624 国境を股に掛け
ダークエルフさん逃げて。
そんな久しぶりの危機感をいだいてしまうが、実際に逃げるのは我々のほうだ。
まあまあまあ、でもね。逃げるっちゅうてもね、目的の異世界栗は結構手に入った訳ですし。
用事はきっちり終えたと言うか。もうあとは予定通り帰るだけですし。帰ろ。今すぐ。
そんな感じで我々はあわあわと急にあわてて荷物をまとめ、もう暗くなるんだからもう一晩泊まって行けばと言ってくれる村人たちに魔法あるから大丈夫っすと雑な説明で押し通し、「嫌だ! 俺はここに残ってダークエルフさんの犬になるんだ!」と、当初は左遷王子のイヌになるはずだったのにだいぶん話をねじ曲げてダークエルフさんに被害をかぶせようとするメガネを、テオが「そんな訳の解らない我儘を言うものじゃない」とじっくりたしなめ引きずって、エーシュヴィッヘルの国境に近い小さな村をあとにした。
我々の便利な移動手段は大体がメガネ由来のものなので、ダークエルフさんの波動なんか一ミリもないのに都合のいい妄想だけで輝かしい未来を見ようとしている変態を説得するのは骨が折れた。
そして最終的にはあきらめましたね。説得を。
あれよ。ダークエルフさんがチラつく状態で、あの重度の変態を説得するなど土台ムリなお話なのよ。
そのためドアからドアであっと言う間にとは行かないものの、空飛ぶ船ならアイテムボックスから私も出せるし、操縦はレイニー先生にカロリー的なものを捧げることで充分に運用可能だったのだ。たもっちゃんはいつまでも嫌だ嫌だとごねていた。
あと、よく考えたら今回はザイデシュラーフェンから国境を通ってこのエーシュヴィッヘルへと入国し、異世界栗やそのトゲをしこたま仕入れてまたザイデシュラーフェンへの出国となる。なのでそもそもドアで帰ってはいけなかった気もする。
ちゃんと国境を通ってお役人のチェックを受けて、正直に仕入れた栗をどかどか提示し申請し、量に応じた税のようなものを納めなくてはならぬ。よく解らんがなんかそう言うことになっているのだ。
「荷物持って国境通るだけでお金掛かるってマジで意味解んなくない?」
「解らないと言われても……国の決めた事だからな……」
「ねぇ、その点さ。俺って塩の事だけでも気を付けられて偉かったよね。ねぇ」
私がぼやき、テオが律儀にリアクションしてくれ、たもっちゃんがすきあらば自己肯定感を押し出してくる。
空飛ぶ船はすでにエーシュヴィッヘルの国境、冬には氷柱に閉ざされる地域を飛び越えてザイデシュラーフェン上空である。
おやつと言う名のカロリーを原動力にレイニーに操縦を任せ、正直ヒマとしか言いようのない時間をついつい不平不満に費やしている。
我々は日本人なので輸入関税は悲しいねの気持ちでまだなじみがあるのだが、と言うか地球でも場所、もしくは品物によっては輸出関税も普通にあるので悲しみもまた二倍と言うこともあるのだが、地球にいた頃はそんな大量の荷物を持って国境を股に掛けたりはしていない。
なので今、この異世界で感じるほどに世知辛さを覚えることもなかった。人間、自分に不利益がそんなになければ我がこととしてなんかこう、大変じゃんの気持ちになるのは難しさある。
あと多分だけどなんとなく、業者と個人でも扱いが違った気もうっすらするが、そんな細かいところまで知らん。
また、この世界での識者たるテオ先輩の話によると、冒険者と言うものは移動の伴う仕事の多い職業だそうだ。
旅人の護衛とか、商団の護衛とか。荷物を守り運ぶこともある。ただし、この辺はランクにもよる。
そのため、
「冒険者の場合は、所持品への課税は免除される事が多い。慣例と言うやつだな。個人が持てるアイテム袋も、貴族から見逃される程度ならアイテムボックスも大して入らない。それに、冒険者はどうせギルドを通さず現金での売り買いができない」
とのことだ。
これには我々、ぎりぎりセーフの感慨を叫んだ。やったぜ。
まあ一概に大丈夫でもなくて、小さくても稀少で高価な品もあり、現金でなければギルドの外での取り引きも可能ではある。だがその辺の不正を気にしないやつはもっと汚い手も使うため、また別の話になってごりごりの摘発案件と言う。恐いですね。
「ただな……」
と、テオは重ねてものすごく暗い声で言う。
「前提として、見逃しても問題にならないのは冒険者が大した荷物を持ってないか、稀少な品もダンジョンや魔獣討伐で自ら手に入れた場合があるからだ。間違っても、こんな帆船や一軒家を放り込んでおけるアイテムボックス……商人かと言う量の食品を仕入れる冒険者を……想定はしていないんだ……」
「あっ、はい」
なるほどね……。
どうやらこの件を深く考えて行くと、我々の首が回らなくなるやつっすね……。
もうあれよ。あっちこっちではあはあ買い込んだ大量の品々が。主に食べ物が。アイテムボックスにどれくらい備蓄されてるか、もはや解んないのよ我々にも今や。
「……もう、あれとちゃうやろか? ホンマにあかんかったらその内にどっかのえらい人とかがキレてくれるんとちゃうやろか? 知らんけど」
国やら領地やらの境界線をまたぐたび、アイテムボックスの中身全部に片っ端から課税されたらちょっと息の根止まっちゃう訳ですし。なんとか逃げ切れんやろか。
やたらとキリッとしながらに全てを投げ出す勢いの私が、誰かにバレて怒られるまで行けるとこまで行ってみたらええんとちゃうやろかと提案。たもっちゃんがのちのち不利になる言動はよくないとたしなめる。
「リコ、そう言うのはね、はっきり言葉にしないで胸の中でだけ思っといてぬるっと実行するものなのよ」
やだー、汚い。やり口が。
そしてこの我々の、頭と人間性のよからぬ会話にテオが思い切り頭をかかえた。
「聞かせるな。おれに聞かせるなそれを」
ごめんやで。
抜け荷も脱税も明確に違法ではあるのだが、でもまあ、ねっ。関税は国境で掛けられるものですからね。我々、そもそも国境とか通ってないことも多い訳ですし。不思議。課税のタイミングがない。これはあれですね。無罪と見せ掛けて一回、アーダルベルト公爵とかに相談したほうがいいですね……今さらですけども……。
お茶をにごすような気持ちでとりあえず、困った時の保護者頼みで我々は結論を先送り。
大人の話を困った顔で聞いていたじゅげむに、「よくわかんないけどぼくもあやまる? だいじょうぶ。ゆるしてもらえるまでいっしょにあやまるね」と、ものすごく心配そうに言われてしまうなどした。
それはそれで大人として我々の心が全然大丈夫ではないのだが、優しいね……ありがとね……。
こうして、矮小なる人間のことなどそもそも知らぬと言った姿勢のレイニー、金ちゃん、フェネさんの人外三羽ガラスに「なにやってんだこいつら」みたいな様子で遠巻きにされつつ、うだうだ自分を憐れむメガネが途中からしれっと復活したので移動手段を空飛ぶ船からドアのスキルへと変更。
あっと言う間にやたらと神妙な顔を作った我々は、水の森たるナッサーヴァルト。その領主の城をこっそりと訪ねた。
ナチュラルに重ねた罪の上を全力で駆け抜ける我々ではあるが、そのぶんせめて人のためになるかも知れないっぽいこともやっておきましょ。と、水辺の建築に向いてそうな、異世界栗を強力に守る植物性のイガグリ由来の釘を届けるためにきたのだ。
するともう魔獣の出現及び被害もほぼ収まって、勇者一行も仕事を終えて次の現場へと旅立って行ったあとだった。それを知った瞬間めちゃくちゃほっと力が抜けたが、次の現場とかあるのかよ。大丈夫だろうか。
勇者を呼ばなければならないくらい、困っている場所が今もどこかにあると言う事実。
それから、勇者がうぇいうぇい通ったあとにはハーレムの意味で草木も残らないイメージ。
なんとなくそんな多面的な心配が、胸の中にほのかに浮かぶ。根拠がただの偏見のような気もする。
あとなんか勇者いないっつうから我々もほっとしすぎてしまい、「あ、これ。釘に使えないかと思って」と異世界栗のイガの部分を渡す感じがおみやげ持って遊びにきたみたいになってしまった。
領主の城に避難していた市民らもそろそろ自分たちの村へ戻ったり、魔獣の被害で住める状態でない場所はナッサーヴァルト子爵の主導で新たに村を作り直す事業が始まってきたばかりとのことだ。
そのため数は少ないが、城に残った明らかに水あめ目当ての子供に囲まれて私は、これをこうしてこうやってこうじゃと水あめ指導仙人としてのお仕事にはげんだ。楽しかった。




