620 村の婦人会
なぜなのかそれぞれ鍋を手に持って、颯爽と現れた村の婦人会。会としての組織があるのかどうかは知らない。
年齢は様々ながら一家の食を預かる感じの彼女らは、どうやら新鮮なお野菜を隠し持っていると見てメガネに共同戦線を持ち掛けた。
「手伝うし、肉はこっちで焼くからさ。スープを作ってくれるかい?」
「そっちのはエーヴィヒナーデルベシュトラーフングだね? ええ? トゲも持って行く? どうすんだい、そんなもの」
どうするのかと言われたら釘として家を作ったりするのに使うとメガネに聞いたばかりだが、しかしこの異世界栗はイガグリのまま火にくべるなどすると爆ぜてイガを飛び散らせなんでもかんでも突き刺して兵器のような威力もあった。
だとしたら、実とイガを分解した状態であっても輸出禁止の可能性も考えられる。
そんな危機感がふと浮かび、一応聞くと丸々そのままでないのなら売ってもいいと、お役所的なところから異世界栗の分解方法や調理についての知識と共にうっすらとしたお達しがエーシュヴィッヘルの全土に渡り噂のように伝わっているとのことだった。
ええんか。
うっすらしてるのが不安だが、各地のギルドやえらい人の邸宅を除けば通信魔道具の恩恵も薄く、テレビなどのマスメディアも存在しない異世界でこうした小さな集落となると役所の通達もその程度にしか浸透しないものなのかも知れん。
それでまあうっすらとでもいいっつうならいいんじゃないかと言うことになり、イガを数えて分けるくらいは子供にもできるだろうとご婦人たちがわが子を呼んで労働力が急激に増えた。
ありがたい。でも心配。
「手とか刺さないでね。気を付けてね。あっ、私がそっちやればいいのか」
今まではイガの再利用を目的として小分けにする作業をするつもりすらなかったために、レイニーと私は異世界の凶悪なイガグリをお湯にひたして実だけを分けるお仕事をしていた。
そうなると子供らにイガのほうを任せることになってしまうが、単純に、作業を交換すればいいだけだった。突然の気付き。
お湯はお湯で危険があるのでイガグリをひたしてお湯から上げるまではレイニーがやり、料理用のバットと言うのか、四角く平たいうつわに上げた異世界栗の分解され混然とした状態の中からトング的なものを装備した大きめの子供に実だけを拾い集めてもらい、布を手にした小さい子供にきゅいきゅいと水分を拭いて乾かすお仕事を頼んだ。完璧な分担。
私は実を取り残されたイガと殻からイガだけをより分け、せっせと適当なボウル状のうつわに放り込む作業に従事する。小分けなどは知らん。
この頃になるとドコドコドンドンとした演奏に加えて村の子供らの気配でさらにわいわいと騒がしくなってきて、さすがににゃむにゃむ起きたじゅげむも「おてつだいするう」と寝ぼけながらに強い参加の意欲を見せた。
一体なにが彼をそうさせるのか。寝ててもいいのよ。ちょっとうるさくてずっとうなされてはいたけども。
ちなみに魔女の家からの帰り道、じゅげむを担いで運んでくれた金ちゃんはすでに興味を骨と肉がむき出しのイノシシのほうへと移してしまい、今はテオが「待て! まだだ! 焼けたのをもらおう!」と、なんとなく感覚が常識人と言うよりは遠慮の足りない我々のほうによってきたセリフでなだめるなどしていた。解るよ。お肉は焼いたのを食べて欲しいよね。
まあそれはそれとして。
作業の手伝いは助かるが、考えてみれば、我々のようなよく解らないよそ者に子供を預けると言うのはなかなか思い切った話だ。
いや、完全に預けられてもなくて、たもっちゃんと共同で村をあげての晩餐を作るおかみさんや旦那らも入れ代わり立ち代わりうろうろしてはいるのだが。
そうする内に村の大人ともいくらか話す機会があって、その証言をまとめるとどうやら、この時期に新鮮な野菜を放出するのもなかなかいいし、大物を仕留めたとは言え肉を惜しみなく村に落としていくのも見どころがある。あと、村の衆に一人まざって誰よりもよく働いたテオの感じがよすぎたらしい。
「聞いたら、腕のいい冒険者だって言うじゃないか。冒険者なんて荒くれで、田舎の人間を見下すもんだけどね。あの人はそんなことちっともなくて」
「そうそう! 急に仕事を増やして悪いなんて謝ってね。こっちが嫌な気持ちにならないように、ずっと気を使ってくれるんだ。えらいよ」
なるほど、ただのさすテオだった。
村のご婦人だけでなく、ちょうど肉を持ってきたおっさんまでもがうなずいてどことなくきゅるるんとした表情をしている。
さらにはテオだけをほめては不公平とでも思ってか、ご婦人たちは我々のこともえらいよと言った。
「魔女のばあさんもね、もう村に住んじゃどうかって話してるんだけどね。ありがとね。送ってってくれたんだろう?」
「それに、森で助けてくれたって? 年だから、わたしらも無理はせんでって言ってるんだよ」
今のところ我々に対してデレを見せないクーデレ魔女も、村では受け入れられているらしい。かなり気に掛けられているのが伝わる。
体調を崩せばどこからともなく薬を持って現れて、村を守る丸太の壁には魔女のまじないも掛かっているとのことだ。魔女は森に暮らしてるので、どこからともなくってことはないけども。
「それに、じい様たちの楽器。あれにも魔獣の嫌う音が出る細工をしてくれてね。頭が上がんないよ」
だからいよいよ魔女が一人で暮らせなくなったら、村のみんなで面倒を見る。そんな覚悟を村人は見せた。強い。
これは村と言う共同体にどっぷり属し、一人でかかえ込む必要はないと知っているがゆえの感覚かも知れない。
「えー、でも魔女がお仕事できなくなったら困っちゃいますね」
と、これは私も自分で本当になぜなのだろうと心底思うが、ついつい正直な、空気を読まないほぼほぼ失言みたいな感想が口からぼろりとこぼれ出た。よくない。
なんとなく、かなりの割合で魔女に支えられているらしき村の安全に、それがなくなったらどうなるのかと思ってしまった。
しかしイスと鍋を持ちよって、それぞれ食材を刻んだりしているご婦人たちは大丈夫なのだとやいやい語る。
「弟子が戻ってくるって言うから」
「男も魔女って言うのかね? なんせ、ありがたいよ。わたしらも一安心だ」
「情報が渋滞してるけど魔女の弟子ってすごく魔女っぽい」
あのクーデレ、弟子なんかいるのか。あれかな。ああ見えて弟子にだけはなんか解りにくく、でも弟子にはしっかり伝わる感じでデレたりするのかな。見たい。その現場を。
いらんことを言ってしまったばっかりなので適切な感想は恐らくこれではないのだが、うっかりそれが一番に気になる。
同時に、村の婦人会が私の失言を「まあそれもあるのはあるよね」と、軽く流してくれるの本当に助かる。ごめんやで。
またそれはそれとして、魔女の弟子のメンズのことをなんて呼ぶのかは私も知らない。
こうして、大部分は先方の村人たちのご好意により我々と我々が持ち込んだ大きなイノシシの大量の肉、そして備蓄のお野菜などがやんややんやと受け入れられて、イノシシを解体しているおっさんたちにはなんの同情もしなかったのに料理に雨が入っては大変とこんな時だけ気を利かせるレイニーが雨よけに障壁の屋根を大きく張って手厚く展開した保護のもと、たもっちゃんと村の住人が共同で準備した晩餐をわいわい囲んでなんか宴会みたいになって夜はふけた。
イノシシは我が発見したと手柄を主張するフェネさんが「我ね! 頭食べたい!」と大胆なリクエストを放ち、じゃあがんばって焼いてみよっかとメガネがどうにか火を通し、焼けた感じが頭蓋骨にこげたお肉でビジュアル的に悪夢みたいになってしまった獣の頭部。
そのかたまりに真っ白な毛玉のように愛らしいフェネさんが全身でぶち当たり、ものすごい顔でかじり付く。悪魔みたいだった。子供のトラウマになったりしないか心配だ。
イノシシの頭部について金ちゃんはちょっとうらやましそうにしていたように見えなくもないが、同じくおっきなイノシシのやはりおっきなモモ肉をこんがり焼いて骨ごともらってむしりむしりと噛み付いていたので不満と言うほどでもなかったようだ。
あと、異世界栗の仕分け作業を手伝っていた子供の中に村長的な家の子がまざっていたらしく、まだ小学生低学年ほどとおぼしき男児が「うち、ないりくぶだから。しおとかあるとたすかるんだあ」などと世間話のようにして完璧な布石を打ったあと、親御さんたちがぞろぞろ出てきて冬の間に食べていた異世界栗のイガの部分は危なくてほかのゴミとは別に保管してあるが、どうか。と、商談と言う名の物々交換を持ち掛けられた。
村長の家の子、まだ小さいのにどう考えても大人に言わされてたセリフ、ちゃんと覚えて言えてえらいなと思いました。




