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神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~  作者: みくも
王都の裏路地、砂漠の宴、今年も塩は大わらわ編
613/800

613 伝書鳩

 お前……それは……。それはちゃんとしないとダメな話じゃないのか。

 塩だぞ。

 塩はダメだ。ちゃんとしないと。

 たもっちゃんと私のこそこそとした、しかし隠し切れないなんらかの手落ちをむんむんと濃密にただよわせる会話に、周囲で話を聞いていた砂漠の民がそんなことを口々に、ものすごく真剣に言いつのる。

 砂漠では海から遠く、植物全般がそうであるように塩っけのある草もそうたくさんは育てられない。

 つまり、いつでも塩は貴重品なのだ。

 その感覚もあるのだろう。塩の話はうまくやらないとこじれると、厳しい砂漠にもまれて生きるハイスヴュステの面々はずいずい強めに我々に迫った。

 ハイスヴュステ、割と気軽に接してくれるから普段は意識してないが、大体みんなキリキリとした戦士のようなおもむきが強い。男子については実際に戦士だとも聞く。

 そんなかちっとした民族衣装に身を包む彼らに、ハイスヴュステの特徴であるくっきりとした孔雀緑の目を吊り上げて囲まれてしまうと圧迫感がすごかった。

 ただ、そんな状況になっても恐いって気持ちは不思議となかった。

 解るのだ。多分あれ。心配しすぎてなぜだか逆に切れ気味になっちゃうパターンのやつだなって。我々が百で悪いなって。

 ごめんやで。


 そうして全然関係ない砂漠の民に囲まれて心配からのガチギレの憂き目を見たことにより、これはいよいよまずいのではないかと我々は急いで――それはもう急いで、ハイスヴュステの観光ツアーをきっちり最後まで遂行し、買い物の予定を全部消費して全員の点呼をきっちり取って迷子などは出してないのを確認の上でシュピレン近くの小屋ミッドからドアを通って水源の村まで残らず送り、さも我々もずっと憂慮してました。みたいな、ものすごいキリッとした顔を作ってクレブリへと移動した。

 そして、塩組合のえらいおっさんとかにじっとりとお叱りを受けている。

「前回の取り引きは事情があるって話だったしよ。こちらも譲歩はしたよ。したけどよ。同じ条件でもっかい塩の取り引きしていいとは言ってねえんだわ」

「うす……」

 いや全く同じ条件ではないんですけども。

 と、一応言おうとはしたのだが、沖合いの異世界イグアナの巣となった島を経由して、ばーん乗り込んだクレブリで塩組合の建物をどーんと訪ねて開口一番「またシュピレンに塩持って行くことになったのでよろしくお願いしまあす!」と、切り出しにくい案件をとにかく勢いでなんとかしようとずぎゃーんと叫んだのが多分よくなかったと思う。

 私はすっかり忘れていたのだが、顔とか。

 道場破りの勢いで突如現れた我々に、「なんだと!」と塩組合の建物の奥からドタバタ走って現れて、詳しく話せと応接室みたいな部屋へと場所を移して人数ぶんのお茶が運ばれてくるなりぐびぐび飲み干してからもう一度「なんだってんだ!」とキレ直した、そこそこの年齢でそこそこ組合でえらい人っぽい男性が以前、孤児院にちょくちょく出入りして塩づくりへのアドバイスと塩づくりに熱心な幼児に対して孫はよとうるさいご老人の口利きでテオの時の塩の件をどうにかするのに協力してくれた人だったと言うのは、この人とメガネとの会話を横で聞いててうっすらおぼろげにどうにか思い出したことだった。お世話になってます。

 塩の取り引きを組合抜きで勝手に取ってくるんじゃねえと一通り、小言のような、苦言のような、とにかく心底キレていることだけが解るくどくどとした長いお話を粛々と聞き、そんな我々のしおらしい姿勢に一応の気が済んだのかも知れない。

 お茶のお代わりをぐびぐび飲んで、一息ついたおっさんが言った。

「それで、先方は幾ら出すって?」

 お金の話だった。

 当然だ。塩組合はこれでメシを食っている。お金のことは肝要なのだ。

 しかし、これがまた新たなる小言の幕開けとなった。

 そう言えば、シュピレンで我々を金づるならぬ塩のなにかだと勘違いしている可能性がなくもないブーゼ一家の暗黒微笑、ラスとは、金銭的な話をしていなかったような。気が。するよね。すごく。

 えっへへ。とそれを伝えてみたら、マジギレからの小言のループがもう一周くどくどと始まり、それからクレブリでの標準的な塩の価格を持たされたメガネが「行ってこい!」と骨を投げられたイヌのように送り出された。

 たもっちゃんもつい釣られなんか走ってしまっていたが、そうして舞い戻ったシュピレンのほうでも「いやいや、もうちょっと勉強してもらわないと」みたいな、ラスがものすごく言いそうな返事を押し付けられてとぼとぼ戻り、それを受けた塩組合から「取り引きの量によっては値引きも考える」との答えをさらに託されてまたシュピレンに取って返すなどのやり取りを、もうなんか数日に渡って右往左往と言った様子でずっとやっていたようだ。

 たもっちゃんにはドアのスキルと言うものがあるので普通に比べれば非常に移動が迅速ではあるが、クレブリでは沖合いの島に設置したドアでしか移動してはいけない縛りがあるので途中からひんひん泣いていた。

 俺は社会の歯車じゃないみたいなニュアンスで俺は伝書鳩じゃないとか訳の解らないことを言うなどしており、だいぶん疲れてる感じが見て取れたほどだ。

 あと、そんなメガネの様子を見てて思い出したと言うか、これは私ももしかすると程度のふわふわとした記憶のようなものなのだが、ドアで直接移動してはいけないのはクレブリ全体ではなくて子供が意図せず付いてきてしまう事案が起こりがちな孤児院限定だったような気もする。違うかも知れない。違ったら悪いのでかしこい私は黙っておいた。

 なぜならしょせん、ひとごとなのだ。

 私はクレブリとシュピレンの間を伝言持ってただただ行ったりきたりするお仕事にはさらさら付き合う気すらなく、レイニーやじゅげむや金ちゃんを抱き込み、テオとフェネさんもクレブリでお留守番してましょうよと巻き込んだ上、せっせと海水を真水と濃縮塩水に分離して真水でお風呂を沸かしたり、濃縮塩水を孤児院の子供らが夏に塩を作るための素材として備蓄したり、または孤児院への寄付をいただいた返礼として主に塩業者に濃縮塩水を横流ししたりしてすごした。

 濃縮塩水の横流しについては、孤児院で子供の育成や経営を預かってくれている元貴婦人のユーディットがすでに作り上げていたビジネスモデルに私も乗っかっただけである。

 我々はギルドの規定によって現金で利益を受け取れない冒険者だが、孤児院に対しての寄付ならばこちらには一切入ってこないので大丈夫なのだ。

 大丈夫じゃなかったら私が怒られるので大丈夫であって欲しいと思うのと同時に、先に確認しろって気持ちも一応はある。


 そうして、メガネの涙と海水と、寄付と言う名のお金の気配にまみれる内に雨季がきた。

 濃縮塩水もたっぷたぷにたまり、レイニー先生や張り切るフェネさんに甘いものと人工岩塩生成のための魔法陣を差し出して、びちゃびちゃの岩塩を量産してもらいこれで今年の塩も安心。

 みたいな気持ちにほぼほぼなっていたのだが、これはちょっと正しくなかった。

 塩組合への道場破りで既出のように、今年の塩は新しい契約での取り引きである。

 それは私も知っていたはずではあるのだが、これまでの感じでついつい自前の塩を用意してしまった。

 しかし、それはいかんのではないのか。

 以前はテオの借金ついでに塩を納入していたが、これからは普通に、シュピレンのブーゼ一家が塩を購入する格好だ。ならばその塩はクレブリの塩組合を通した、塩組合に所属する塩職人、及び会社的な所が生産したものを輸出するのが筋と言うもの。クレブリの塩は、ブルーメの産業でもあるのだ。

 ……と、言うようなことを、去年のノリでぽいぽいと人工岩塩をびしゃびしゃ作り、雨季なので乾燥まではできないものの夏まで保存しときましょうねとなんらかの魔法かアイテム袋に見せ掛けて超絶便利なアイテムボックスへそれなりの数を収めていたところ、その様子をちょっと離れてちょくちょく見ていた孤児院の教師と料理人の男女二人が、「それ、大丈夫なやつっすか……?」と、はちゃめちゃ心配そうに指摘してくれた。

 私もね、思いましたね。ホンマせやなって。言われてからですけど。

 思えば我々はこのノリで、異世界の砂糖の権利を悪気なくうっかり侵害し割と時間を掛けてもめていた。意図せぬ内に某侯爵を敵に回すなどしてしまい、そこそこの危機だったっぽいこともある。それが意外と大丈夫だったのは、多分アーダルベルト公爵やヴァルター卿が手を回してくれていたお陰なのだろう。ありがとうやで。

 それと、これは教師と料理人に見せ掛けて口調が完全に隠密の二人にそわそわと問題点を指摘されて思い出したことだが、以前、元塩職人のおじいちゃんからうっすら聞いた話では塩業界もおっかねえらしいじゃん。

 なるほどね。ダメですねこれは。

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