619 そこは元始の
深い考察の海の中、ゆらゆら意識を沈ませてやたらと顔のキリッとした私が「おばあちゃんが危険をおかして探し出してきたとして、果たして孫は山菜をよろこぶかしら?」と名推理を呟き、たもっちゃんから「リコ、訳解んないけど絶対どうでもいい事考えてるでしょ」と普通に見破られたりしながら我々は、日が傾いてきたのだろうか。薄暗さが少しずつ増しているかのような、鬱蒼と黒い森を村へ向かって歩いて帰る。
途中で花粉症にいい草もどっかにあるかも知れんと思い、ちまちまむしりアイテムボックスに放り込んである草と言う草をメガネにガン見してもらったり、ゴーレムをのしのし操縦していたじゅげむがちょっと疲れてきちゃった時にはレイニー先生にお願いしイガグリの森で素足がキツい金ちゃんのため障壁で足場を作ってもらい、そうしてやっとゴーレムの背中からおりることのできた金ちゃんにおねむのじゅげむを担いで運んでもらったりもした。
金ちゃんが荷物のようにむきむきと肩に担いだじゅげむがだいぶん眠そうで、たもっちゃんが草のガン見を放り投げ「大丈夫? 代わる? 代わる? 大丈夫?」などと言って心配そうにおろおろ金ちゃんに付きまとい、完全にシカトされていた。
なお、じゅげむがおりて無人となったゴーレムは維持するだけでも魔力を消費すると言うので、製作者たるメガネによってすぐさま土くれに戻されている。
このゴーレムはそもそもが、何の変哲もない土を魔力で練り上げ作ったものだ。
元に戻ったと言えばそれまでのことだが、でもなんか。
今まで自在に動き回っていたものが動力も形も失ってただの物体になっちゃうの、なんだかセンチメンタルで切ないわね。などと言ったり、いやそんなことはないやろと言われたりしつつえっちらおっちら村へ到着。
すると、そこは元始のお祭り会場だった。
あちらこちらに設置され、火の粉を散らして燃え上がるたき火。
それらは日の暮れ掛けた薄闇に、そこそこの勢いで熱い明かりを投げ掛ける。
ぱちぱちと音を立て燃え上がる炎に浮かぶのは、村を形作る簡素な家々。そしてその外周を囲む先をとがらせた丸太の壁だ。人の背丈の倍近い丸太の壁の向こうには、ほんの少しだけ人間に場所を譲ってくれている森の木々が鬱蒼と見えた。
我々は、しれっと自らの快適さのため障壁で雨をよけているレイニー先生の恩恵に預かりあんまり意識せずに済んでるが、今の季節はすっかり雨期だ。
辺り一面にはしとしとと、細かな雨粒が絶えず降り注いでいるようだった。
少し肌寒さもあるのだろうか。たき火は明かりだけでなく防寒もかねているのかも知れない。
そうしてあちらこちらにくべられたたき火は、濡れた地面に触れないようにどっしりとした火鉢のような容器の中で燃えていた。
そのいくつかは雨が掛からないように軒下や大きな樹の下に設置され、どうしても屋根で守れないものは火力でどうにかしようとしてかキャンプファイヤーを彷彿とさせる勢いがあった。
中でも最も火力が強く、どうしても雨をよけられないものが、そろそろむき出しの肉になってきた大きなイノシシのそばにあるたき火だ。
ゆらゆらと炎の熱にあぶられて、黒く揺らめく影を落として忙しく立ち働くのは村人たちだ。
その額に光るのが、そして彼らを全体的に湿気た感じにさせているのが汗なのか、打たれた雨によるものなのかは解らない。
とにかく妙にわくわく明るい顔で、猟師をまじえた村人たちは楽しげに肉をかっさばいている。
それはいい。
なんか楽しそう。ありがたい。
イノシシをお肉にする作業にはテオが参加してくれていて、今もてきぱきと肉を切り分けどこかへ運んだりしているのが見えた。
ジャマをしてはいけないと言い含められているのか、少し遠巻きに子供らがすげーすげーと巨大なお肉にきゃっきゃとはしゃいで場の空気をにぎやかす。
それも解らなくはない。
鮮度がよすぎて動物の形そのままだとかは恐いけど、それはそれとしてでっかいお肉はテンションが上がる。
解るよ。なんか、ふわあー! ってなっちゃう。解るよ、すごく。
ただ、どうしても困惑してしまうのは、恐らく村のお年寄りだと思われる集団が解体途中のイノシシに最も近い軒下に陣取り、ズンドコドコドコピーヒャラと民族楽器感のある小型の太鼓や先端がラッパのように広がった、けれどもなんらかの植物が素材とおぼしきシンプルな笛をパッションのおもむくままにはちゃめちゃ演奏していることだった。
なぜなの。
グルーヴ感が最高潮やないかい。
ドンドコドコドコズンドコドンドンと軽やかに、時に耳の奥までしびれるような重低音が響く中、たもっちゃんと私とついでにレイニーはイノシシの解体が着々と進む現場のそばで軒下にこじんまりと座らせてもらっていた。じゅげむは若干うなされつつ寝ている。
我々が魔女を送って戻ったことに気が付いて、村の人がここらへどうぞとベンチを空けてくれたのだ。
そうして互いにイノシシを囲む陣形でほど近い軒下にいるために、村のお年寄りによる民族楽器の演奏にズンドコと五感をやられ気味になっていた。
「つらい」
「リコ、耐えて。何かあれさ、魔獣除けの演奏らしいわ……」
もうお耳がだいぶバカになってきちゃってる。
そんな弱音をこぼす私に、たもっちゃんが一心不乱に楽器を鳴らす老人たちの真の役割を打ち明けた。
マジかよ……。
春だけど、エーシュヴィッヘルは寒いからまだ食料が豊富とは言えず、そこへ転がり込んできた大きめのお肉へのよろこびを全身で表現してるのかと思った。違うのか。
ドンドコドンと元始の昔から人類の遺伝子に刻み込まれているかのようなグルーヴで、ステージを満たすシニアらは肉のにおいに誘われて狂暴な魔獣が村に近付いてこないよう住人の安全を守っていたのだ。
なにそれ。
全くなにも解らないままドコドコとした演奏に魂と五感を揺さぶられ、たもっちゃんはその辺を通り掛かった村人と「お夕飯どうします?」などと相談したり、こいつ普通に夕飯ここで食ってくつもりなんだなと察しつつ現段階ではお肉に関われないレイニーや私はとりあえず魔女に遭遇するまでに収穫し、ごちゃっと収納してあった異世界栗をお湯にひたして分解の上で実を収穫する作業と見せ掛けたヒマ潰しなどをした。
際限のない単純作業、ちょっと修行みたいだった。
今の季節はまだ秋に作った保存食で食いつなぎ、野菜が不足しがちだと言う村人のため、そこはね。我々に任せていただいてね! と、今こそ備蓄したお野菜とスープストックで俺のポトフが火を吹くぜ! みたいな訳の解らないことを言いながらせっせと張り切り仕込みに掛かるメガネに向かって私は問うた。
「たもっちゃん。この栗のさ、イガ? これも置いとくの?」
ただの業務的な確認なので、私も普通のテンションで聞きたさはあった。しかし辺りは老人たちによるドンドコとしたグルーブにあふれ、平たく言うとやかましいのでどうしても張り上げるような声になる。
その問いに、たもっちゃんも若干声を大きくうなずいた。
「うん。なかなか腐んないって言うし、植物だったら錆びない訳じゃない? 勢い付けたら石にも刺さるレベルで頑丈だしさ、釘みたいに使えないかと思って。何かさ、多分ね、水辺の建材にも安心だと思うんだよね」
ナッサーヴァルトも家とかだいぶ壊れたって言うし、もしかしたらなんかの役に立つんとちゃうやろか。
たもっちゃんはそう言って、百年朽ちないと言われるほどの頑強さを持ちながら、なぜかお湯にひたすと自らバラバラになる異世界栗の針のような、太さ的には確かに釘っぽさのある鋭いイガをできれば方向と二十本とかに数をそろえて小分けにしといて。などと、ついでのように地味に面倒な指示をした。
やだ。
「そんなんやってられっかよ!」
「俺もこんな秒で拒否されるとは思ってなかった」
イガとか殻から実をより分けるついでじゃん。などと、たもっちゃんは我々の座るベンチの前にその辺で見付けた薪にするには立派な丸太の短いやつを設置して、その上に敷いたまな板でどっしり巻いた白菜的なお野菜をめりめり適当に切る手を止めてまあまあのドン引きみたいな顔をした。
それに私はいやいや普通に考えて手間が倍になるじゃんと反論。民族楽器のリズムに合わせてズンドコドコドコとどうでもいい言い合いが始まりそうになり掛けたところへ、村のおかみさんたちが「なんか手伝う?」と軽やかにやってきてくれた。天使かと思った。




