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神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~  作者: みくも
運の悪さと宿命の敵、どうしてこうなってしまうのか編
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629 地方都市の権力者

※ 陰謀、人が死ぬ話、後妻業などの話題が出ます。ご注意ください。

 それは価格と手間のコストを思わすきらびやかなドレスを身にまとい、馬車の急停止によるものか。乱れた髪もそのままに、よろよろと地面におり立った。

 そして馬車にすがり付き、今にも倒れそうなのをようようこらえて声を荒げる。

「おのれ……おのれ! 天界の眷属め!」

 憎しみを隠すことさえせずに、内からあふれさせるかのように。

 私は思った。

 嘘だろお前。ここへきてまだ設定ぶっ込んでくんの? と。


 すぐに動いたのはレイニーだった。

 もはや条件反射の勢いで、貴婦人の姿をしたそれが怨嗟の言葉を重ねるより早く。魔法を練り上げその意識と自由を奪い取る。

 レイニーはかかとの高いサンダルで、カツリカツリと石畳を踏み鳴らし、貴婦人の姿をしたそれに近付いた。そして空色の瞳で思い切り、物理と精神の両面から見下ろして言う。

「悪魔風情が、ふざけたまねをしてくれたこと」

 はちゃめちゃのキメ顔。

 その様に、「なんだまたか」みたいな気持ちでメガネと私の声が出る。

「あー」

「やっぱり」

 先方のセリフがね。完全にそれっぽかったですよね。立ち位置がね、悪魔。

 この異世界では諸般の事情の悪縁で、なんとなく毎度おなじみみたいな感覚を持ちそうになってしまっているが、よく考えたら悪魔案件はこれでまだ三例目くらいだ。

 しかもその内の二件は同一悪魔の犯行らしいので、悪魔の数では今回が二人目と言うことになる。悪魔の正しい数えかたは知らない。

 また、魔法で拘束はしたものの、悪魔自体をどうにかするにはそれだけでは足りなかったようだ。

 レイニーがどやどや顔をキメている間に辺りの空気が凍るように止まり、ぱらりらと天界からの光を帯びて上司さんがやってきた。

 その瞬間から唐突に、直属の部下であるレイニーのテンションが地底の底へとめり込んで、部下ではないが我々もびくびく挙動不審になった。

 なぜだろう。たもっちゃんと私は、反射的にそっと下がってその辺の建物の壁に貼り付いてしまう。心の中のうしろめたい身に覚えの数々が、自然とそうさせるのだ。できれば建物の中とかに隠れたいところだが、ちょうどいい物陰がなかった。不安だ。

 上司さんと言っても、我々の目の前に現れたのはびかびかの玉。そう、上司玉である。

 まばゆく光り輝く玉は、まず魔法で拘束されたホラーツ家の奥方のそばへ。そうして、天界の秘術だろうか。聖なる力的なものを浴びせ掛け、貴婦人の内側からずるりと悪魔を引きずり出した。

 上司さんはそうして引っ張り出した悪しきものをひとかたまりにまとめ上げ、なぜか金ぴかの玉にして自らの上司玉へと取り込んだ。

 天使と悪魔の対決なのに、そこにあるのは玉と玉。よくない。私の中の中年部分がひどい下ネタを思い付いてしまう。

 玉のような上司さんは一仕事終えた感じでレイニーの目の前にぷかぷか迫り、まあまあの時間を掛けてなんらかの言葉を掛けていた。

 私やメガネは我先に逃げ、上司さんがなにを言ったか内容までは解らない。しかしレイニーが完全にどんよりしてたので、どう考えてもお小言だった。かわいそう。上司さんは玉ながら、なんとなく気が済んだみたいな光りかたで帰った。

 こうして、悪魔は上司さんにお持ち帰りされた。悪魔は天界の宿敵なので、あとはあちらで色々やっておいてくれるとのことだ。

 問題は、残された貴婦人のほうである。

 天界は悪しきものを許しはしないが、同時に人間の、地上の命には構わない。

 ちょっと思うのだが、これってあれよね。人間が自然動物を観察、保護する時の距離感ぽいよね。なんとなく。

 そうして高次元的な存在に観察されているのかも知れない側の我々の前には、悪魔の抜けた後妻業の貴婦人がいた。

 その人はレイニーの魔法でぐったりと、意識なく馬車の車輪により掛かった体勢でいる。きらびやかなドレスに飾られた美貌は、よく解らんが暗い夜を思わせた。

 逃げ腰で貼り付いていた壁際を離れ、我々はその人物をそっと見下ろし小さな声でぼそぼそ話す。

「困る」

「解る。どうする? 置いて逃げちゃう?」

 そもそも金ちゃんを盗んだのは向こうだが、悪魔が絡んでいるってなると恐らく天界で一回作り直された我々の神の気配みたいなやつか、レイニーの天使の波動が影響している可能性が高い。天界と悪魔はバチバチなので。

 だとしたら出会った瞬間モメるのはもはやしょうがなかったし、その悪魔はもういない。我々の前に残されているのは、ただただ悪事の記憶を都合よく失った人間である。

 しかも相手はこの街の権力者の奥方――厳密にはもうそうではないのだが、我々はまだ詳しい事情を知らなかった。ただし、現在の代官を務める、奥方からは義理の弟になる人物も奥方と悪い意味でいちゃこらとした関係だったので、総合するとそんなには状況も変わらなかった気もする。

 とにかく、この封建制度待ったなしの異世界の、地方都市の権力者の縁者を我々はすごくくさいガスを使って襲撃し馬と御者を無力化の上で馬車に乗っていた貴婦人を魔法でガチガチに拘束してるのだ。そして拘束された本人は自分がなにをやったか覚えてすらいない。困る。水掛け論の泥沼が見える。

 我々は暗澹とした。

 マジでこのまま逃げちゃおっかとささやき合って、気持ちの上ではほぼほぼそっちに傾いてしまっていたほどだ。

 だが、これは意外な展開を見せた。

 前提に誤りがあったのだ。

「ちょっと! これはどう言う事? わたくしを誰だと思っているの! 許されるなどと思わない事ね!」

 貴婦人はまず、そう言ってわめいた。

 我々がまごまご逃走の相談をしている間に、魔法が切れて目覚めてしまった。

 彼女はひどく不機嫌だった。けれどもゆがめた赤い唇は、余裕ありげに笑むかのようだ。

 それがある時、はっとして青ざめたのはなぜだろう。

「どうして……? どうして返事をしないの? あれは? あれをどうしたの? お前達、なにをしたの! あれをどこへやったの!」

 取り乱し、口走るのは理解の難しい細切れの言葉だ。

 これだけでは解らない。だがうっすらと、じわじわと、我々には勝機のようなものが見えた気がした。

 この人、あれじゃない? もしかして悪魔にとりつかれてた間の記憶、全部ありそうじゃないですか?

 たもっちゃんと私はこの時、多分めちゃくちゃねばついた笑顔を浮かべてたと思う。


 人間、動揺するとついつい致命的なミスをやらかしてしまいがちなものらしい。

 悪魔が抜けた貴婦人もまた、そうだった。

 と言うか、それにしてもアグレッシブなくらいにやらかしてくれた。

 誘導したのはメガネだ。

「あれあれぇ~? もしかしてあれですかぁ? 悪魔っぽいやつと自分から契約して手に入れた力がないと何にもできない感じですかぁ~?」

 いまだ馬車のそばにへたり込み、身動き取れない貴婦人にメガネが近付き解りやすくあおる。クオリティがひどい。

 だが、貴婦人は乗った。

「ふざけないでちょうだい! えぇ、えぇ! 確かに契約はしましたとも! けれど旦那様に見染められたのはわたくしだわ!」

「ふんふん、そんでそんで?」

「邪魔な者を片付けるのに力を借りはしたけれど、それだって対価を用意したもの! この地位は自分で手に入れたものよ!」

「そっかぁ~!」

 たもっちゃんはこれまでになく喜々としてガン見を併用し、ノリのいい貴婦人を追い詰めた。どうやら自分から悪魔と契約したために、その間の記憶も全部残っているようだ。

 新展開、助かる。

「そんであれなの? ジャマな先妻を亡きものにして後妻に入って子供をもうけたと見せ掛けて実は父親は夫じゃなくて夫の弟で今の代官やってる人で、そいつと結託して夫のことも始末しちゃったのも自分の意志って事でいいの?」

 たもっちゃんは、いやいやさすがにそれでうんって言うやつはおらんやろ。としか思えないストレートすぎるカマを掛けた。

 貴婦人は乗った。

「そうよ!」

 素直か。

 もう逆におもしろくなってきている自分もいるが、今の話だけで二名ほど人が死んでいる。こわい。

 あと、なんでそもそも金ちゃんを盗んだのかたずねると、やっぱり天界の気配をまとわせた奴らがいるからと悪魔の発案でおびき出し始末するつもりだったとのことだ。まさか天使本人がいるとは思わず、遅れを取った。次は気を付ける。みたいなコメントを貴婦人は述べたが、街中で自白に次ぐ自白をし続けていたこともあり、普通に逮捕的な扱いの上で連行されて行った。次はない。そらそうよ。

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