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神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~  作者: みくも
運の悪さと宿命の敵、なんかこうなりましたね編
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641 お仕事頑張る

 魔獣などから村人や家畜、財産を守るお仕事についても冒険者として経験してきたテオによると、いつ現れるか解らない猛獣相手の警戒は夜通しの仕事になるらしい。

「ほかの冒険者や兵士と一時的にチームを組んで、交代で当たる事になる。俺達は夜半からの担当だな」

 あたたかいシチューに木のスプーンを沈めてながらに当たり前みたいに、こともなげにテオは言う。

 いやでもね、大変ですよ。夜のお仕事は。

「たもっちゃん、大丈夫? 途中で眠たくなっちゃったりしない?」

「正直自信はあんまりないです」

 シチューを手早く仕込んだ鍋を信用の観点からテオに任せてコトコト煮込み、その間にドアのスキルで公爵塾からじゅげむを回収して戻ったメガネ。これが私の問いに答える姿は、なんかすごくキリッとしていた。

 なぜだろう。めちゃくちゃ凛々しい顔を作ってるのに、自信のなさが逆に如実に現れている。

 解るよ……いつも寝てる時間帯にムリして活動しようとすると、体力がどんどん削られて行くよな。解る。そしていい大人になってきてしまうと、あとから寝ても寝ても回復しないよね。悲しいね。泣いちゃう。

 主に体力の心配で急にしんみりし出した我々に、じゅげむがシチューにパンをひたす手を止めて、たもつおじさん元気出して。僕もお手伝いする? などと、おろおろ心配してくれた。優しい。

 これにはメガネもすっかり情緒をやられ、黒ぶちメガネのレンズの奥で「お仕事頑張るぅ……」と別の意味で泣いていた。


 そんな感じで、まあしょうがないのでやりますけどもとメガネはしぶしぶ、テオは肩にフェネさんを貼り付けて、慣れた様子で夜勤へと出掛けた。

 一方の、ホラーツ家で待機の我々はレイニー先生にじゅげむや金ちゃんを洗浄してもらって寝る準備をしたり、すきあらば金ちゃんに虫下しの薬や恐いくらい眠くなる草などをうまいこと飲ませて寝かし付け、男子たちの心配をしながらものすごくすやっと夜をすごし、朝にはアイテムボックスの備蓄から料理を放出。メルヒオールやジーグルトをまじえて朝食にしたりのお仕事をこなした。

 街やその近郊に被害を出したりこれから出すかも知れない魔獣についてはかなりやばいと目されていたが、数日の内に意外となんとかなりそうみたいな空気に変わった。

 様々な魔獣の集まりながらに群れめいて集団を形成していた魔獣らが、時間と共にばらばらに散らばり解散したからだ。方向性の違いかも知れない。

 そのため人を恐れずに人里近くにいつまでも残る、特に危険な魔獣以外は戦う必要がなくなったのだ。

 まあ、そうなったのはうっすらと、運悪くと言うべきかメガネやテオが担当していた村の辺りに魔獣の集団が現れて、我も妻にいいとこ見せる! と、むやみに張り切ったフェネさんが長く生き、自称ながらに神たる威容を発揮して魔獣の集団に突進し数は多いがそれぞれはよくいる感じの魔獣らをキャインキャインとあっちこっちに逃げ惑わせたのが原因である。みたいな話も聞いてるが。

 この件では兵士やギルドの戦力を割いた討伐計画にも影響がかなり出てしまい、テオは関係各位にだいぶ謝って回ったとのことだ。内助の功である。違うような気もする。

 ただ、私の素人感覚にすると、解散しても人や家畜を襲う魔獣が危ないことに変わりはないようにも思える。

 しかしプロに言わせると、人里を狩場と定めて出没するものでないのなら森深くまで追い掛けて殺すことはしないものらしい。住み分けなのか、リスクとコストが釣り合わないとの判断だろうか。

 自称神をも恐れず残った魔獣を警戒するお仕事の合間、休憩がてらドアのスキルでちょくちょく戻る男子らや、金ちゃんのため追加の薬を持参して小まめに様子を見にきてくれるラオアンの街の薬屋などからそんな話を仕入れつつ、三日四日経った頃のことである。

 ホラーツ家の屋敷に、来客があった。

 客は、心配に顔を曇らせた、しかし小綺麗に身なりを整えた女性だ。なにやら、あなたには一番綺麗な私だけを見せたいのと言ったおもむきである。

 その人は、薬を摂取し始めてから三日ほど掛けてなにがとは言わないがものすごい排泄をくり返し、むきむきと回復してきた金ちゃんに反射的に吐き出す薬をどうにか飲ませんとここのところおしみなく食べさせていたものすごくおいしいものをもっと出せと追い掛け回されていた私が、ちょうど近くにいたと言うだけの理由で家人でもないのに訪いのノックに答えて玄関を開くと、表情に明確なおどろきを浮かべた。

 けれどもすぐに、なぜだかほっと空気を緩ませる。

 あとこれは、その来客には関係のない完全に蛇足の話だが、ものすごい排泄と言う宿命に襲われていた金ちゃんが急に背筋をピンとしてそわそわと安全かつ穴の掘れる土のある場所へ行こうとするたびに、おい出番だぞとアイテムボックスのチャット形式で呼び出され「この係はどうしても俺なの……?」と精神的ななにかをゴリゴリ消耗しつつ毎回毎回付き添ったのはメガネだ。

 だって、我々女の子だから……。金ちゃんの金ちゃんをなんとなく守るふんどし的な布切れのヒモを結んだり解いたりする係は、たもっちゃんの仕事だから……。

 今はそうして、金ちゃん本人はもちろんのことメガネ的にも試練の時間を耐え抜いて、金ちゃんの寄生虫問題や悪魔に使役されていたのに急に無所属になってしまった魔獣の集団についてもどうにか一区切り付いてきた頃でもあった。

 そこへ連れ立ってやってきたのが、ジーグルト・ホラーツが悪辣な兄や義姉から遠ざけるため自ら手放した恋人「たち」だ。

「ご当主や奥方様がやっと捕まったと聞いて、本当はすぐにきたかったのよ」

「でも、もしもジーグルト様のお心が変わっていたらと思ったら恐くて」

「勇気を出すのが遅くなってごめんなさい。愛しい人、困ったりはしていない?」

 泣く泣く離れた恋人との再会に、彼女らは口々に心配や不安を言いつのる。

 その中心にいるのはもちろん、彼女たちの恋人であるジーグルト・ホラーツだった。

「困るなんてとんでもないよ。よく顔を見せて。わたしだって、ずっと会いたかったのだから」

 ジーグルトは応接間の長いソファの真ん中に腰掛け、三人のご婦人たちはそこへぎゅうぎゅう抱き付くように密着して座る。

 同じ男に思いをよせる女性が三人も集まっていたら誰かはじき出されそうなものだが、彼女らは不思議と競い合う様子でもなかった。

 私は、ジーグルトがよくないほうのホラーツ家が捕まった辺りに始まって今日までのことを群がる恋人たちに話して聞かせる現場から、そろりそろりと距離を取り応接間の壁際でなんとなく感慨深げな顔をしているメルヒオール少年に近付く。

「メルたん、あれさあ……」

「うん、おじ様の恋人たちだ」

 なぜだろう。どうしても心が引き気味の私の問いに、食い気味に答える少年の顔面がなんかやたらとキリッとしてる気がする。

「三人……いますけど……」

 メルヒオール少年は、まだ全然目の前の光景が飲み込めず見たまんまの質問を重ねてしまう私に、竜胆色の淡い瞳をあきれたみたいにちらりと向けた。

「おじ様だぞ。あの真っ直ぐで思い遣り深い愛情を知ったら、誰だって愛さずにいられるものか」

 だから、むしろ恋人が三人だけなのはまだ少ないくらいで誠実なのだ。

 少し前の我々に、心優しく正しい叔父にはホラーツ家から遠ざけようと別れた大事な恋人があり、どうにかしてこれをくっ付けてその子供らをこの手に抱きたいと甥が叔父にいだくにしては特殊な夢を語っていた少年は、さすが叔父様みたいな感じでそう言ってなぜだか誇らしげな雰囲気を出す。

 この世で最も敬愛する叔父とその恋人たちのいちゃつきを、満足そうに眺める甥に私はただただうなずいた。

「そっかあ……」

 いや、なんも解んねえけども。


 それから私やレイニーは、再会した恋人の口から最近のことを聞かされたジーグルト・ホラーツの恋人たちからストレートな感謝でいっぱいに囲まれ、「やっぱり! ジーグルト様のお世話をしてくれていたんでしょう?」「よかった! ジーグルト様とメルヒオール様がご不自由にされていたらどうしようかと思っていたの!」などとぎゅうぎゅうに迫られてしまった。なんかいいにおいした。

 そうか、最初に玄関で会った時、我々を見て彼女らがなぜかほっとしてたのはこれか。

 しかし私がやったのはアイテムボックスから備蓄の料理を放出したり、体にいいお茶を小まめに押し付けたくらいのものだ。

 そこで実際に料理を作ったうちのメガネや常識と敬意を忘れないテオが、ちょうど冒険者ギルドの要請で魔獣の群れを警戒したり討伐したりのお仕事に区切りが付いてホラーツ家のお屋敷で休養していたのを急襲し、別に最初から眠っていないのに叩き起こす勢いで急いで呼んで巻き込んでおいた。

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