599 話し合う
そっかあ、アーダルベルト公爵はひどいのかあ。
――と、巨大魔獣の話題を聞き付けぞろぞろと王の執務室までくっ付いてきた集団が、おやつ片手になんだかピュアに黒いローブでわさわさうなずき根拠とかは特になくメガネと私が言ってるだけの認識をまるで事実のように吸収して行った。
「ひどい」
「ひどいなぁ」
「ねぇ……あれ、真に受けてない? 私、酷いって事になってない?」
自分の評判がちょっと心配になってきた公爵が、不安そうに見詰める先にはローブのせいでもはや個はなくひとかたまりの黒っぽい集団。
さらに、彼らもちゃっかり手を伸ばす繊細な細工が華やかな各種お菓子をもっしもっしと遠慮なくむさぼる金ちゃんと、小さき者に鷹揚な金ちゃんにおやつを分け与えられご相伴に預かるじゅげむ。あと普通にレイニーがいた。
そんな彼らに「あらあら、お客様がたくさん」などとおっとり笑うのは、先ほど大きなワゴンいっぱいの高貴な王城スイーツとそのワゴンを押し運び主の指示でどんどんおやつを配る侍女をともない現れた、完全にわくわくとした王妃様だった。
姿を見せるなり、王妃様は気品たっぷりにほほ笑んで言った。
「トロールもきていると聞きました。食べるものを用意しましたからね。安心してたくさん召し上がって頂戴」
それを聞き、私はうっすら思い出す。
王妃様は金ちゃんの、鷹揚なる心で捧げものは片っ端から残さずいただくフードファイトぶりがお気に入りだったと。
そうして私と、そこはかとない不安に襲われて「違うからね。そんな事ないからね」と軍議のためか執務室に置かれた広いテーブルを囲みつつ、少し離れた位置にいるわさわさとした黒ローブの集団に言い訳している公爵が、ついつい別の辺りに気を取られている間に王様とテオとメガネらは本題について話し合う。
王様は、広いテーブルにさっと広げた大きな地図を指でさす。
「ナッサーヴァルトはここだな。見ての通り、大森林はここ。間には他の領地が。距離もある。この地中を魔獣が掘り進んだとは……にわかに信じられるものではないが」
「でもそうなんで。仕方ないですね」
「王、私もタモツの言を信用します」
「そうか。アーダルベルトも言うのなら、そうだな」
「信用~!」
割と大事そうな話してたのに、たもっちゃんの合いの手で台なしと言うことだけは解った。
ただ、その叫びには共感もある。
たもっちゃんの雑な報告がまあまあの事実として扱われるのはアーダルベルト公爵の、これまで築いた信用が後ろ盾となっているからだ。
人様の信用を都合よく借りてしまって居心地の悪さも感じるが、助かる。公爵さんの顔を立て、なるべく変なことは言わないだけでなくしないようにしたい。手遅れ。
そんなことを考える内に、話は様々な確認へと移る。
「魔獣の種類はどうだ? すでに倒したものも含め報告して欲しい。被害は? 人的被害に加え、家屋や畜産物についても知りたい」
そう問いかける王様に、たもっちゃんとテオの二人が困った顔を見合わせた。
「正直、酷かったとしか覚えてないです。正確にはちょっと」
「申し訳ありません。自分も、詳しくは」
二人はナッサーヴァルトの兵士などと船に乗り領地にあふれた魔獣を追い掛け回していたが、そちらに掛かり切りになりほかのことは解らないらしい。
「あ、でも。多分……俺らも間に合わない事が多かったんですけど、負傷者はラファエルが……あの、治癒魔法で病気とか治す旅回りしてる人が、領主に呼ばれて一緒に行ってて、そのラファエルとか仲間の人とかがずっと頑張って治してました」
「あぁ、承知している。ナッサーヴァルト子爵の庇護を受けているのだったな」
たもっちゃんの説明はかなりざっくりしていたが、王様はちゃんと解ったようだ。ラファエルは国から勲章も受けているから、その印象があるのかも知れない。
「でも凄い大変そうでー、治癒魔法に使う魔道具とかどんどん消費しててー」
「それは、いかんな。――さて、城の備えに治癒支援の魔道具は幾つある?」
「は、常に二百は」
話の途中で急に王様に話を振られ、あわてて答えるのは錬金術師の中の一人だ。
手にしたおやつをもそもそと大事そうにかじっていたのが、急にしゃきっとそれっぽく答える。
錬金術師、お前やればできるんか。受け答え、なんやちゃんとしとるやないかい。
王様と王妃様の御前でもそもそおやつ食べてた時点でもう我々の同類ではあるのだが、変わった素材やめずらしい魔獣にはあはあするか、あれ見たいこれ見たいと注文を付けるか、それが叶わずひどいひどいとやいやい言ってる記憶しかなくてなんだかすごくびっくりしてしまった。
けれどもこのおどろきは、厳密にはあんまり正しくなかった。
正確に言うなら、錬金術師の集団の中にも比較的ちゃんとできる奴もいるだけだった。
そのほかの、自分が専門とする研究のことしか頭にない集団のほうは、もりもりと王妃様のおやつをいただきながらそれぞれが自分一人で話すみたいに口々に言い合う。
「治癒支援の魔道具、そんなにあったか?」
「備えなら。すぐに使えるのは……五十やそこらか」
「まずいな……」
「メンテナンスしとくか……」
なんとなく聞いてはいけない気のする数々の言葉が勝手に耳へ飛び込んでくるが、彼らはそんなことは気にもせず、おやつをくれた王妃様へ深々と、同時にそわそわしつつ一応の礼を取って急いで去った。
それでも黒ローブの半分ほどは、まだ王の執務室に残る。多分、専門が違うのだろう。
えらい人たちと男子らの会話もよく解んなくなってきて、もういいかと私もタイミングを見はからい王城の豪華なおやつのそばへとさり気ない合流を試みる。
これは、そうして私が黒い集団に侵食されつつあるほうへすすすと忍びよっている時に聞こえた。
「あら、あなたもずっと旅をしているの? 楽しそうね。でも、お勉強が大変かしら?」
まるで鈴の転がるような、王妃様の優しい声が向けられている相手はじゅげむだ。
じゅげむは金ちゃんから分け与えられ小さな両手にどんどんたまるお菓子の山を、崩さないよう慎重にじっと見詰めてバランスを取り声だけで王妃様の問いに答える。
「おべんきょうはみんなが見てくれます」
そのみんなには恐らく私も含まれて、全体的にはメガネやテオやレイニーなどのいつもの大人たちが大体のメンツだ。
しかし、この話題は地味に私の中の懸案事項だった。そのため思わず「それなあー!」と、勢いだけで横から会話にかぶり付く。
「たまにね、たまにね、公爵さんの所とか、クレブリの孤児院とかでお勉強にまぜてもらうんですけど、いつもじゃないし、私らも知ってることは教えられるけど知ってることだけだからかたよっちゃって、じゅげむの勉強遅らせてるなって思っててー。悩んでます」
王妃様のそばに控えたプロを極めた侍女の人からお皿を一枚お借りして、子供の両手でちょっとした山になっていたお菓子をそっくり移してそのままじゅげむの手に持たす。
今にも崩れそうだったお菓子の山を守りつつ私は、心に引っ掛かってはいたものの自分たちで勉強をよく見る以外に解決策が思い浮かばず、どうしたものかと悩むばかりでいたのだとついぼろぼろとこぼしてしまった。
例えばどこか、寄宿学校みたいなところにじゅげむを入れたり、それかクレブリの孤児院や公爵家でも頼めば、生活の拠点をそちらに置く形でも預かってはくれると思う。
でも、それはできればしたくない。
これはなんとなくそう感じると言うだけのことだが、じゅげむ、置いて行かれるのを恐れているようなところがあった。
たまに留守番してもらうこともあるが、あれはムリをしてくれているのだと思う。用事を終えて合流すると、ほっとするのが解るのだ。大人としての責任を感じる。
ほがらかに優しい王妃様の空気に甘え、私が吐露してしまっているのは最初の辺りだけ。私の思うじゅげむの心情は、肌で感じると言うだけなので今は口にしていない。
しかし、なぜだろう。王妃様はそれだけで、さらりと簡単に最適解を示した。
「離れていると、毎日授業を受けている子と同じとは行かないものね。……そうだわ。家庭教師を雇えばよいのではないかしら?」
高貴な貴婦人は小動物めいて優しげな、ふんわり輝く顔面をおっとりこてんと傾ける。
えっ、家庭教師ならなんとかなるものなの? と私が前のめりになったのと、王のため重厚に整えられた執務室の扉がどぱんと開かれたのはほとんど同じタイミングだった。
「お母様! ジュゲムとキン=チャンに会う時は誘ってくださるはずではありませんか!」
大きめのお肉をたずさえた、武者姫だった。




