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60 悪いやつら

 ムリだわー。

 親戚んちのイヌより絶対こいつのほうが力強いわー。

 全身すり下ろされるわー。

 これはムリだわー。と思っていたら、意外にもこのトロールはおとなしかった。

 鎖を持たされた瞬間にやばいと思い、とっさにホットケーキやヤジスフライをはさんだパンを次々に口へ詰め込んだからと言う気もする。シンプルな餌付けが功を奏した。

 レイニーは、ものすごく文句を言った。

 汚れ物を時間差で持ってくるのはやめろ。洗い物があるならいっぺんに出せ。主旨としてはそんな感じの、食器洗いがいつまでも終わらない人みたいだった。

 彼女は九人の奴隷を洗い終え、一息つく間もなく小汚い腰布一枚身に着けたトロールをこれでもかと洗浄するはめになった。トロールの鎖を離せない私も、一緒に洗浄魔法の余波を浴びた。わあきれい。

「それで、これからどうするつもりだ」

 この質問は、テオからされた。

 体感で言うと、午後三時を少しすぎたくらいだろうか。

 夕食にはまだ早すぎる時間だが、たもっちゃんは町の外の原っぱに土魔法でかまどをぼこぼこ造成していた。どうやらこれは、今日はここで野営の流れだ。

 テオの疑問は、まあ当然だ。

 いきなり奴隷を大量購入してしまい、なんの集団だかよく解らなくなっている。それに、こうなったそもそもの理由を彼は知らない。

 その辺りのことは、うちのメガネが料理しながら説明していた。

 王都を出てからのこと。主に選民の街でのこと。ついでにハーレム勇者との遭遇など。

「公爵さんには思いっ切り言い付けてあるから、後は偉い人が何とかしてくれるといいと思うんだ。けどさ、奴隷になっちゃった人はねー。死なれるとねー。困るよねー」

「ええ、困ります」

「本当に有難うございます」

 たもっちゃんの話に一点を見詰めてうなずいて、お礼を言うのはボロ布でできた貫頭衣姿の集団だ。八人の奴隷たちである。

 レイニーがこれでもかと洗浄し清潔にはなったが、粗末すぎる格好はそのままだ。奴隷である限り首輪はどうにもならないようだが、服くらいはもう少し人間らしくしたい。

 しかし、少なくとも今は、本人たちはそれどころではないようだ。彼らは一応お礼を言ったが、完全に気もそぞろと言う感じだ。

 貫頭衣の集団は、短い草の生えた原っぱにじっとしゃがみ込んでいた。そして火の入ったかまどを至近距離で取り囲み、調理中の食材を熱烈に見詰めるので忙しかった。

 全員のお腹が、結構な音量でぎゅるぎゅると鳴る。鳴り続ける。たもっちゃん、急いで。

「今度おもしろい事する時はおれも誘えと言ったのに」

 大体の事情を一緒に聞いて、テオが悔しげにぶつぶつとぼやく。でもその頃って多分、テオは実家で恐ろしいめにあっていたはずだ。どこにいても苦労する宿命とかあんのかな。

 対して、ちょっとほこらしげな空気を出すのはアーダルベルト公爵家の三人の騎士だ。

「公爵様がお力になるなら、間違いはないさ」

「我らも帰りに立ち寄ってみよう」

「しかし、よく連絡できたな。通信魔道具を持っていたのか?」

 口々にそんなことを言いながら、愛馬をねぎらうように世話をする。

 彼らはわざわざ町の宿を引き払い、預けた愛馬を連れて戻った。今夜はここで、一緒に野営するつもりのようだ。

 三頭の覇者馬は騎士の手でブラッシングなどをしてもらい、ふんふんと鼻息荒くどや顔だ。なんかすごいうれしそう。

 その騎士と馬の近くには、馬車が一台停車していた。王都からこの大森林の間際の町まで、我々を乗せてきたドラゴンの馬車だ。

 そこでは騎士と覇者馬同様に、ノラがドラゴンの世話をしている。はずだが、ちょっと様子が変だった。

 ノラは気配を消していた。

 ぱっと見は、大きな帽子をかぶった御者がピンクのドラゴンに抱き着いている。それだけだ。しかしその実、それだけであってそれだけでなかった。

 ノラは巨大なトカゲみたいな、しかしドラゴンとしては小さい体に顔面がめり込むくらいに密着させて、微動だにしない。

 この感じ、私はよく知っている。

 めり込んでるのがドラゴンだから解り難いが、もしこれがふとんなら誰でも一万回はやったことがあるはず。あるよね。……ないの?

 そんなばかな。

 ふとんに顔面をめり込ませ、あああああ! って叫ぶこととかしょっちゅうじゃない?

 学校から帰ってきたら完璧に隠していたはずの中学の時に作成した黒歴史ノートが机の上に開いた状態で置かれてた時とかにやったじゃん。これは私の話だけども。

 だから、魂で理解した。

 ノラは今、自分の存在自体を消し去ろうとしているのだと。

「えっ、なに? どうしたの? ノラ、騎士さんたちになんかされたの?」

「待て」

 一番近くにいたのは騎士たちだから、なんとなくそうかなって思っただけだ。根拠などは特にない。

 突然のぬれ衣に騎士たちがあわてるが、彼らがなにを言うより早くうちの天使が追い打ちを掛けた。

「まぁ。こんなに大人しい子に。まぁ。騎士ともあろう者が。まぁ。嘆かわしい」

「おまっ……お前……!」

 レイニーの頭は布にくるまれ表情は見えない。でも多分、悪魔みたいに楽しそうな顔をしていると思う。天使とはなんだったのか。

「ノラ、本当のことを言っていいんだよ。公爵さんに言い付けて、ちゃんと叱ってもらおうね」

「そうです、訴えましょう。コンプライアンスは大事です」

 うわー、なんだ。なんでだ。なんなんだとパニックになってる騎士たちを押しのけ、レイニーと二人でにやにや迫る。

 さあ、あることないこと言ってごらんよ。

 けれどもノラは、ドラゴンの首に抱き着いたまま泣きそうな顔を横に振る。

「違うんです……ボク、間違ってて……誤解して……ごめんなさい」

 まあ、そうだろうなとは思ってはいたが騎士たちは無実だったようだ。私が勝手にぬれ衣を着せた。

 彼女は、たどたどしく不器用に語った。

 見捨てたのだと思った。面倒から逃げたのだと思っていた。

 選民の街で、スラムに取り残された子供がいるのに。とりあえずの食料を与え、勇者たちに全部押し付けたのだと。

 相手は、昨日今日会ったばかりの子供だ。見捨てて当然なのかも知れない。

 主人であるヴァルター卿からは、できるだけ早く目的地まで送り届けろと命じられていたのもあった。

 仕方ないのかも知れない。

 理由があるのかも知れない。

 そう考えはしたが、納得できるものではなかった。

 でも、違った。誤解していた。

 今になって知った。旅立つ前に、あの街の現状は公爵に報告されていたのだ。

 不器用な言葉をよく聞いてまとめると、そんな感じのことだった。

「ごめんなさい。解らなくて。ひどいと思って。だからボク、さっさと送り届けてあの街に戻ろうって……」

 信じなかった自分の心をくやんでか、ノラは「通信魔道具で王都へ報告した上で奴隷になった人たちを探すために急いで街を去っただなんて!」と全部説明して涙を落とした。

「泣かせたぞ」

「泣かせたな」

「悪いやつらだな」

 話の流れで立場が逆転したのを知って、トリオ・ザ・漫才が我々を責める。トリオ・ザ・漫才じゃなくて三人の騎士だが。

「自分を責めるな。こいつらが変なんだ」

 そんなことをしみじみと言って、テオが深い実感と同情をにじませた。騎士たちはこれに、そうだそうだと力強く賛同を叫ぶ。

「通信魔道具なぞ携帯するのは、高位の貴族か任務中の軍人くらいのものだろう」

「言わなかったこいつらが悪い」

「坊主が気に病む事はない。元気出せ」

 確かに、非があることは否定できない。

 なにも説明しなかったせいで、内気な御者に闇をかかえさせてしまった。ごめん。しかし、なぜだ。完全に事実が捏造されている。

 これ、あれだな。ノラや騎士が王都に戻るより先に、通信魔道具とやらを手に入れて公爵さんと口裏合わせないとダメな流れだな。

 我々は通信魔道具を持っていないし、たもっちゃんが奴隷市場で選民の街の元住人を見付けたのは十中八九偶然だ。

 奴は今、スープの鍋をかきまぜながらやたらと真顔でキリッとしていた。あれを見れば解る。なにも考えてなかったのだと。

 しょげ返る御者を元気付けようとしてか、テオや騎士がノラの背中をばしばしと叩く。

 その気安い様子を見てると、どうやら彼らはノラが女子だと気付いていない。あとで知ってあわてるのだろう。浅はかなり。最初の頃の我々もそうだが。

 むしろ、初見で見破る勇者がおかしい。さすがだ。ハーレム主人公は女子に対するレベルが違うと改めて思った。

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