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神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~  作者: みくも
運の悪さと宿命の敵、なんかこうなりましたね編
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640 討伐隊

 街の近くに大量の魔獣。

 我々はサブカル的な意味合いでやたらとなじみを持ってしまうが実際起こるとマジやばいスタンピードの疑いもあり、冒険者ギルドとしては討伐隊を組むなどの対応を迫られているらしい。

 だが。

「アテにできる冒険者がいない。これはギルドの力不足でもあるが……この街にはランクの高い者ほど居付かない。冒険者に回されるのは雑用ばかりで、魔獣討伐や森の整備はホラーツ家が兵士に割り振ってしまう――いや、批判したい訳ではないですが」

 副ギルド長のおっさんが苦々しげな言葉の最後にハッとして、うっすらフォローを入れたのは応接間に場所を移しておっさんの話に耳を傾ける中に、ホラーツ家の悪くないほうの二人がいるからだろう。

 折り入って相談したいと言ってきた副ギルド長と話すため、ホラーツ家の屋敷の一室を借りている。そしたらなんか、朝イチで訪ねてきたおっさんのただならぬ様子に心配してか「なにか力になれることがあれば」とジーグルトも百の善意で同席してくれているのだ。

 メルヒオールは叔父様のなさることに間違いはないので、さあありがたがれと付き添いである。

 よくないほうのホラーツ家はすでに捕らえられていて、残されたこの二人には恐らく罪はない。叔父に対する甥からの愛が、ちょっと強火すぎるだけ。

 ただその焦げ付いた愛と関係なしに、副ギルド長のおっさんはひたすら居心地悪そうだった。

 ――が、私はそれよりも、この街に入るため防壁の門で提示した我々のギルド証の情報でテオとメガネのランクを知って力を借りにきたと言う副ギルド長の話の途中、森に魔獣がなんかやたらといるって辺りで叔父の隣に腰掛けたメルヒオール少年が「あっ……」と小さく、声を上げたのがものすごく気になってしまった。

 完全に、なんか心当たり的なものを思い出した時の「やべえ」みたいな顔なのよ。

 まあそれで、大人たちの話のほうはとにかく冒険者ギルドへ行って、この地では主要な戦力となる街の兵士と対策や作戦について話し合おうと言う方針でまとまったようだ。

 俺、やればできる子だからみたいな顔でキリッとしたメガネと、責任感の鬼であるテオ。それから某メガネのギルド証に記された特殊な注意書きについて、Bランクなのにただし集団作戦はD? とは? と当然の疑問に不安をうまく隠せないいかつい副ギルド長の三人が急いでホラーツ家の屋敷を出て行った。

 魔獣にも色々種類はいるのだが、今日になって街の外で畜産を営む農家さんから家畜が被害を受けたとの訴えもあり、一刻も早く対抗できる体制を作っておきたいらしい。

 フェネさんももちろんテオにくっ付きそちらへ行って、残されたのは我々、存在自体が虚無に近いレイニーに草で無力化されている金ちゃん。そして元から無力でしかない私だ。

 この街の冒険者ギルドで二番目にえらいおっさんを一緒に連れてきた薬屋は、立て込んでいるようだし、この様子ではこちらも外傷薬などを準備しておいたほうがいいかも知れんと先に帰っている。ギルドからの要請でこちらも、オブラートの話どころではないと気を回してくれたのだろう。

 それはつまり、魔獣の集団はマジでやばいと言うことでもある。

 私は、突然現れたと言われる魔獣のことになんらかの心当たりのありそうな少年を問い詰めるべく、じわじわと体調のよくなってきたジーグルトにちょっとお願いしますと金ちゃんと金ちゃんの機嫌を取るためのおやつを押し付けるようにして預かってもらい、おい話あっからこっちこいよとクイックイッとしたジェスチャーでメルヒオールを応接間の外へと連れ出した。

 そして霧のように細かい雨が降っている玄関先のひさしの下で、こそこそと問う。

「で? で? 魔獣て? 森の? 魔獣て? なんかあんの?」

 私と、私に一応付いてきただけのレイニーに、よってたかってじっくり見られて大人に比べるとまだいくらか背の低い子供は、少しもじもじするように桑色の頭をわずかに伏せる。

 そしてきんちゃくの口の部分に通したヒモで首に吊るした小さめの袋の、中に入った卵の丸みを確かめるみたいに両手でそわそわなでながら答えた。

「うん……失念していたが……母と契約していた、あれ、がな……使い魔として操っていた魔獣の軍団を、近くの森に隠していてな……」

 メルヒオールは小さな声で悪魔のことを「あれ」と呼び、諜報に便利な小さなものから人間をがぶりと消せる大きなものまで多種多様に取りそろえていたとぼそぼそと明かした。

 そして、それらが主を失った今、好き勝手に暴れているのではないかとも語る。

 少年の予測を含んだ説ではあるが、もうほぼ間違いなくそれやんけ。

 私の口から思わず「ええ……」とドン引きすぎる声が出る。

「使い魔を現地解散にしちゃったの……?」

 かわいそうじゃない……? 元々その魔獣が住んでた所とか、アクセスのいい大きい駅とかまで送ってあげて欲しくない?

 ついそんな、ツアー客の送迎みたいな変な所感がぼろぼろとこぼれた。

「リコさん、恐らくですが解散予定ではなかったので……」

 魔獣をあやつる悪魔の魔法が切れたのは、悪魔を金ぴかの玉にして天界に回収したためで、あちらにも不測の事態だったはず。レイニーはそう言い、なぜだか事情を汲んでフォローを入れた。せやな。

 とりあえず、今聞いたばかりの街の周りに魔獣がいっぱいいる原因らしき大体のことを、共有しているアイテムボックスの新着通知を利用してメガネにチャット形式で知らせる。

 返信は「そっかぁ」と簡素でありながら、やっべ。みたいな波動を感じるものだった。

 メルヒオールの様子から隠された真実へとたどり着いたものの、だからと言ってなにかが大丈夫になったりは特にせず、むしろ我々が遠因やんけと言うことがうっすら判明しただけだった。

 名探偵、悲しい。などと言いながら、しょぼしょぼと小雨振る玄関先からお屋敷の中へ戻ると、そこには金ちゃんが秒で吐きだした味的にやべえ薬を全身に浴びたジーグルト・ホラーツの姿があった。

 我々がちょっと外で話している間に、寝ぼけながらにゴルゴルとぐずる金ちゃんの機嫌を取ろうと私から預かっていたおやつを与え、そのおやつに運悪く薬を仕込んだホットサンドがまざっていたようだ。

 あまりにも私のミステイク。

「おっ、おじ様ぁっ!」

 昨日出会ってから一番の、メルヒオールの悲鳴が響く。


 いや本当に申し訳ない。

 マジごめん。

 これはもう言い訳の余地もないと私は素直に、そして心底深々と頭を下げたし、レイニーもさすがに同情いっぱいに洗浄魔法を気持ちやんわり掛けるなどしてくれた。

 だがそこは、心正しきジーグルト・ホラーツ。

 預かったおやつを食べたさせた瞬間、ものすごい勢いで吐き出したトロールの顔が完全にびっくりしていた。かわいそうなことをしてしまった。でもトロールがこんなに、まるで人間みたいに表情豊かだとは知らなかった。ちょっと親しみを持ってしまう。

 笑顔を浮かべさえしておっとり言って、主に私の不手際を許した。

 守りたい、この大らかさ。

 ――と、言うような今日のできごとを、日暮れ頃になりホラーツ家のお屋敷へと戻ったメガネやテオに聞いてもらうと、「えぇ……何やってんの……?」とものすごく引いた感じのリアクションだった。

 だからおいしいやつとおいしいやつに薬を仕込んだやつはちゃんと分けとけとあれほど、と私の管理能力について恐れていた通りのことが起こったみたいなディスをくり広げるメガネに対し、テオは真っ白なフェネさんの毛皮をぐにぐにもんで精神の均衡を保ちつつやんわりとしたコメントをひねり出す。

「許してもらえて良かったな……」

「それはもう、ホントそれ」

 ジーグルトの人間性により、我々はかろうじて存在を許されているのだ。今ちょっと反省がすごいのでだいぶ大げさに言ってますけども。

 こうして、副ギルド長の要請で急ぎ冒険者ギルドへと向かった男子らは外が暗くなると普通にやれやれと帰ってきたので今日のお仕事は終わりなのかなと思ったら、違った。

 今は休憩の時間を利用して、じゅげむの塾のお迎えや食事のために一時的に戻ってきているだけなのだそうだ。

「何かぁ、やっぱここ冒険者マジで少なくてぇ。いや、いるにはいるんだけどリコみたいにあんま冒険しないタイプの冒険者ばっかでぇ、戦力になる数とか連携とか考えると魔獣討伐はラオアンの兵隊さん主体になるみたい」

 だから冒険者の自分らは街の外に点在している小さな村や、家畜をかかえる農家さんの警備に回されることになるっぽい。

 たもっちゃんはそう言って、大きな鍋にシチュー的なものを仕込みつつ今日の作戦会議の様子などをだらだらと語った。

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