621 利権とかに配慮
「塩、塩かぁ」
たもっちゃんはやぶさかではないみたいな空気を出しつつも、ちょっと塩のことはセンシティブとばかりに眉毛の辺りをぐねぐねとさせた。
そして少し時間が欲しいと言い置き、もはや宴会のイノシシ料理を取り分けてちょっと魔女のとこに届けてくると村を出た。
村の人らはもう夜も遅いのにと心配してくれたが、魔法的なもので行くから大丈夫っすと雑に説明。
私は一緒には行かなかったものの、村を出てすぐにアイテムボックスから自作の自立式ドアを出し勝手にくぐって移動地点の要件を満たした魔女の家までドアのスキルであっと言う間にたどり着き、薬の製作で忙しい魔女になにしにきたと邪険にされつつ食事を届けてそのためにきたのだと気付いた魔女の「……悪いね」と若干気まずげな、はちゃめちゃ薄味のデレの波動をほどんど気のせいみたいなレベルの第六感で察知して「ふふ……」とニッコリほくそ笑んで満足。ついでにクレブリ沖合の島を経由して、海辺の街の塩組合まで足をのばして我々が先だってうっかり密造してしまった人工岩塩を悪気はないんすと申請し、税だか組合費だかのお金を納めてのちのちの禍根の種とならないよう手を打って戻った。
――と、言う流れを。
「これで、何とか……」
ドアのスキルを使うとしたらだいぶん遅く、しかし村から魔女の家まで歩いたならば早すぎる時間で戻ったメガネは我々に――テオやレイニーや私などに、大体の感じで俺がんばったと全部べらべら早口に語ってぜえはあとした。
私は思った。
「メガネ、おめーえらいな」
利権とかに配慮できてて。
なんかな、いいぞ。もめごとはな、ないほうがいいものな。えらい。
テオもまたお膝に乗せたフェネさんの、白い毛皮にこびり付くこんがりとしたお肉の汚れをふき取っていた手を止めて、どこか感慨深げにうなずく。
「そうだな……。タモツが自分から、そんな気遣いができるとは……」
優しそうに細められた灰色の両目が、なんだかうるんで見えるのは気のせいだろうか。
まるで初めてのおつかいを成功させた小さな子供を見るかのようだ。保護者……。
しかし今日、最も地味に、最も休みなく働いていたのはテオである。
我々はお肉ありがとうねえと口々にお礼を言いながら、よく焼いたスペアリブ的な骨付き肉をむっしゃむっしゃといただいた。
なお、この話には続きがあって、調子に乗ってしまった脇の甘いメガネが「まぁ、クレブリには配慮したけど、ここまでの関税とかはシカトしちゃってっから大っぴらには売れないんだけどね」などと余計な事実をぽろっとこぼし、そこまでは……知らんな……と、大人みんなでそっと目をそらした。
現実って、やだよね。
しっかり者のテオですらそっと顔をそむけてたので、アウトの中でも比較的セーフよりのアウトだと信じる。信じるだけで本当に大丈夫かは知らない。あとセーフよりのアウトは普通にアウトと言うような気もする。
人族の国が版図を分ける大陸は広く、海の遠い内陸も多い。
そんな地域で塩を手に入れるのは大変だ。
この世界には塩気を持った植物もあるが、野生の草を探すにしても育てるにしても、まかなえるのは最低限。気候によってはすぐ不足する。
だから内陸に位置する、それも特に小さな村で塩が手に入る機会は貴重で、生活に直結した懸案。その期待に答えることが悪いとは、俺にはとても思えない。
テオは、法と倫理のはざまで押し潰されているかのように深刻そうにぶつぶつ一人でそう語る。
「不当な利益を得る目的ではなく流通に難のある僻地へと塩を供給するのは社会的にも有用であると……」
「つま、つま。みんなもう行ったよ。歩いて。つま」
まあ、我々はそこまで考えてないので宴会の片付けを食器とかだけ簡単に済ませて残りは明日にしようと早々に、泊めてもらえることになった村長の家へぞろぞろ移動。
深刻なテオを置いて行ってしまっていると、気付くのに少し時間が掛かった。ごめんな。
そのテオは肩によじのぼったフェネさんに小さな前足でてしてしと腕やら胸やらを叩かれて、操縦されるみたいにふらふら歩いて自力でどうにか付いてくる。テオの操縦、ちょっと楽しそう。
これはそうして、小ぢんまりとした体形になんらかの獣の毛皮で仕立てたベストが特徴的な、おしゃれな庭に置いてある小人の置物みたいな雰囲気の村長的な初老の紳士に「もっと大きい隣村ならお客用の家があんだけど。すまないね。うちで」などと申し訳なさそうに謝られ、図らずも完璧な伏線を張られたとも知らず「そっすか? さーせん」とおジャマして一夜明けてからである。
なんか、この村よりも大きくて専用の家を建てるくらいに外部からの来客のある、隣の村にちょうど滞在していたと言う暗黒王子が雨の中をやってきた。
……いや、暗黒と言うか。まあ暗黒なのだが。
黒い鎧に軍服めいた黒い服。
黒に金を振りまいた大振りな剣を腰に差し、ゴリゴリにいかつい軍人めいた二十やそこらの若者である。
彼は言う。
「やはり、お前達か……」
別に見付けてくれと頼んだ訳でもないのだが、顔を見るなりすごい疲れたみたいな雰囲気を出された。
彼の、そして我々の、はるか高い頭の上をぴーひょろろと飛ぶなんらかの鳥。
地上へと注意を戻せばゴリゴリの黒と金に飾られた青年のそばに、メタリックな鎧に身を包む補佐役の三十前後の女性が控える。
なんか見たことあんなと思ってはいたのだ。
私も。私も一応ね。
しかしはっきりとは思い出せない内に、たもっちゃんが「あっ」と気付いた感じの声を上げ、鼻息荒く最低に叫んだ。
「今日はダークエルフさん一緒じゃないんですか!」
あまりにも元気いっぱいで最低。
どうやらこの一団は、以前我々があれやこれやで異世界栗との邂逅を果たしたあの時にいた、エーシュヴィッヘルの王子とその仲間たちだったようだ。
たもっちゃんの心を奪うダークエルフさんは異世界栗との出会いの場にはいなかったものの、この世界では新しく食材に加わった異世界栗の調理法を求めてのちのちメガネに接近したのはエーシュヴィッヘルの国としての意図あってのものだった。多分。正直あんまりよくは知らない。
あと、たもっちゃんが心を奪われているのはダークエルフさんだけでなく、エルフならば老若男女全然問わない勢いなので逆に本当によくないと思う。
ゴリゴリの暗黒王子がどうしてか我々の前に現れた時、私はその辺の軒下で、ちょうど村のおっさんに足をつかまれサイズを測られているところだった。
これにはそう深くない事情があった。
この辺の森を歩いていたら異世界栗のイガ踏んで靴に穴が開きまくり、ずろんずろんでもー大変。と言う話をしていたら、イノシシの皮もたらふくあるし、作ってやるよ! と靴職人でもないのだが手先が器用で隣近所の靴くらいは頼まれて作ると言うおっさんが名乗りを上げてくれたのだ。
よく考えたら私以外の――……いや、自前の足場で万全の安全を確保していたレイニーや、ゴーレムでひとかたまりになっていた小さきものらやトロールはともかく。
普通に同じ場所を歩いてたメガネやテオの靴にダメージがないのが釈然としないが、これは私がなんも考えずイガをよけずに歩いていたのが原因だそうだ。
そんなばかな。みんな抜かりなく気を付けていたとでも言うの? 普通の人類にそんなことはムリじゃない?
だってほら。黒っぽい暗い森の中、意外と風景になじんでしまうイガグリ探して必死な訳じゃないですか? こっちは。そんな足元見てる余裕とかある訳がないよね。
靴、ダメになってるのは私だけなので説得力とかないけども。不思議。
あいつらもしかして普通の人間じゃないんじゃない? みたいなことをつらつらと思ったり口走ったりしながらに、私が足をつかまれて植物性の葉っぱの紙をよせ集めむりやり大きな紙としたものに魚拓のようにべったべったと足の形とサイズを取られている一方。たもっちゃんはたもっちゃんで異世界栗の、冬の間も安定して食えるのは助かるが、飽きる。と言う村人の声を聞き付けて、色々と調理法を教えたり考えたりしてばたばたしている時でもあった。
暗黒王子がやってきて、ダークエルフさんへの期待を爆発的にいだいたメガネだが、結局今日はいないと知って悲しみに暮れた。
「酷い。期待させといて……。ダークエルフさんいないのに何しにきたんすか……」
エルフがいないなら無用とばかりのこのセリフ。変態に人の心などなかった。




