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63 大森林探索の心得

 大森林の間際の町には、結構大きな冒険者ギルドが建っていた。

 町を構成するほとんどの建物同様に、雨風がしのげればいいとばかりに愛想のない外観ではあるが。

 ノラたちを送り出し、少しして。

 我々はその冒険者ギルドの中にいた。

 と言っても、窓口や宿とは別棟になった屋根付きの鍛錬場みたいな場所である。

 周囲は冒険者たちでいっぱいだったが、これからバトルロイヤルが始まったりする訳では別にない。

 その証拠に、土を踏み固めただけの鍛錬場にべたりと座る冒険者の顔はどれもこれもだるそうだ。月曜日の朝、体育館で校長先生の長い話を聞く時のヤンキーに似ている。

 これから始まるのは、大森林の間際の町の冒険者ギルドによる大森林探索の心得、と題された講習会だ。その題を聞いて、私の全身からもやる気が九割ほど消えた。

 鎖の先のトロールよりもだらけ切った私に向かって、たもっちゃんが注意する。

「リコ、これ受けないと大森林入れないから。必修だから」

 そうか、必修か。だから、ヤンキーもおとなしく講習を受けているんだな。納得した。

 大森林探索講習は大森林に入る前には必ず受けなくてはならず、受けないと大森林にも入れない。講習は年に一度でいいが、前回から一年が経つと受け直す必要があるそうだ。

 今回講習を受けるのは、たもっちゃんとテオ、レイニーに私。それから、トロールとリンデンである。

 最後の二人は講習の間どっかに預けることもできず、仕方なく連れてきただけだ。受けても意味はないような気がする。

 特に、リンデン。こいつは実家に帰すはずだった。ノラたちと別れてすぐにどうにかするのかな、と思ったらそうでもなくていまだに一緒だ。

「たもっちゃん、あいつどうすんの?」

「まぁ、それはおいおいね」

 小さな声で私が問うと、同じように声をひそめてメガネが答える。そして、真っ昼間からクマが消えたらなんか多分騒ぎになるだろ。とも言った。

 とりあえず、今は時期を待つようだ。

 て言うか、消すのかよ。消すってなんなの。もっと言葉選んで、メガネ。

 講習会場の鍛錬場には、ざわざわと色んな冒険者がいた。それには人族だけでなく、少なくない獣族たちも含まれる。

「ギルドって、別に獣族入れないとかじゃないんだねえ」

「ん? あぁ、普通は見掛けないよね」

 知らんかったの響きを含めて私が言うと、たもっちゃんは視線を手元にやったまま適当にうなずく。

 そうなんだよ。見掛けないんだよ。

 なのに、普通にトロールやリンデンを連れて入れた。別に人族以外立ち入り禁止と言う訳ではなかったようだ。参加費はしっかり取られたが。

 ムリもねえ、と言ったのは獣族であり冒険者でもあったらしいリンデンだ。彼はヤジスフライをはさんだパンにもっふもっふとかじり付き、能天気に語る。

「冒険者はなァ、気ィ短いヤツが多いかんな! 獣族ってだけで嫌な顔するヤツもいんだよ。そんでモメんのもしょっちゅうで、めんどくせーから獣族はあんま近付かねェんだ!」

「わざわざ窓口分けてるギルドもあるしよ」

「人族とごちゃまぜにすんのはここくれェだ」

 ギルド職員に文句を言っても、お嫌なら帰っていただいて結構ですと返される。しかし、講習を受けないと大森林には入れない。

 わざわざこんな辺境の町にくる冒険者は、みんな大森林が目的だ。入れないのは当然困る。結果、文句を言いながらもおとなしく座って講習を受けることになるらしい。

 なるほどなー、と感心半分に納得してると、近くにいたおっさんがトロールとクマが食べてるパンをさして問う。

「よォ、それよりよ。この食いもんはどこで売ってる?」

 横からひょいひょい会話に加わり、色々教えてくれた獣族たちの中の一人だ。なんかえらく親切だと思えば、食欲に突き動かされてのことだったらしい。

 我々がいるのは鍛錬場の端っこだ。小柄な参加者のジャマにならないようにだろうか。端のほうには体の大きな冒険者たちが多かった。つまり獣族のおっさんなどが。

 私たちがその中で座るともふもふのおっさんにうもれてしまうが、トロールやクマが連れにいるため一緒にされてしまったようだ。

「うちのメガネが作ったから、売ってないと思うよ」

「なんでだよ、売れよ。売れるだろ」

 ヤジスフライをはさんだパンを見ながらに、興味津々に耳をぴこぴこさせてるおっさんとそんな話をしていると「はい、そこ」とびしりとさして声がとがめる。

 声の主は鍛錬場の真ん中に立つ、ビキニアーマーのおっぱい美女だ。

 恐らく、彼女が講師なのだろう。教壇代わりに伏せて置いた木箱の上から、あきれたようにこちらを見て言う。

「冒険者がギルドを通さず金銭を受け取るのは違法です。一発で犯罪奴隷に落ちますよ」

「マジで?」

「リコ、それはギルドに登録した時に絶対説明されたやつ」

 それはないわと言うように、たもっちゃんが顔を上げゆっくりと首を振る。マジか。

 パンを売れ売れうるさかったおっさんを見ると、ヤギだったりイヌだったりネコ科のなにかっぽいおっさんたちが、いっけね、みたいな表情でてへぺろとしていた。

 冒険者は、ギルドを通さず現金で利益を得てはいけないらしい。

 これは冒険者としてギルドに登録したらその場で、最初に説明される決まりだそうだ。体感としては初耳ですけど。

 しかし、なるほどなー。謎が解けた。

 なんでこっちが冒険者だと、みんな現金を引っ込めるのか不思議に思っていたのだ。普通に違法だったのか。やだー、危ない。

 それにしても、一発で犯罪奴隷にされるとは厳しい。と思ったら、これは税金絡みの決まりだそうだ。

「冒険者はその辺無頓着な者が多いからな。ギルドで冒険者の利益を管理して、税金を勝手に引いて行くんだ」

 おっぱい美女はすでに講習を始めていたが、斜め後ろに座ったテオが小さな声で教えてくれた。それに、たもっちゃんがうつむいて鉄の輪っかをぐりぐりいじってうなずいた。

「国はお金の事には本腰入れてくるよね」

「それってさ、報奨金は? いいの?」

 我々、ローバストからの結構な額の報奨金を現金で受け取ってますけど。

 まさかの脱税。そんな心配は、しかし一瞬のことだった。

 テオとメガネが口々に言う。

「心配ない。公的な報奨金はすでに税が引かれているからな」

「技術使用料とかもこれから入るらしいけど、その辺は冒険者ギルドの口座に入れてくれるって」

 すると納税の季節には、預金の中から自動的に税金が消えて行くらしい。

 さすが国、ぬかりない。

 なお、我々はローバストに住民として籍を得ているので、住民税的なものが所得に応じて勝手に持って行かれるもよう。さす国。いや、領主か。

 税金はつよいなーと遠い目をしている間にも、おっぱい美女の講習は進む。

「先程、冒険者ギルドを通さずに冒険者が金銭を得てはならないと言いましたね。ただし、大森林の中だけは特例となります」

 その訳は、広大な大森林がどの国の領土でもないことが一つ。そして、一瞬たりとも気を抜けぬ厳しい環境であることが一つ。

「アイテム袋を所持していても、装備には限りがあるでしょう。魔獣に後れを取らない冒険者でも、食料やポーションが尽きたために命を落とす場合もあります」

 だから大森林の中に限って、冒険者でも食料やポーションを現金で取り引きすることが許される。値段は好きに付けていい。大森林の中ではなにもかもが貴重だ。それを分けてあげるのだから。

 即席の壇上からそう告げる美女を、たもっちゃんがはっとしたように顔を上げて見る。

「俺、大森林で店やろうかな」

「おう、やれやれ」

 そしてそのパンを売れ。無責任にそそのかすのは、周囲に座る獣族の冒険者たちだ。

「大森林から戻らなくても、ギルドは捜索隊を出しません。ただし、有志による捜索を禁ずるものではないので誤解なきよう」

 もめごとは起こすな。安全には自分たちで気を配れ。実力以上の欲は出すな。大森林の中で解放奴隷を発見した場合は、可能な限り保護して欲しい。

 そんな注意を口がすっぱくなるくらいに言い含め、おっぱい美女の講習が終わった。

 退屈し切った冒険者たちが待ちかねたように立ち上がり、がやがやと騒がしく出口に向かう。やはり暑いからだろう。人族の冒険者は肌の露出がやたらと多く、女子のビキニアーマー率が異様だ。男子はそもそも半裸の奴とかいるけども。

 その中で一人、人肌の波をかき分けてこちらに向かってずいずい近付くビキニ姿の女子がいた。

 ぶんぶん手を振り、彼女は弾んだ声で言う。

「やっぱり! 姐さんじゃないか?」

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