623 おいしいほうがうれしい
エーシュヴィッヘルの黒金王子やその周りのちゃんとしてそうな人たちは、たもっちゃんや村のご婦人たちの栗を使った料理教室に入り込みレシピの入手に暗躍したりとなかなか充実した時間をすごしたようだ。
異世界栗が食用になると判明し、国内の食糧事情の改善に一役買いはしたのだが調理方法のバリエーションはいくらあっても困らないとのことである。抜かりない。
ごはんはおいしいほうがうれしいですもんね。えらいですね。
こうして、えらい人の視察の空気をむんむんにかもして現れた割にほぼほぼヒマ潰しなのが隠せていない黒金王子は、まあまあすぐに村になじんだ。
そばに控える補佐役や護衛が、めちゃくちゃ凛々しい顔をして目をそらしているほどである。あと隣村の村長と小人の置物みたいなこの村の村長がちょっと途方に暮れていた。
けれども本人はそんな些末なことには構わず、今はそれなりのカロリーと引き換えにレイニー先生が展開した障壁で雨から守る屋根の下、村の子供にまざる感じでお湯にひたして分解したイガグリを網ですくう役を自らに課して働いていた。なんかやってみたかったらしい。
いかつい鎧を身に着けたまま、ドーンと座る姿にはかなり圧迫感がある。
しかしせっせと作業に取り組んで、布を手にした子供らに「熱いぞ」「気を付けろ」などと声を掛けてちょっとふーふーしたりしながらお湯から上げた栗の実を置いたりしてるので、村の子供もうふふと笑ってすごくうれしそうだった。これはね。ほほ笑ましいですね。
そうするとこちらも緊張感を持ち続けるのは難しく、どんどん態度が崩れてしまう。
料理教室を終えたメガネもお湯でびしゃびしゃに分解されたイガグリのイガの部分をせっせと集め、先端の方向と本数を合わせて小分けにする作業のついでのように黒金王子と会話する。
「それにしてもさ、こんなに丈夫なイガなんだから、今まで釘にしたりしなかったの?」
もうあれ。敬語も使うの忘れちゃうレベル。なじみすぎである。
話題は主に異世界栗の活用についてで、話を振られた王子は少ししんみりとした顔をする。
「と言っても……エーヴィヒナーデルベシュトラーフングは、湯で捌けると解るまで火にくべ爆ぜるのを待つくらいしか細かにする方法がなかったからな……」
素材の状態にするまでがあまりにも危険。活用どころではなかったと言う。
それはしょうがないね……と悲しい空気に一瞬なりながら、たもっちゃんもいかつい王子も子供らも手はしっかり動かしてたのでえらかった。
ところで、テオの姿が見えない。
今日が始まった最初の頃にはメガネの料理教室やイガグリの分解の危ないところを手伝ってくれたり、食べ物に襲い掛からんとする食欲旺盛なトロールや好奇心いっぱいの自称神の白い毛玉を取り押さえるお仕事をしてくれていた彼は、ある時から綺麗に姿を消していた。
具体的にはどやどやと、えらい人がやってきたぞ控えい控ええい! みたいなムーブを出して、黒と金で彩られたエーシュヴィッヘルの王子一行が村へとやってきた頃からである。
これは私の勝手な印象ではあるのだが、異国の王族とまで縁ができてたまるかとばかりに。
じゅげむは「まだたべちゃだめなんだよ!」と一生懸命な声が先ほどからしており、ちょっと離れたそちらを見るとメガネが村の婦人会と作った栗の料理が一時置かれている村長の家の戸口の辺りで金ちゃんの腰にしがみ付き、必死に止めるお仕事をしてくれていた。あれはいけないと私も急いで手伝いに行った。
だがそれでもテオは姿を見せず、フェネさんもいない。恐らく、一緒なのだろう。
地位も権力もある高貴な身分の人物は相手によってはかなり厄介らしいので、なんとなく面倒と言うのも解る。できれば私もどろんとしたい。どろん。どろんて。
あの常識人かつ責任感のかたまりのテオが、こんな完璧に逃げるのもめずらしい。
でも暗黒金王子、なんか普通に作業手伝ってくれるし、ヒマなだけで別に面倒な話を持ち込む感じも今のところないし、そんな完璧に逃げなくても大丈夫なんじゃねえか。
私などはのんびりそう思っていたのだが、異国の王子は手にした網のしゃくしでお湯の中から栗の実を引き上げ、異世界栗について語るついでにぽろりと言った。
「エーヴィヒナーデルベシュトラーフングの棘は危険だが、釘としてどれ程の強度と耐久性を持つのかこちらでも検証してみよう。お前達の言う通りに有用ならば、我が国を富ませる糧となるはず。何。エーヴィヒナーデルベシュトラーフングが食料になると広めたために、民からは感謝されたが王位を狙うかと疑われ父には疎まれてしまったからな。都の土もしばらくは踏めまい。時間だけはある」
「……ねぇ、今この人めっちゃ面倒臭い事いっぺんに全部ぶっ込んでこなかった?」
「たもっちゃん、わかる」
私も。私もそう思う。
いや言った本人はなんか、「ははは」と鷹揚にうなずいて栗の実すくってるけども。
ええ……。
おめーさては仕事のできない人気のない王様を差し置いて新しい食材の、それも厄介者と思われていた植物の活用法を発見し食糧難を解決したせいで自分の地位がやべえと危機感を持たれたり嫉妬されたりして意外と今の立場ふわふわしてんな?
と言う、あんまり考えてなかったタイプの厄介さが隠されていたので、多分だが全力で関わるまいと姿を隠したテオが大正解だった。
ひどい。たもっちゃんはともかく、誘って欲しかった。私とじゅげむとかだけは。
だがこれは、なんとなくふらふら疲れた魔女がお昼頃に薬を持って村へきて、貴人でございますと言った雰囲気むんむんの集団にドン引きし、小人っぽい村長に薬を預けてそそくさと帰ろうとするのをお昼食べてから送って行きましょうね! とメガネが引き留めて、ものすごく嫌々なのをむりやり座らせ黒金王子たちを含めてやいやい村をあげて昼食として、高貴なる王子とその連れが暗くなる前に隣村へ戻らねばならんとお昼をいくらかすぎたくらいに大儀であったと出発し、たもっちゃんが魔女を送ってすぐ戻り、なんか台風みたいだったなとしみじみしながら作業の続きをしているところへテオがぬるっと姿を見せたことで誤解だと解った。タイミングよ。
さすが常識人は空気をお読みになると絶賛したら、なんだそれはとものすごい怪訝な顔をされた。
「いや、違う。待て。逃げた訳では……昨日の肉をな、日持ちがする様に燻製にすると言うから、森のほうにある燻製小屋に行っていた。言わなかったか?」
「あ、俺聞いたかも」
「メガネ……」
お前それは私が勝手にテオが逃げたと思い込んでる時に教えてくれんとあかんやないかい。
勝手に思い込んでるだけで別になんか言ったりはしていなかったので、これでフォローできたらできたで以心伝心すぎて恐いが。
テオも我が身の安寧を図って逃げたりすんだなと安心するような、ちょっとダメなとこ見付けてうれしいみたいなほの暗くいだいた感情がここへきて私の良心をざくざくに刺す。
そうとも知らず、テオは不思議がるように少し濡れた頭をかしげる。
「まだそう暑くはないが、雨の季節だ。肉が悪くなる前に、急いでと言う話になってな。誘ったほうがよかったか?」
「テオがえらい……テオがえらいのは解った……もうやめて……ありがとね……」
ごめんやで。もうやめて。私のなけなしの良心はもはや息も絶え絶えよ。
誘って欲しかったのは燻製づくりではなくて、保身を図っての逃亡のほうっすね……。
――しかし、と。
誠実を絵にしてうまいことイケメンにしたみたいなテオが、その顔面を曇らせたのは彼が燻製づくりを手伝う間に村へきたエーシュヴィッヘルの黒金王子とのやり取りを、問われるままに我々が全部話してからである。
「手柄を上げて、王に疎まれる王子とは……気の毒だが、深入りしないほうがよくはないか?」
「えっ、ドライ」
てっきり同情と道義心により左遷王子に肩入れするかと思ったら、なんか全然逆だった。びっくりしちゃった。
「タモツがいるからな……ダークエルフを餌にして、王位を得るための争いの戦力に数えられては敵わない」
「テオ。事情をチラっと聞いただけですぐそんな発想になっちゃうの、これまでのテオの人生になにがあったか心配になっちゃうけどテオ。ホンマそれ」
アカン。メガネ、ダークエルフを目の前に吊るされ、馬車馬のようにむやみに走り回る姿が目に浮かぶかのようだ。
と言うか今もうすでにテオの懸念を聞いているだけで、「えっ、あの王子の犬になったらダークエルフさんといつでも会えるし、ちやほやしてもらえる……、って事?」と、黒ぶちメガネのレンズの奥でうるうるの両目が夢見るようにきゅるるんとしていた。アカン。




