611 いそいそと宴会
宴だ宴だ。
酒だ酒だごちそうだ。
そんな感じでわらわらと、水源の村に暮らすハイスヴュステが話を聞き付け集まって、いそいそと宴会の準備が始まっていた。
たもっちゃんも張り切ってせっせと料理を作って忙しく、キリッとしたレイニーやじゅげむも手伝った。テオはフェネさんや金ちゃんが破壊の限りを尽くしてしまわないように、人ならぬものたちの体力を少しでも削るため軽く狩りにでも行くと言い村の若者と連れ立って出掛けた。
村の人たちも準備の段階でもう楽しそうにしてくれているので、迷惑でないなら本当によかった。
そしてその一方で、私は幅の広いヒモ的な物で赤子を背中に固定され、水源の村の巨石群の一角。宴に参加する気まんまんでやってきた呪いの得意な村のおばばにちょっとこいと座らされ、村に伝わる身代わり人形の作りかたをレクチャーされていた。なぜなの。
「おばば、私あんまり細かい作業に適性がなくてですね……」
自らの不器用さを自覚せずにはいられない私も、抵抗はした。致命的に向いてないのだと。
しかしおばばは全然聞かず、なんらかの植物、その繊維を乾かした感じの糸だかなんだか解らないものをごっそりよこしてケケッと笑う。
「頭と胴体が付いとったらなんとでもなるわい」
「ええー、ざっくり……」
身代わり人形の素材となるらしき植物の繊維は、なんとなくごわごわと固めで、渡された時からすでにぐしゃっと絡まり気味だ。
おばばはこれを、こうしてこうやってこうじゃいと、働き続けて堅くなったしわくちゃの指でさらにぐしゃぐしゃ乱暴にまとめているような、それともやっぱりただぐしゃぐしゃにしているだけのような乱暴さで作業する。
そうしながら聞いた話では、この素材は植物が貴重な砂漠において水源の村の民を支える大きなフキの、食べられない皮の部分を乾かして再利用しているとのことだ。
ムダがない。
持続可能なあれイズムやなと勝手に納得していたら、多分これはちょっと違った。
もしかしたら貴重な植物を余さず使い切る意味もなくはないのかも知れないが、この身代わり人形は結婚したり子供が生まれたり、ほかにも節目節目で小まめに作り、災いを持って行ってくれと願って最終的に燃やすのだそうだ。
「だからの、それらしゅう見えたら充分なんじゃ」
呪いの得意なおばばは語る。
究極の話、別に人間を模していなくても構わない。だって最後は燃やすのだから、と。
なぜだろう。私が作っているものはまだ全然整わず、ただの繊維のかたまりだ。なのに自分の手の中にあるそれをもう、切ない気持ちで見詰めてしまう。
これ、さてはなにも期待されてねえな?
なるほどねと悟った私は乾燥させた食物繊維のかたまりをぐっしゃぐしゃに絡ませて、胴体もなにもなく手の平サイズのマリモ的なかたまりに仕上げんと試みる。待ってろよ。完璧な球体にしてやるからな。
そうして私が奮闘する間に、宴の準備も進んだようだ。
たもっちゃんも何品か料理を作り上げ、それらを宴に備えてキリッとしているレイニーに任せて準備の輪から抜け出すと、岩間のドアに一人で向かいやがて三人の人影を伴って戻った。
砂漠のピラミッドで静かに暮らす、ツィリルとルツィア、ルツィエと言った、魔族の叔父と双子の姪たちだ。
「あの、今日は、お呼ばれいたしまして……」
なにをどう説明されたのか、三人はガッチガチに緊張していた。
あと、姪たちはちょくちょくそうしているようにハイスヴュステの黒布でヒツジみたいな大きなツノを隠す形でほっかむりにしているのだが、今日は念入りにとでも思ってか、叔父のツィリルも黒布を頭にかぶって顎の下できゅっと結ぶ格好だった。
この大陸で魔族の存在はめずらしく、同時に忌まれるものと聞く。そのため彼らは隠匿魔法をまとっていたが、その上でこれ。絶対にめでたい宴に水を差してはいけないみたいな、強い気遣いと意志を感じる。優しい。
魔族の三人はそうして、つまらないものですが、と、なんかでけえの引きずってんなと割と遠目の時点から注目を浴びていた、長さがツィリルの身長の倍くらいはありそうなぐねぐねねじれた丸太みたいな質感の、それかなにかのツノみたいなものを出迎えたアルットゥに差し出した。
その、なにも間違ってないのになにも正解ではないような光景を見ながらに私は、丸太みたいに細長いからあのままドア通れたんだなあ、とぼんやり思った。
宴のために訪れた、ツィリルとルツィアとルツィエたちは三人だった。
元々三人で暮らしているから、それはそれで過不足はない。しかし、私はついがっかりしてしまった。
「ネコは……?」
双子の魔族はシピやミスカのネコの村から譲られた、二匹のネコを強火の愛情で包んで暮らすのだ。そのネコがいない。どうして。私は悲しみに暮れた。
けれどもネコファーストの双子から、神妙に告げられたのは納得しかない真っ当な理由だ。
「人見知りするので……」
「留守番させるのも心配ですが、人の多い場所もかわいそうなので……」
「そっかあ……」
なにがなんでもネコを守らんとするこの姿勢。これこそがネコを愛しネコから愛される者。
魔族さんたちのとこのネコ、ネコと生きることに全振りの双子たちの愛情を受けてふくふくとすごしているっぽいのだが、しかしアポなしでピラミッドを訪ねる我々には一切慣れず、うっかり顔を合わせるたびに新鮮にあわてふためいてピンボールみたいにあっちこっちぶつかりながらに逃げて行く。なるほどね。そら連れてきませんわ。
私は、もしかしたら今日も残像くらいは見られるかもと、そわそわしてしまってた自らの強欲を恥じた。
仕方がないので背中の赤子を返したあとですでに警戒されているシピとミスカの愛猫に敵意はないと示すつもりで砂地に身を伏せずるずると這いより、逆になんかやべえのがきたとネコに引かれて逃げられたりしている私をよそに宴会が始まり、新郎新婦を中心にやんややんやと飲めや歌えの大騒ぎとなった。
前祝いではあるのだが、結婚を控えた二人を祝う宴のクライマックスでたき火の海に私が作った身代わり人形と言い張るだけのいびつな球体が沈んで行くシーンは涙なしには語れなかった。
大騒ぎの宴を終えて魔族たちをピラミッドへと送り届けて一夜明け、あと片付けを手伝い終えてもまだどこかやんややんやの空気を残した水源の村を我々は離れた。
でもまたすぐに戻ってくる予定だ。
なぜならこれから村の人たちを何人か連れ、砂漠の都市のシュピレンにぞろぞろお出掛けすることになっている。
「悪いね」
「まぁ、ドア開けるだけなんで」
我々はひとえに利便性のため、シュピレンの近く、しかしあんまり人にはバレなさそうなちょうどいい場所に勝手に作った小屋サイズのピラミッドにいた。
たもっちゃんはスキルで開いた出入り口のドアを手で押さえ、水源の村からシュピレン側へとえっちらおっちら移動してくるハイスヴュステのお年よりたちから口々にお礼を言われ、大丈夫っすと答え続けているところだ。
砂漠に暮らすハイスヴュステの、特に水源の村は都市から遠く、砂漠の移動が大変で若い者でも苦労する。
だから老人はほとんど村を離れずにすごすが、宴会でどんちゃんする内に料理ありがとねとお年よりたちからちやほやされて気分のよくなったメガネが、いつもはムリでもたまになら俺付き合えますけどとお買い物ツアーを提案し、善は急げと早速こうなっているらしい。詳しくは知らない。私はネコに逃げられた悲しみで、飲み食いばっかしてたので。
また、街に慣れない年よりだけでは不安だと村の若者もやたらとキリッとした顔で、いそいそと我も我もと名乗りを上げて何人も付き添いにきてくれていた。
どことなく辺境から街へくり出す便乗感はあるものの、引率ポジションが多いのは助かる。ハイスヴュステは独特の民族衣装を着ているが、みんなハイスヴュステだとみんな民族衣装を着てるので誰が誰だか解らない感じで迷子が不安だったのだ。誰かいなくても気が付けない予感がすごい。
しかしその点、村の若者がいれば安心なのだ。多分。頼むぞ。
そうして、よぼよぼと割と人の話を聞いてないタイプの高齢者の集団を引率するような顔をしてシュピレンへと向かった我々は、ほどなく砂漠の都市の獣族の街でとある仕立て屋に立ちよって、そのイタチの店主にこれ以上ない勢いでガチギレられることになる。
「子供の! 服は! できたらすぐに取りにこねえとサイズが変わっちまうだろうが!」
はい。




