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神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~  作者: みくも
気の利かない我々の、悪いとこどうにかしたい編
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606 理解が深い

 魔獣によって受けた被害は都合よく急になかったみたいにはならないものの、ナッサーヴァルトも少しずつ回復に向かって動き出しているようだった。

 領主もきっと、見えないところで奮闘していた。

 食料や物資についても近隣の領地から届くようになってきて、それと反比例する格好で我々の荷物運びは段々と役目と重要度が縮小してきているところだ。

 そのナッサーヴァルト子爵には我々が一度なんも考えず早々に離脱したあとで、やっぱまだ大丈夫じゃないらしいじゃんと戻ってきた時に本当になんも考えてない状態で帰ってしまい、王様に救援物資の荷物運びを頼まれたことでどうやらまだ大丈夫じゃなかったらしいと気が付いたことを一応正直にごめんやでとは伝えてあった。

 それもあり、しかるべき時がきたら我々にもう本当に大丈夫なのだと告げるのは自分の役目と、子爵は心に決めていたようだ。

 てらりぬらりと深海魚に似た質感で、子爵はなんだか妙な決心をにじませる。

「最初に、理由が勇者では仕方ないと送り出したのはこちらだ。それに、仕方ないのも本当だった。勇者は……勇者は……」

「子爵さん、しっかり」

 どうしてそこまで勇者のハーレム属性に理解が深いのか知らないが、一気に暗い顔になる子爵を我々ははげました。

 恐らく、はっきり区切りを付けるのはいつまでも通いそうな我々を解放する意味で、子爵の優しさだったと思う。はっきり言わなくてはと気負うあまりに「もう帰れ」みたいな感じが出てしまっているが。

「今まで本当によく骨を折ってくれた。感謝する。薬や、そなた達が自費で買い付けた食料の代価はまだ払えないが、必ずやウールザの畜産を復活させてよい肉を育てて見せる」

 たもっちゃんが前に頼んだ支払いは肉での提案をちゃんとおぼえていたらしく、子爵は保水力が高そうな、それかただの油分多めの顔面をやたらとキリッとさせて誓った。頼もしかった。

 そうして、勇者には……勇者には見付かるなよ! などと、ものすごく親身に心配してくれている子爵。

 負傷者が減りいくらか業務に余裕のできてきたらしき男装聖女のラファエルや、その同志たちもわざわざ手を止め集まってくれて、いよいよ別れの時が近付いてきた感が高まってきた。

 正直、たもっちゃんのドアのスキルがあれなので用事があったらまたすぐにいつでもこられるのだが、なんかもうすっかり年単位で会えない感じの見送りが大げさ。これは恥ずかしい。マジでしばらくこれない勢い。

 そんな、別れの空気を察したのだろうか。

 どうしたどうした帰るのかなどとわらわら集まる大人にまざり、べそべそとした人族獣族ごちゃまぜで子供たちが私を囲む。まるで引き留めようとするかのように。

「おばちゃん、またきてね。みずあめもってきてね」

「あっ、ハイ」

 違った。引き留めたいのは甘いものだった。なるほどね。寂しい。

 そうよね甘いものはいいわよねと水あめの草を子供たちに配りつつ、でもそこはおばちゃんだけでもいいでしょと逆にべそべそしていると、たもっちゃんに感謝と別れの声を掛けていたラファエルが今度は私のほうへくる。

「また会いましょう。もらった温情を全然返せていない気がするんです。それに、あなたの作品も、もっと見たい」

 この、圧倒的な光の波動。

 反射的になんとなく灼熱の直射日光に焼かれるナメクジみたいな気持ちになったが、私は別に乾燥に弱い軟体動物ではないのでことなきを得た。

 そんな優しく清潔感のあるイケメン然としたラファエルの、ゆるやかにウェーブを描く浅緋色の長い髪の後ろから「それは特殊だと思うわぁ」とメガネの声が聞こえたが、私はすでに好きだと言ってくれているファンの意見を優先的に信じるタイプだ。あとで覚えてろと思ってはいる。

 あと、それで思い出したと言うようにこのタイミングで教えられたが、ラファエルに頼まれてむりくり作った健康にいいステンドグラス。やはりと言うか、最終的に収蔵するのはナッサーヴァルト子爵とのことだ。

 子爵もあれの作者が私ってことがうまくつながってなかったようで、えっ、あの心配になる作風を、こいつが? みたいな顔になっていた。でもなんかもう帰るし、なんだかんだでばたばたしてて特に不満などのツッコミはなかった。よかった。


 改めて、ナッサーヴァルトに関わる仕事はここで一段落と言うことになった。

 思えばこの頃、我々は割とマジメに忙しくすごしていたように思う。

 じゅげむも公爵塾に通う以外の日にはせっせとお手伝いして駆け回り、金ちゃんはまあ金ちゃんとして、レイニーもただただレイニーではあったが。

 フェネさんをもふもふくっ付けたテオもまたナッサーヴァルトの領主の城には毎回同行してくれて、王から送り込まれた増援の兵や駆け付けてきた冒険者たちとも連携し領主の城の周辺に迷い込んだ魔獣を駆除したり、細々とした用事で少しだけ城の外に出たいと言う人たちの護衛も務めていたらしい。

 それって助かると私などは思うが、本人的には「おれは属性が雷だから、水辺ではな。魔力を放てずあまり役に立てない」と電気を通しやすい水にあふれたナッサーヴァルトでの活動に割と苦しんでいたようだ。しんどい時はしんどいって言っていいんだぜと思った。

 炊き出しになるとなぜか茶色い料理ばっかり作り出すメガネも手が空くとテオと連れ立って、たまに金ちゃんも一緒に連れて魔獣を追い掛け回したりまあまあ休みなく活動していたような気がする。

 一方の私はいついかなる時もやれることが限られているので、子供らと水あめを練るほかはひたすらお茶を煎じたりした。ナッサーヴァルトは水の森なので水草くらいしか刈れないが、ほぼほぼ通常営業である。

 それでもどこか、やっぱり気を張っていたのだと思う。

 深海魚顔の丸っこい領主やその領民や、男装聖女のラファエルたちに強めの感謝を示されて、もう自由になっていいのよと送り出されたことでやっとほっと力が抜けた。力が抜けて、力が入っていたのだと気付いた。

 私は、ドアノブをにぎりしめた格好の幼馴染にしっかりとうなずく。

「たもっちゃん、私たち、がんばったよね」

「そうよね、リコ。俺もみんな頑張ったと思う」

 と、言うことで、我々は取り急ぎ自分たちをねぎらい尽くすため手始めに大森林の間際の町にある小さなラーメン屋を訪ねて店主のミオドラグに「麺ならあるんや」とムリを言い、エルフによる製麺の関係で一日に作れる数が決まっているラーメンをチャーシュー付きで食べさせてもらい、次にローバストのクマの村に舞い戻り諸般の事情で皇国から移り住んできたラーメン屋のオヤジにこの大陸の食材を使用した皇国ラーメン大陸適応バージョンを食べさせてもらい、そしてそのラーメン屋のオヤジと奥さんを「そろそろ息子さんの顔とか見たくないですか?」とそそのかし、たもっちゃんのドアのスキルでこっそり皇国の、今は彼らの息子が守る由緒正しい皇国ラーメンの店を訪ねる――と見せ掛けて、我々は前に行った時脱獄と国外脱出をやらかしているので多分もう皇国に行ってはいけないところをドアはくぐってないからセーフ方式でラーメンだけをドアのこちらに受け取って食べさせてもらうなどの蛮行を重ねた。暴食の意味で。

 どのラーメンもみんな違ってみんなよく、ミオドラグなどは皇国からきたラーメン屋のオヤジに教えられたチャーシューをさらに進化させていた。元なのか今もなのかは知らないが、錬金術師と言う変態的な属性がそうさせるのか。ミオドラグのあくなき研究と試行錯誤の結晶の、歯ごたえもあるのにトロトロのチャーシュー。訳解んないけど最高だった。

 そのチャーシューを大陸に持ち込みミオドラグに伝授したラーメン屋のオヤジも、故郷とは違う食材や調味料に振り回されつつ日々新しい味を模索する。私にはすでに大変おいしいとしか思えない味も、オヤジにはまだまだ伸びしろを感じるものらしい。

 また、ラーメン発祥の故郷たる皇国で父から受け継いだ店と味を守る息子の、伝統的な皇国ラーメンも長い時間に洗練されて言うことのない最高さだった。

 ラーメン、ああ、ラーメンよ。

 キミのためなら健康も、なんとなくちょっとだけしか気にはならない。

 念のため、体にいいお茶は飲んどきましょうね。

 こうして、マジメにがんばった自分へのごほうびとしてこれでもかとラーメンの海にざぶざぶひたった我々が、なぜなのかまるで解らないのだがまるで年齢と言う名のレベルが上がって行くのに連れてムリの利かなくなってきた中年特有の胃もたれであるかのような、謎の感覚に悩まされる内に異世界の春、五ノ月は終わろうとしていた。

 ラーメンを求めてあちらこちらを巡り行く時間は今の我々に必要だったと信じるが、ちょっと遊びすぎたのとなんとなく胃と体が重い感じがしてるのでその辺はまあまあ反省もしている。

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