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64 奴隷の首輪

「その呼びかたはやめよう」

 反射的にそう答え、思い出す。

「あ、解った。魚の村で仲間の男ぐるぐる巻きにして監禁してた人じゃん」

「まあ……そうだよ。ターニャだ。覚えててくれたようで何よりだよ」

 覚えかたに少々不満はあったようだが、彼女は別にいいさと言うように素肌の肩をすくめて見せた。

「借りは返すと言った切り、そのままになっただろ? ずっと気になってたんだ。よかったよ、また会えて」

「いやー、気にすることないんじゃないですかね」

 あれはなんかさ、違うじゃん。借りとかと。

 ターニャとその仲間たちはやっと恩が返せるみたいにほっとした空気を出したりしてるが、そもそも恩など存在しない。

 役に立つアドバイスなどなかった。ゾイレエンジのなんでも溶かす湖で、高く売れる巨大魚を釣ったのは彼女たちの執念である。

 そもそも、ターニャが私に頭を下げるほど追い詰められたのはパーティの貯蓄がかなり溶けていたからだ。

 溶かしたのは釣りにはまった仲間の一人。彼は割高なレンタル釣り具に、連日それなりの金額をつぎ込んでいた。

 ターニャたちがそんな経済危機を乗り切れたのは、パーティ内の廃課金を力尽くで止める決心をしたからだ。私は、その覚悟のきっかけにすぎない。

 まあ、力尽くって言うか、監禁だけど。

 とりあえず、びっくりはしたよね。村の食堂で朝っぱらから、イスにしばり付けられてる奴を見た時は。

 そう思った辺りで、なんとなく気付く。

「なんか、人数少なくない?」

「ああ、二人抜けてね。今は三人なんだ」

「それって……まさか」

 嫌な予感が十割を占める私の前で、ターニャは蜜柑色の目をどこか遠い所に向ける。

「アイツらは、釣りを極めたいそうだ」

 貯蓄を溶かした男が抜けて、それを放って置けないと仲間の女子が一緒に行った。なんかいい雰囲気出したりもしてたから、勝手にすればいいんじゃねえか。リア充滅ぶべし。

 そんな話の合間合間に短めの剣をベルトに刺した若い男と、軽装備の魔法使いっぽい女の子を仲間だと言って紹介された。

 ターニャはターニャで見るからに攻撃力の高そうなグローブを着けていて、自らのこぶしでなにもかもを破壊するタイプのなにかなのかも知れない。

 大森林が初めてなら、多少は役に立てるだろう。ターニャと二人の仲間たちは、さあ借りを返させろとばかりに張り切った。

「それで、アンタ達は? これからすぐに大森林に入るのかい?」

「さあ、どうだろ。すぐには入れないかも」

 クマどうにかしないとな、クマ。

 そう思いながらメガネを見ると、奴はまだ鍛錬場の地面に座ったままだ。両手で鉄の輪っかをぐりぐりいじり、「うん、まだ」と完全なる生返事を返す。

 それに、ぶうぶう文句を言うのは獣族の冒険者たちだった。

「なんだ、まだ入んねェのか」

「早く入れよ。んでパン売れよ、パン」

「いや、とりあえずパン出せや。魔石でいいだろ」

 毛皮に包まれた大きな手に魔石をにぎりしめ、おっさんたちがパンパンパンパン言いながらうちのメガネを肩パンしている。いや、嘘。してない。魔石を受け取れとぐいぐい押しているだけだ。

 余程、ヤジスフライをはさんだパンが気になるらしい。

 彼らは講習が終わってもその場を動かず、たもっちゃんを取り囲んでいた。あぐらをかいたり、ヤンキー座りで。

 たもっちゃんはおっさんたちの訴えに、あーうーえー? などと言い、訳の解らないうめき声を上げる。相変わらずの生返事だった。

 だが、途中でなにかを思い付いたようだ。顔を上げ、メガネの奥の両目を瞬く。

「魔石? あ、魔石か。いいよ」

「いいのかよ」

 いいならいいけど、勇者が泣くぞ。食事代の支払いに魔石でどうだつったの断ったせいで、あいつら特殊金属の農機具吐き出すことになったんだからな。あれほんと助かる。

 たもっちゃんは鉄の輪っかを指先で叩き、カツカツ音をさせながら示した。

「これの動力にさー、魔石使いたいんだよね」

「ずっとなんかいじってると思えば……」

 おっぱい美女による講習の間、うちのメガネは内職にいそしんでいたようだ。

「奴隷の首輪? 行動制限の魔道具か?」

 まさか、作ったのか。そんなふうにおどろいて、テオがメガネの手元を覗き込む。

 奴隷の首輪と言われるものには、二つの種類があるらしい。

 ただの不格好な鉄の首輪と、行動制限魔法陣が刻まれた魔道具の首輪だ。

 たもっちゃんはただの首輪をこねくりまわし、魔道具に改造したようだ。形はそんなに変わらなかったが、輪っかをはめ合わすつなぎめに魔石を埋め込むくぼみが見える。

「実物あるからさ、理屈が解ればコピーはできるよ。付ける制限変えるのに手間取ったけど」

「いや、それにしても……魔道具は錬金術師の……滅茶苦茶だな、お前達は」

 テオがおどろき、戸惑いをへて、なんか変な納得をしていた。

 これ、あれだな。多分、魔道具作るのは錬金術師の専売特許的なパターンのやつだな。勝手にパクって大丈夫か、メガネ。個人で楽しむ範囲のやつか。

 できたばかりの改造首輪を、たもっちゃんはおもむろにクマの首に取り付けた。クマって言うかリンデンに。

「お?」

 代わりに鉄の首輪を外されて、リンデンは丸っこい頭を不思議そうに傾ける。

 獣族の奴隷も力は強い。だがトロールとは違い、行動制限が付いた魔道具を装着するのは義務ではなかった。

 首輪に限ったことではないが、魔道具は高価だ。

 トロールが今している魔道具の首輪は、一日銅貨十枚でレンタルしている状態だった。買うと金貨五枚だそうで、奴隷よりも高い。

 リンデンに着けた首輪はレンタルの物を参考にうちのメガネがコピーしたので、コスト的には鉄の首輪くらいだそうだ。レンタル料金もなかなか地味にキツイので。トロール用に取り急ぎもう一つ作って欲しい。

 この首輪を魔道具として使うには、動力に魔石がいくつも必要だと言う。

 その言葉通りに、たもっちゃんはリンデンの首輪に魔石をぎゅうぎゅう押し付けた。

 押し付けるのは首輪のくぼみ。すると魔石は自ら光を持ちながらに溶け、石の魔力が首輪に刻まれた魔法術式に広がって行くのが見て取れた。

 どうやらこれで、行動制限の魔法陣が起動したようだ。だが、効果を維持するには魔石がもっと必要らしい。

 ヤジスフライをはさんだパンと交換に獣族の冒険者たちから魔石を受け取り、受け取った魔石は私の手からメガネに渡る。メガネはそのいくつもの魔石を、そのまま首輪に押し付けて溶かした。

 もっふもっふと満足そうに口を動かす冒険者たちに見守られ、お代わりを要求されるなどしながらそれを何度もくり返す。

 そうして魔石を何個も溶かしながらに、たもっちゃんはリンデンに告げた。

「これね、行動制限にギャンブル禁止付いてるから」

 もう好きにさせねえからな。

 多分だけど、めずらしくそんな強い意思を感じる。

 クマの顔はよく解らなかったが、その瞬間、リンデンからスンと感情が抜け落ちた気がした。

「行動制限を破るとどうなる?」

「すっごい臭いにおいが出ますね」

 たもっちゃんの返事に、おや、と形のいい眉を上げたのはさっきまで木箱の上で講習していたおっぱい美女だ。

 講習が終わって鍛錬場には我々やターニャとその仲間、パンに釣られた冒険者くらいしか残ってない。

 と思ったら、そうじゃなかった。

 ビキニアーマーに守られたおっぱいの下で腕組みする美女と、その横で台にしていた木箱をかかえておろおろしている部下っぽい若い男が割と近い位置にいる。

 首輪から与えられる罰について、たずねたのはビキニアーマーの美女だった。彼女の質問で明かされた罰の内容に、居合わせた獣族たちがマジかとざわつく。

 普通の罰だと息ができるかできないかのギリギリ加減で首輪がしまるとかだそうで、それに比べるとかなりぬるい。ぬるいが、嫌だ。

 やはり獣族は嗅覚も優れているらしく、においはしみじみときついらしい。

 人でなしめ。性格が悪いぞ。そんなそしりを、たもっちゃんは受けた。

「ベーア族とトロールの奴隷を買った変わった奴らがいると報告はあったが、本当に変わっている。その魔道具も料理も、売れるだろう。だが、目立つと商人ギルドが黙ってないぞ。気を付けなさい」

 老婆心的なものを出し、おっぱい美女は親切に忠告してくれた。

 おっぱいしか見てなくてよく聞いてなかったが、ありがたい話だ。

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