615 連携プレイ
まあそうして、久しぶりに顔を合わせた王子のかもす王子の感じにこう言う奴だったなと妙に納得しながらに、師匠師匠と話しているのを聞く中で、ふんわりと首をかしげるのはザイデシュラーフェンの年若き王女だ。
「直接、エーシュヴィッヘルまではいらっしゃらないの?」
このザイデシュラーフェンは豊かだが、国土としては小さな国だ。
ブルーメの王都からここまでは気軽な様子でこれるのに、あと少し足をのばしてエーシュヴィッヘルに行かないのはなぜか。
王子の隣に腰掛けて、王女は不思議そうに問う。
この率直で素朴なほのかな疑問は、我々に気付きをもたらした。
せやな、と。
と、言う訳で我々はこの国も内陸で塩とか貴重やろ多分と大体の感じで王子らに密造岩塩をぽいぽいと押しつけ、そのままの勢いでエーシュヴィッヘルにいる。
密入国ではない。
あとこう、なんか。勝手に私有地に侵入し山菜などを無断で採取して行く的な、じっくり怒られる罪を犯してもいない。
ちゃんと合法的に入国し、その際、我々のギルド証をあらためた兵士に栗欲しいんすけどと正直に申告。森に詳しい地元の猟師を紹介されて、その監督下で栗を拾おうとしている。
完璧だ。
配慮の鬼。
これからは我々を既得利権を侵害しない常識のかたまりとでも呼んでくれたまえ。
それと、我々のイメージがちょっとだけよくなったこのタイミングで早めに白状しておきたいのだが、背負いカゴと火バサミの栗拾いセット。あれね、役に立ちませんでした。
異世界のイガグリが小玉スイカほどもあり、重たいのとかさ張るのとで火バサミでつかもうとしてもなかなか難しく、そこそこの大きさを持つ背負いカゴにも数個しか入らなかった。もうあれよ。本当になにもかもがムダ。悲しい。
「たもっちゃん、私、思うんだけどさ。もうアイテム袋とかでよかったんじゃない?」
栗を収納する入れ物としては。
栗拾いツアーをガイドする猟師のおっさんがその辺にいるので、レイニーの魔法かアイテム袋と偽装したアイテムボックスでいいのではないかと思いつつそれははっきり口にせず、大きな鍋を用意しながらぼかした感じで私は問うた。
すると、たもっちゃんは鍋を載せて火をたくためのかまどを魔法で練り上げながら、「うーん」と深刻そうな顔で言う。
「でも人間、スタイルから入りたい時があるじゃない?」
内容は全然深刻ではなかったが、一緒になって栗拾いスタイルを謳歌していた私にはその気持ちがすごくよく解った。
「解るよ、たもっちゃん……。運動しなきゃって思ってウォーキングを始める時は専用のスニーカーの選定から入るし、よさそうなスポーツジムを比較検討するし、料理始めてみようかなって思ったらいい包丁とフライパンを探すところからだよね……解る……」
「それ、よく聞いたら全部未遂だよね。検討の段階で挫折してるよね」
「これもうかまどに火入れていいのかね」
「ねぇリコ。リコって料理始めようとした事すらないよね」
「鍋これでいい? いいよね。レイニー! お水入れてー!」
こちらは「解る」と全面的な理解を示したと言うのに、言葉尻からにじみ出るなに一つ実行してない空気を察知し追求してくるメガネ。人の心がないのかも知れない。
その追及をシカトでかわし、私はたった今できたばかりのかまどの上に大鍋を載せた。
森には枯れ木や枯草が朽ちるに任せて散乱し、火を使うのは危険なこともあると言う。火事とか。
しかしツアーガイドを兼任している地元の猟師のおっさんによると、雨季だし、エーシュヴィッヘルはまだ雪も残っているくらいだし、少し注意していれば問題はないだろうとのことだった。
なお、寒冷なエーシュヴィッヘルにおいては春の季語にもなる雨は、今もしとしと降っていた。季語は適当に言ったのであんまり真剣には受け取らないでほしい。
雨は見上げても足りないくらいに背の高い常緑樹の葉っぱに当たり散らばって、または再び集まり粒となりぱたぱたと地面に向かって落ちてくる。
野外での活動には支障しかない季節だが、そこをカバーするのはレイニーの魔法だ。
我々のいる範囲に障壁を張って屋根として、よく見れば自分の足元にだけ同じく魔法障壁を展開し、地上三十センチほどの高さに足場を作って異世界栗のダメージが通らないようにしていた。
周到である。
できれば私がイガグリを連続で踏み続け、靴底に作った無数の穴からぐちょぐちょの雨水と泥が入り込んでくる前にその対策をこちらにも適用していただきたかった。
靴……。もういつだったか思い出せないが、多分ローバストの街でこれいいぞと言われて買ったレダーフォゲルの靴……。今までありがとう……これもう、多分修理もできないレベル……。悲しい。
そうして、「ふええ、お靴の中が水たまりで遊びすぎた小学生みたいだよう」などと私が嘆き、たもっちゃんから「それ何の例えにもなってないねぇ」と批評を受けながら、雨に暗く黒っぽい森でせっせとイガグリを拾い集めるか、なんか知らんが地面や木々にぐねぐね絡まりはびこっているツル状の茎から力任せに引きちぎっている時だ。
なお、鉄壁のメガネを装備したメガネとなぜか私はイガグリをぐっと持ってもイマイチ刺さらず、まさかの素手での収穫が可能であることが判明した。健康って、マジでなんなんだろうなと思ってはいる。マジで思うだけではあるが。
我々が天界製の力技でゴリ押しする一方、テオとレイニーは金属製の火バサミをぐっと閉じ、そこそこの大きさと重さのイガグリの中心目掛けてぶっ刺して収穫すると言う謎の適正を見せた。
まあそれはいい。
調子に乗ってイガグリをむしりむしりとかき集め、とにかく異世界栗の収穫としては順調だった。
恐らく、順調すぎたのだ。
私は靴にどんどん小さな穴が増えて行き、冷たく水っぽい感触にふええと泣かされてはいたけども。
それは枯れ葉や枯れ枝、異世界栗の残骸がちらばる森の地表に大きな影を落としつつ、のしのし歩いて近付いてきた。
そして言った。キャンキャンと。
「ねー! 見て! 小さいにんげんつかまえた! 我見付けた! 我! 見付けた!」
言った声はフェネさんだった。
そしてその自称神たる白い毛玉が同乗しているゴーレムは、半開放型の座席に収まりキリッとした子供が操縦しているものである。
さらには、そうして動くもったりとしたゴーレムの背中に、たくましい両足でがばりとしっかりしがみ付き自由を確保した筋骨隆々とした片腕で、首根っこをつかまれたネコのようにだらんとした物体を「とったど」とばかりに得意げに掲げているのはうちの隻腕のトロールだ。
いや、聞いて。
私もね、なんかわあわあ言ってるなって思ってはいたの。じゅげむとフェネさんと金ちゃんが。
きゃっきゃとはしゃいでいるように聞こえなくもないその声が、なんとなく少しずつ遠くなり、そろそろ呼び戻さないといけないなと思っているところではあったのだ。
よくない。我々が。大人、よくない。
もっと早く注意を向けるべきだった。ついついイガグリの確保を優先してしまった。よくない。よくないのだが、しかし。
どうして。
そんな我々の、テオやレイニーまでをも含めた、多分完全一致している大人側の気持ちが顔に出ていたのだろうか。
特製ゴーレムを中心にひとかたまりになった三人は、あわてたように口々になにがあったか訴える。
「あのね、あのね、フェネさんがね、見つけたんだよ。あながあってね、あのね」
「そう、我! 我がね! そしたらね! そしたらね! 穴にね! 小さいにんげんとね! おいしいやつがいた!」
競うように、あわてたように。もったりとしたゴーレムのボディ部分の前面に開く操縦席の窓から、頭をにゅっと飛び出させじゅげむとフェネさんがきゃいきゃい語る。
金ちゃんは人語を解さないので、ガルガルと喉を鳴らして低くうなるばかりだ。それでもなんか、得意げに見える気がするのはなぜだろう。
この三者三様の訴えに、たもっちゃんは重々しく、そして雑にうなずいた。
「なるほど。解らんけど解った」
恐らく私も同じ気持ちで、なんでそうなるのかは全く理解できないものの、大人である我々がイガグリを求めて地べたをはあはあ這いずる間に、子供ら――子供と自称神とトロールの、なんかうまい連携プレイでこうなっていると言うことだけが解った。
と、思ったが、これはもしかするとなにも解ってはいないと言うべきかも知れない。




