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神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~  作者: みくも
運の悪さと宿命の敵、どうしてこうなってしまうのか編
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627 その不運

 テオである。

 静かに、それでいて確実なダメージを伴って、その不運に見舞われていたのは。

 いや、なんかね。静かだなーとは思ってたんですよ。

 ぬうんぬうんとマットの上で控えめにのた打つ金ちゃんを気遣わしげに見下ろして、我知ってると愚かなるにんげんに知恵を授ける自称神のフェネさん、の。踏み台になっている妻たるテオが。

 我々の察しが悪いと言うか、テオも大体いっつも静かにしてて思慮深い感じで様子をみてたりすることもある。

 なので違和感も少なくて、彼が金ちゃんの心配だけでなく自らも苦悩を秘めているのだと、気付くまでに時間が掛かった。

 しかし、それはもう確実に彼の身の上に降り注いでいたのだ。

 どうやらテオ、この時点で愛用の剣、折れてました。

 それを我々が知ったのはその日の、だいぶん遅くなってからだ。

 森で狩りを行っていた間に剣が折れてしまったらしく、エルフの古民家を取り出して拠点としたこの場所へ男子たちが戻った時にはすでにしょんぼりとはしていたようだ。

 ただそれからばたばたと我々が落ち着きなく動き回っている内に金ちゃんの霍乱が起こってしまい、言い出すタイミングを失ったとのことである。

 あまりにも不憫……。

 自分も大変アピールしていいのよ……。

 テオはAランクの冒険者であり、同時に腕の立つ剣士だ。

 彼は自分の能力や魔力に合わせた特別な剣を腰に佩き、細金で編んだ飾りの紐が剣の柄からしゃらりと垂れて揺れている。

 テオと言えばこの剣、くらいの印象までもがあるほどだ。

 それが折れてしまったとあって、テオは相当に落ち込んでいた。

 予備の剣ならもちろんある。剣士が剣を失ってしまえば、戦力にも話にもならない。そのための備えに。

 しかし愛用の剣ほどにはなじまず、武器としてのレベルも違う。予備はあくまで予備なのだ。

 と、言うようなことをテオの剣の破損を知って「えっ、それ大丈夫なの?」と根掘り葉掘り聞いてしまう我々に、彼はごはんを食べている時からお風呂に行くまでのうだうだとした時間、それからほかほかの湯上りにふとんに入って寝るまでずっと、自分の口からぶつぶつと声に出ている自覚があるかも怪しいほどのか細さでくり返しくり返し悲嘆を語った。

「つらい……」

「テオ、剣と一緒になんか大事なもの失ったりしてない?」

「失ってない折れただけだ。失ってない……」

 心かな……。

 持ち運び式エルフの古民家で囲炉裏の部屋とその隣の部屋にそれぞれ分かれ、しかし金ちゃんが気になると引き戸を開けてほぼほぼ雑魚寝だ。

 そうして寝具にくるまる我々の間に、静かに降り積もるようにしてどこかしんみりとした空気があった。仕方ない。金ちゃんの中にハリガネムシがいるのだ。厳密には多分ハリガネムシではないのだが、なんだかすごく心配になる。

 それにテオの不運にも心が痛み、たもっちゃんなどは「剣は剣士の魂だから……俺もエルフの民芸品に何かあったら立ち直れないもん……」などと、全然参考にならないことを呟いてそれには誰も共感を見せず綺麗にシカトされていた。

 できれば、すぐにも金ちゃんの虫下し的な木の実を探しに行くべきだ。でも今は、木の実の季節ではないと言う。

 そのため森で探すのは絶望的で、マジかよやべえじゃんと思ったら、異世界の知的生命体もたまに生肉でやられるらしい。たもっちゃんのガン見によると、だからそれなりの薬屋ならば目的の木の実のストックがなくもないとのことだ。

 しかし、それなりの薬屋は大体がそれなりの街に店を構える。

 そのため日が暮れてしまった今は街に行っても入れず、防壁の門が開かれる夜明けを待って街へ行き薬屋の頭部を鈍器のような金銭で殴って問い詰めようと言う段取りだ。

 今回ばかりは我々も、好きでのんびりしているのではないのだ。別に殴らず普通に買えばいい気ようなもする。

 まんじりともせずとはとても言えないおもむきながら、そわそわ夜をやりすごす間に金ちゃんに続いてテオまでも不運に見舞われていたのが判明したが、しかしまあ、大事な剣でも道具は道具。

 形あるものはいつか壊れるってやつやろか。

 そんなこともたまにはあるやろ。みたいな気持ちがまだあった。これを油断と言うのか、余裕と言うのか。私にもちょっと解らない。

 けれども、さすがの我々も。

 あれ……? なんか、運ってゆーか……ちょっと色々巡り合わせ悪くない……? と、うっすら恐い気持ちになってきたのは朝を待ってとりあえず寝た、翌日のこと。

 草で休ませた金ちゃんが、荷物のようにえっさほいさと盗まれちゃった時ですね。

 どうして……金ちゃん……。


 ――まあ、我々もうかうかしてはいた。

 朝になり急いで荷物と持ち運び式エルフの古民家をまとめ、たもっちゃんが「ここだ!」と決めた街と薬屋へわあわあ向かうや、お薬くださあい! と半泣きで頼むなど、我々なりに行動を起こした。

 どうせ夜間は街に入れてくれないし薬屋も開いてねえじゃんと一回よく寝てしまってはいるが、一応。一応ね。がんばってるつもりではいたのだ。

 安静の二文字が頭をかすめはしたものの薬が手に入ったらすぐに飲ませたほうがええやろと、追加でちょびっと草成分を摂取させた金ちゃんも半分寝かせた状態で一緒に街へ連れてきた。そのため我々が薬屋で事情を話している間は、小ぢんまりとした店先の丸太をタテ半分にぱかりと割った無骨なベンチに座らせて待たせることになる。

 一方、恐らく我々の取り乱した様子にこれはカモだと見切ったのだろう。

 異世界のハリガネムシ的な寄生生物を、どうにかするのに必要な木の実。在庫があって一番近いと言うだけの理由で飛び込んだ街の薬屋は、これに銀貨数枚の値段を付けた。

「さすがにそれはねえだろ!」

 このことに、鈍器のような金銭で殴ったったらよろしいんやとよからぬことを考えていたのも綺麗に忘れ、誰より先にブチギレたのは私だ。

 おかしいな……。金でなんとかなるなら、まあ。みたいに思っていたはずなのに、いざ銀貨っつわれたら反射的に吹き上がってしまった。よくない。

 調剤中だったのか頭を白い布でぐるりと巻いた、二十代の半ばごろに思われる薬屋の男。

 彼はしかし、接客用のカウンターの向こうから全然ひるまず言い返す。

「いやいや、トロールの奴隷に薬……あの、トロール奴隷にするって……意味解らんけど……。とにかく! 人間でもねえもんをわざわざ薬使って治療するくらいだ。金あんだろ。こんぐらい出せや」

「金ちゃんはファミリーなんですうー!」

「リコ、リコ。マジで話進まないから。どいて」

 とりあえず叫んでいるだけの私をぺいっと横へ押しのけて、たもっちゃんがカウンターをはさんで銭ゲバ薬屋と向かい合う。

「俺も高いなーとは思うんだけど、金額の問題じゃなくてー。いや、金額もだけど。薬の値段吹っ掛けるのがちょっと引っ掛かる。いつもこうなの? そーゆーのって、何かこう。よくないじゃない? 薬屋として。あれなの? お代官様と癒着する系の拝金主義の薬種問屋なの?」

「うるせえな! 訳解んねえことばっか言いやがって、冷やかしか? 買うのか買わねえのかはっきりしてくれや! こっちは金持ってる奴から巻き上げて金ない奴に薬タダで配るのに忙しいんだよ!」

「嘘だろお前」

 私はなにを急に昔話とかでしか知らない設定ぶっ込んできてんだと思ったが、すぐ横ではうちのメガネが別の感じでキレていた。

「やめてよ! それでまだ値段に文句言ったら俺らが空気読めない悪者になるでしょ!」

 なんかそれはハッキリ言わないほうがいいんじゃないかって気がするが、確かに。それ。

 しかし、我々も昔話の義賊的な設定、嫌いではない。厳密には薬の配布を義賊とは呼ばなそうなのと、ぼったくられる側が我々と言うのがちょっと釈然としてないってだけで。

 それでついつい「やりようによってはそれめっちゃ助かる人いると思うけど、マジなの? マジでそんなことしてんの?」「吹っ掛けられるほうの富裕層から文句言われていびられたりしない?」などと、薬屋のカウンターに身を乗り出して食い付いてしまった。

 すぐ近くでは自分の剣のことで落ち込みしょぼしょぼしながらも金ちゃんの治療は急がねばならんと付いてきてくれたテオがどう止めに入ったものかと引き気味に戸惑い、薬屋の戸口で柱にしがみ付くようにじゅげむがお薬早くと心配そうに覗き込む。

 いつも空気のレイニーはまあレイニーとして、テオの肩に貼り付いた白い毛玉のフェネさんがふと急に大きな耳をビビッと立てて外を見たのはそんなさなかのことだった。

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