そうなってくると我々と同様におっさんにしか見えてないレイニーの天使と言う肩書きがだいぶぺらっぺらに薄れてしまう感じがするが、レイニーはレイニーなのでもはや今さらの気持ちが強い。
心が汚れているほうの我々がそうしてざわついている中へ、のんびりと合流したのはメルヒオールの叔父であるジーグルトとその恋人たちである。
恋人たちは屋敷にお泊りしていたらしく、いちゃついていて出遅れたようだ。ジーグルトは心正しくありながら、なんかちょっとただれているのだ。
そしてこれは全然納得行かないことに、ジーグルトにも生まれたての精霊は小鳥の姿に見えていたようだ。
いや、まあ解る。腐ってもジーグルト。心正しいのは間違いがないので、その点で心清い者にだけ見える小鳥ロジックに破綻はなかった。
しかし我々の心情と言うか、いつの間にが甥が大事にあたためていた謎の卵が孵化したことを細かいことは置いといて「よかったね」とよろこんであげる優しい叔父に、にっこにこのご婦人たちが三人も密着してるのを見ていると心の清さってなんなんだろうなとちょっとだけ思わなくもないと言うだけで。嘘だ。結構強めに思ってしまう。
ただ、これも人徳と言うものなのか、ジーグルトのハーレム感はいまいち薄い。我々には理解できないだけで、当事者たちはみんな違ってみんな愛してる可能性もワンチャンありそう。
だとしたら、関係のない人間が外から批判するべきではないのかも知れない。なに一つとして解らんが。解らんからこそ世間にはそう言った愛の形態がないとも言い切れず、慎重に行きたい。
まあそれは完全にどうでもいいのだが、そもそも、冷静になってみれば卵からヒナじゃなく成体で生まれてきた小鳥が常識的な生物のはずがなかった。
が、あいにくと今、そこに突っ込める人間はいない。
心清い人々はありがたく輝く不可思議な小鳥にわあきれいと素直に感心していたし、心が清くないほうの我々は小さいおっさんの存在感に圧倒されるので忙しかった。まだあれ。全然なにも飲み込めていない。
またこれは蛇足になるが、敬愛する叔父からよかったねと曇りなく祝われた甥、メルヒオールにも精霊は小鳥ではなくおっさんに見えていたようだ。
特殊な宿命を背負うがゆえか大人びた振る舞いの多い少年にはめずらしく、顔面にストレートな感情を浮かべてめちゃくちゃ暗澹としていたことはなんとなくしっかり特筆しておきたい。
そんな感じでだらだらと、精霊の誕生を見届けたのでもういいような気はしつつ、メルたんたちこれからどうすんの? などと心配しながら滞在を長引かせた我々は。
しばらくして謎の地下遺跡にいた。
いや、正確に言うなら遺跡ではなかった。
でもなんかすごくそれっぽい。
足元には薄く水がたたえられ、そのあちらこちらから太い柱がにょきにょきと上に向かって伸びている。そしてそれらが支える天井は、弓なりのカーブを持ったいくつものドームがすき間なく並び、まるで信仰を失い荒れ果てた巨大な神殿のようだった。
わくわくする。主を失ったゴーレムとかが財宝を守って盗掘屋を襲いそう。
しかし、なぜ我々がそんな場所にいるのか。
その理由を考えてみると、多分また、ラオアンの街の副ギルド長が「困った」とマジでだいぶ困った感じでやってきたのが始まりだったような気がする。
我々が、と言うかテオや、形式上だけメガネが高ランク冒険者だと聞き付けて、魔獣狩りに助力が欲しいと頼みにきたのと同じくらいの真摯さで、冒険者ギルドからやってきた副ギルド長のおっさんは言った。
「ダンジョンが見付かった。調査探索に協力してもらえないだろうか」




