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神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~  作者: みくも
運の悪さと宿命の敵、どうしてこうなってしまうのか編
635/800

635 不遇な子供

※ BL展開はありませんが、BLを嗜む者の業の深さであふれた回となります。ご容赦ください。

 ホラーツ家の不正を暴く時がきたのだと、張り切って屋敷に乗り込んできたはずの街の兵士は、しかしすでにもういない。

 その時はまだかわいこぶっていたメルヒオールに言いくるめられ、よくないほうのホラーツ家を構成するメンバー、――当主と先代の後妻が悪いんやんけと憤り、すでに捕えたそちらを詰めるため全力を尽くしに帰ったからだ。

 我々はずっと応接間にいたのでついでに使用人までが逃げ出しているとは知らずにいたが、その見切りの早さ。要領がいい。よほど後ろ暗い身に覚えがあると見た。

 しかし街をよく知る住民たちの推理によると、防壁を持つこの街の限られた出入口の門は現在、しっかり憲兵が固めている。人知れず逃げ出すのは難しいだろうとのことだ。

 そうして、街の代官でありながらすっかり閑散としたホラーツ家の様子は、もはや打ち壊しのような出で立ちで押し掛けてきた住民たちを困惑させた。

 お陰で、と言っていいのかどうか。わーわー言いながらなだれ込んできた集団はしかし、今やすっかり毒気が抜かれた。

「悪い奴らっつってもよ……仕えてた家をあっさり見捨てすぎじゃねえか……?」

「かわいそう……」

「今日の夕餉はどうするんだい? 料理、できないよねぇ」

 大人たちは武器っぽくたずさえた謎の角材などをささっと隠し、なんだか同情的に言い合った。最後にはホラーツ家の少年を心配する声まで出たほどだ。

 メルヒオールは、これに乗った。

 またもきゅるるんとかわいい感じの空気を出して、全力で大人たちの良心に甘える。

「僕はいいんだ。でも、おじ様が……上のおじと母に盛られた毒で、すっかり体を壊されて……。僕に優しさや、正しさを与えてくださったのはおじ様だけなのに……」

 そうしてめそめそ訴えるのは叔父の心配ばっかりだ。このことが、私を除く一般人どもには叔父さん思いのいい子だととらえられたらしい。

 住民団の集団の中からご婦人たちがずいずいと出てきて、憐れげな子供の涙を腰に巻いた前掛けでぬぐう。

「あぁ、こんな子供になんの罪があるって言うの?」

「家のことができる奴、何人か探してきてやれないか?」

「そうだ! 前にお屋敷に勤めてて、奥方ともめてクビになった娘がいただろう? 先代からの執事だったのに、今のご当主になって金遣いが荒いってんで文句言って放り出されたじいさんも。とりあえず、あいつら呼び戻しちゃどうだい?」

 なんか知らんがこんな感じで少年は、運悪く悪い家に生まれ付いてしまっただけの、そして身内にも非道な大人たちに囲まれた不遇な子供として受け入れられた。そしてまた、彼が唯一の味方として慕う叔父、ジーグルトも好意を持って。

 この点でも彼はうまくやったと思う。

 でもメルヒオール、ちやほやしてくれる街の人たちには見えない角度で「計算通り」みたいな悪い顔するのはやめよう。出ちゃってんのよ内心が。

 一方、このメルヒオールの完璧な計算による言動は、思春期の頃から自主的に特殊な訓練を受けて育った私にはまた別の、偏りすぎた見解を持たせた。

「大人のほうに天地がひっくり返ってもその気がなくてただただ身内としての愛情をおしみなく与えるだけのポジションなのを前提として、血のつながった叔父に並々ならぬ愛を秘めつつそばにいられるだけでこの世の幸福全てを享受しているかのように満たされるショタ……なるほどね……。よろしい、続けたまえ」

 思わず、深い割にどうでもいい考察に裏付けされたり全然されてなかったりする賛同が私の口から小さな声で、しかしはきはきとあふれ出る。

「リコ、性癖もうちょっと隠して」

 たもっちゃんはひどく悲しい顔で首を振り、「配慮よ、配慮。生身の人間には心と人権ってもんがあんのよ」と、貴様にだけは言われたくないがそれはマジでそうとしか言えないはちゃめちゃな正論で冷水を浴びせ掛けてきた。

 それはマジでそう。百の感じで私の業だけが深い。

 救いは室内の人口密度が急に増え、メルヒオールを取り囲みあれやこれやと騒がしく世話を焼く地元民たちに場所を譲る格好で、我々が壁際に下がっていたことだろう。

 少し距離があったお陰で私のはきはきとした呟きはメガネとレイニーくらいにしか届かず、じゅげむはメルヒオールを元気出してとはげまして、テオもどうにかして一口かじりたいフェネさんを取り押さえるのに忙しい。

 金ちゃんはなんかうるせえなと不満げながら、まだ全然起きようとはしない本気寝の構え。冬の朝の私みたいだ。

 危機一髪だった。この布陣でなければ私の人間性が終わってしまうところだ。危ないところだった。恐怖。

 この恐ろしさと反省を忘れず、推しにはなんの影響も与えずただただ見守るだけのプロを極めたモブとして、虚無の存在であり続けたい。

 よく考えたら私の人間性はもうすでに終わったあとで、今はそれがバレなくて済んだだけだった気もする。


 我々には、なんだかんだ余裕があった。

 例えばちょうど、なんかうっかり推せる気配を察知してしまうくらいには。

 しかし悪魔関連の事案としては、これは余裕をかましすぎである。

 忘れてはいけない。悪魔にいいように使われた、魔族のツィリルが公爵家をボコボコにしたあの夏の夜を。ボコボコにしたのは応戦したレイニーのせいもある。

 ではこの今の我々の、うっかりのんびりしてしまうゆるい空気はどこからきたか。

 様々な要素が複合的に組わさってはいるものの、一番大きいのはメルヒオールだ。

 この少年は悪魔と契約した母を介してほんのわずか、悪魔の素養を受け継いでいる。それを思えば、余裕など持つべきではなかった。

 同時に、悪魔と見れば宿敵とばかりにゴリゴリの攻撃を躊躇しないレイニーですらいまだ判断を付けられずいるように、かの少年の存在は「ほぼほぼ人間、でもちょっとだけ悪魔の素養あり」と言った、白とも黒とも断定し切れぬ微妙な位置にある。

 ……それはもうなんか、人間ちゃう?

 なぜならほぼほぼ人間なのだから。

 そんな思いがうっすらと、それでいて純然たる事実のように我々の心を染めて行く。

 加えて、メルヒオールは唯一の味方である叔父に全力でなつきすぎていた。

 このことに私は、多分やけどもなんかこれ、行けるんとちゃうやろか。みたいな確信を深めてしまう。

 いや、違うの。これは別に業が深いほうの意味じゃなくて、あれよ。悪魔と人間と天界などの、折り合いについての話をしてますよ私は。違うから。やめて。

 メルヒオールの敬愛する叔父であり悪くないほうのホラーツ家であるジーグルトは、その正しさからよくないほうのホラーツ家の二人、先代の後妻と今の代官に疎まれて命まで狙われていたと聞く。

 だからその叔父を心底慕うメルヒオールもなんかこう、叔父さんが悲しむことはしないのではないかみたいな可能性が高そうな気がする。私は詳しいんだ。いや、嘘。詳しくない。商業的な専門書籍がなぜか部屋にどんどん増えて自然と造詣が深くなったりしてない。

 とにかくそうして虚無を心掛けながらほっこりと見守る姿勢でいたのだが、ただ我々は、やはり我々と言うか。あまりにも考えが浅かった。

 メルヒオールはこれまでも叔父を守ろうとしてきたが、その相手は悪魔と契約した母や、それとつながり実兄からホラーツ家当主の地位だけでなく命も奪った上の叔父だ。

 私欲のためにすでに手を汚している二人に取って、あと一人消すくらいなんでもないことだっただろう。

 メルヒオールはそれを止めた。守り切った。

 簡単ではなかった。

 子供には。子供でなくても。

 あちらには人間などたやすく、羽虫のように叩き潰せる悪魔がいるのだ。

「僕にも多少は力が使えると言っても、大したことはできない。人に語り掛け、いくらか思い通りに動かすほどのこと。それも、本人が思いもしてないことを強制はできない。おじ様を守るには……たりなかった。毒にさらしてしまった。おじ様は今も、そのために体調を崩されている。上のおじと母の悪事を噂の形で街に流し、おじ様になにかあればやつらが犯人だと印象づけて牽制したが……もっと早くそうすべきだったんだ」

 ぐっと唇をきつく噛み、メルヒオールはくやしげに竜胆色の瞳をテーブルに落とした。

 我々は、なんか急にぶっちゃけてきたなと思いながらにホラーツ家の厨房で、たもっちゃんが指示したり指示されたり、イモ的なものをふかしたり、ふかしたイモを渡されてあっつあつの状態で皮をむいて完膚なきまでに潰せと言われてひんひん泣きながら作業する手をわずかに止めて、その少年を見た。

「いや使えるんかい」

 多少っちゅうでも、悪魔的な力。やっぱあるんかい。

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