618 魔女の家
たもっちゃんと私の好奇心を中心に、魔女の家に興味はないがイノシシの解体にも関わるまいとこっちに付いてきたレイニーや、おばあちゃんを無事にお送りすると言う新たな使命にキリッとした顔面でゴーレムを操縦するじゅげむ。そのゴーレムのもったりとした土の背中で落ち着きすぎてもはやくつろぎのおもむきすら見せてきた金ちゃんを含め、我々は黒い森をしばらく歩いて魔女の家へとたどり着く。
なお、先ほどまでじゅげむと共にゴーレムに乗っていたフェネさんは愛しの伴侶たるテオにくっ付き、イノシシ班のほうへ残って欠席である。
つま! 肉! おいしいやつ! と、テンション高くキャンキャンしてて楽しそうだった。
そうして、冬を切り抜けなお暗い、エーシュヴィッヘルの黒い森。
分布としては常緑樹が多いのか、まだ肌寒いこの時期もはるか頭上の梢には杉に似たちくちく細かいたくさんの葉っぱが豊かにしげる。そのため森の中は薄暗く、木々は影絵のように黒っぽい。
その合間にひっそりと、魔女の住まいは隠れるようにしてあった。
魔女の家は古かった。
そして普通にボロかった。
ちょっと強めに風が吹いたらぱたんと倒れ、ぺしゃんこになってしまいそうな小屋だ。
「子ブタの二番目が住んでそう」
「オオカミの猛攻に耐え切れず七匹の子ヤギが震えてそう」
たもっちゃんと私はその小さくボロい小屋を見て、うっかり本心の全力で人様のお宅をけなしてしまう。よくない。礼儀知らずにもほどがある。でも本当になんか、ボロかったから……。
少し高くなった玄関に乾かした植物の束が吊るされていたり、そこへと続く古びた五段ほどの階段に鉢植えがいくつか置かれていたりと人の住んでいる気配はあった。
外壁の板や柱は残らず黒ずみささくれて、なんとなくゆがんでいるように見える。屋根にはやわらかそうな苔がもりもり生え、それでいて不思議と廃屋っぽくはない。
あとこれは私のただの勘だが、植物の束とか鉢植えは多分飾りじゃなくて虫よけとかの実用品だと思う。田舎のおばあちゃんはムダなことなどしないのだ。なんとなくの偏見ではある。
まあ、それはそれとして。
こうしてついつい元気いっぱいに、本心が口からこぼれてしまった我々。
けれどもギリギリ幸いなのは、内容的にけなしていると解るのは我々地球人だけだったことだろう。幸いってなんだ。
同時に幸いでなかったことは、細かい意味は解らないまでも言ってる感じでディスっているのが伝わってしまったことだった。
「おうち、こわれちゃう?」
背中に金ちゃんをがっぷり貼り付けたゴーレムの中から、泣きそうになってじゅげむが問うた。
「そうねえ……風と雪が心配ねえ……」
我々のディスで不安にさせてしまったなと思いはしたが、我々も不安に思っているので大丈夫とは言ってあげられなかった。
だってほら。ちょっとしたことで倒れそう。小屋。心配。
しかし、やはり雰囲気でロクなことを言ってないのが伝わっていたらしい年老いた魔女は、「雨風はしのげるよ」と言葉少なに言い置いて玄関へ続く階段をさっさとのぼって行ってしまった。
「えっ、雪は? ねえ、雪は?」
この辺あれじゃない? 多分豪雪地帯とかじゃない? 心配。雪の重さ、心配。
古びた毛布みたいな外套の、魔女の背中にぶつけた問いはやはり古びた玄関扉をギイギイ言わせて開いたままで、老婆がちらっと振り返り「木がある」と短く答えただけで終わった。
ものすごくがんばって推察すると、この森には背の高い常緑樹がたくさんあるので雪はその木々が受け止めて、地上まではそうそう落ちてこないってことだろうか多分。
魔女は我々をちらりと見ると「早うお帰り」とだけ言い、ギイギイばたんと扉を閉めた。
あがってお茶でもとは決して言わない。あまりにもクール。
しかし私、ちょっと魔女に慣れてきたのでこれも深読みしておきました。
あれですね。日が暮れると帰り道が危なくなるから、早めに行けってことでしょうね。なんか。根拠とかはないけど。
あの魔女も、若い頃にはさぞや名のあるクーデレだったに違いない。今のところ我々は一ミリもデレてもらえてなかったが。
――それより、お解りいただけただろうか。
私がほぼほぼ一方的に語り掛け、それにしぶしぶ短く答える魔女のそば。
開きっ放しにされていた玄関の扉をぬるりとくぐり、「いやぁ、魔女の家とかわくわくしちゃうなぁ」みたいな顔でメガネが入り込んでいたことを。
気配よ。
たもっちゃん、我々の気配の希薄さをそこで出したらダメなのよ多分。
まあそれは普通に「早うお帰り」と閉じられた玄関がすぐ開き、あんたはよその子とばかりにぺっと放り出されてことなきを得た。得たかな……。
たもっちゃん、勝手に人の家に入るのは引く。と言った真っ当な気持ちと、ドアからドアへ距離もなにも関係なしに移動する便利なスキルの前提としてメガネが一度くぐったことのあるドアに限定されると言う制限を思うと、これでまたポップに密入国できる範囲が広がってしまったのだなあ。栗、いいよね。異世界の栗。と言う、瞬間的な打算が私の中で吹き荒れる。
しかし「怒られちゃった」と言いながらテヘヘとばかりに戻ったメガネはその辺り、自分の不都合な行いには触れず、なんか床とか踏んだだけでもぎゅおんぎゅおん沈んで恐かったから外からできるだけ補強したろ。と、魔女小屋の周りを中腰でぐるぐる回って魔力で練り上げた魔法的ななにかをパチパチとあっちこっちで光らせていた。
人様の家を勝手に改造するのはいかがなものか。
でも確かにこの家におばあちゃん一人は心配だからせめて補強とかはやってしまえ。
そんな、あまり大きな声では言えない勝手な気持ちで「あっ、あれ一番星じゃない?」などと強めによそ見して、しっかりやれよとメガネを野放しにした。よくない。でもやれ。
自分の家が勝手に補強し改造されているとは露ほども知らず、魔女は急ぎ薬を作っているのかささくれ立ったボロ小屋からはがっちゃんがっちゃんばしゃばしゃと絶えず激しめの音がしていた。
がんばっててえらい。なのに家、勝手に改造されている。不条理。
ふと思い付く。
黒い森の魔女の家から一番近い、イノシシを解体している村へと戻る道すがらのことだ。
「たもっちゃん、魔女のおばあちゃんさ、あんなあわてて薬作ってたじゃない? 村の子のためなんでしょ? そんな急がなきゃいけない状態だったらさ、万能薬とか、どうにかして渡したほうがよくない?」
だって、あんなに急いであわてているのだ。
もしかしたら現時点ですでに、のっぴきならない状況になっているのかも知れない。
私はそう思ったが、これにはメガネが首を振る。
「病気っつっても、春になって涙と鼻水が止まんないだけっぽいから……いや、だけって言うか。それも息とかしんどいんだとは思うんだけど、今すぐ悪くはならないんじゃないかなって。しんどいけど。でもさ、その病状でさ、高い万能薬押し付けて逆に迷惑にならないかどうか解んない」
「……花粉症……つらいって聞くよね……」
そっかあ……。
もうだいぶ遅ればせながらではあるものの、私なりに思い付いた心配はあんまり必要なかったようだ。
そうね……。花粉症に万能薬出したら、確かにありがた迷惑かも知れん。値段とか。
あと、万能薬やポーションの効能は患者の状態を元に戻す的な話を以前うっすら聞いたような気がしなくもないので、すでに体質になっている花粉症ではちょっと効果が期待できない可能性もある。
しかし今すぐどうこうならないとしたら、魔女が春、野生の魔獣が冬眠から起き出す危険な森に踏み入って薬草を探していたのはなぜなのか。
リスクのバランスが取れてないのではないのか。
新たにそんな疑問も浮かんだが、この件については「子供がしんどそうにしてたら可哀想でしょうが!」と、たもっちゃんがなぜかブチギレて、そう言うとこよ! 人の心よ! と私の人間性を責めて終わった。
魔女、森で遭難し掛けてて魔獣の巣穴に落ちちゃってたけど。それでもしもなんかあったら、そもそも薬作れなくてなにもかも無意味って感じするけど。
そんな細かい理屈ではなく、人には矢も盾もたまらずなにかせずにいられない時があるのだ。せやろか。
もうダメだ。たもっちゃんのマジ切れを信じるならば魔女のこともクーデレつうか、孫に食わせたろと山菜取りに行くおばあちゃんにしか思えなくなってきちゃった。




