598 全然いっぱい
まだ大変な状況ながらに我々の離脱を可能とした、勇者の波及効果について。
「そう……。凄いね、勇者は……」
公爵の、なんとかフォローしようとして失敗してるコメントにどうしてか悲哀がにじみ出てる気がした。
ブルーメのえらい人たちになんとなく共通の、勇者の素行に対する信用のなさ。
やっぱそうよねと変な安心感がある。
それで結局、話を戻すとヴァルター卿のご子息のラーヴァ伯爵がどうして親切にしてくれたのか、公爵にもはっきりとは解らないそうだ。
なのでこれは仕方なく。
そう、ええーもういいじゃん親切にしてくれるぶんには。と億劫がるメガネを、でも真意はともかく街にいる時にご子息の命を受けた隠密が我々を見守ってるかどうかだけでも知りたいだろ。ほら。うっかりレジ前で小銭ぶちまけてこの世の終わりみたいな顔してた我々のことをそっと遠くから見られてたのかだけでも。などと、あふれる説得力で押し切って、大体の感じでガン見して判明したことになる。
たもっちゃんはざっくりと語った。
「何かねぇ、あれよ。ラーヴァ伯爵。ヴァルター卿から、恩もあるし、これからも何があるか解らないから貸しを作るチャンスがあるなら作っとけーって言われてるみたい。お父さんの言うこと律儀に聞いてて偉いよね。それでね、伯爵の命って訳でもなくてね。いや王都とかでは発見次第逐一報告が行くようになってるみたいなんだけど、それはそれとしてね。隠密。いつでもどこでも俺らの事は大体注意深くマークしてるみたい」
「どうして」
思ったより全然いっぱいなんか出てきた。
まず、主に我々みんな大好きヴァルター卿、の、ご子息たるラーヴァ伯爵について。
レストランの入り口で困ってたところにすぐきた辺り、やっぱこっそり我々のことをうかがっている感じのようだ。実際きたのは本人じゃないし、お父さんに言われたから一応なのかも知れないが。
そしてその部下だったり、または部下ではなかったり、どちらにしてもとにかく隠密の一族に属する人達もまた別口で我々をマークしているらしい。
なにそれ。
私などは一般市民すぎるのでそんなドン引きの所感しかないが、こっそりとしたガン見のあとでガン見したとは明言せずにもにょもにょとこんな感じっになってるっぽいすと話を聞かされた公爵とテオは、ああ……まあ、それはね……。まあね……。みたいな。
もう隠す気もないと言った様子で、「知ってた」とばかりのリアクションを見せた。
「だって君達、滅茶苦茶だから……」
「いつ何をやらかすか、目を離せないのも解る……」
アーダルベルト公爵とテオ。
グッドルッキング共の完全一致。
彼らはこの異世界で常識的な意味において我々の最後の良心なので、二人が口をそろえてそう言うんだったらまあ多分そうなのかなと思わなくもない。多分。多分ね。
ちなみに、この会話をしたのは王都に戻った翌日の朝だ。
こんなことがあったんす、と公爵に話を聞いてもらってお茶をして、夜ごはんをごちそうになり、じゅげむが一生懸命作りましたともじもじとローバストで作った小さなステンドグラスを配り歩いて大人の情緒を破裂させ、お屋敷の客室でお泊りとなった。
そして翌朝。今である。
広く豪華な食堂でやいのやいのと雑談しつつ一緒に朝食をいただいて、長い机のお誕生席に着いた公爵が自分の膝から白いテーブルナプキンを取り上げて食器の横に置いて立ち上がる。
「では、準備ができたら出発しようか」
今日は公爵の引率で、王城へ行くことになっていた。
ナッサーヴァルトのなんか知らんけど魔獣いっぱい大変事件は領主たる子爵も言っていた通り、窮状が王へと訴えられている。
魔獣の被害は王城でも優先度の高い懸案で、だから昨日までそこにいてこの目で見てきた我々も王様に報告に行ったほうがいいとのことだ。
いやーでも素人の話なんか役に立たないですよとあんまり気にしてなかった我々を、「駄目。行くよ」ときっぱり押し切ったのは公爵なので恐らくそう言うものなのだろう。
仕方ない。のかも知れない。けれども。
「そうは言っても正直めんどい……」
お城に行くってだけでなんかこう、あまりにもお腹の辺りが重たくなりすぎるものがある。いや今までも行ったことはあるのだが、連行されるか勢い任せでわあわあ言ってることが多かったのと、大体はあちらの用がある時だった。こちらからなんか言いに行くのはちょっと、気の重さが違うってゆーか。
お皿に残った朝食を執拗に口に詰め込む合間にぼろぼろと本心をこぼして行く私に、公爵は「解るよ」と一旦おっとり理解を示し、それから「でも」と困ったような顔をする。
「王も、ナッサーヴァルト領の状態を気に掛けておられる。それこそ勇者を現地へやる程に。お陰で王城でも緊張感を持った話題とされて、どんな情報でも欲しいと言うのが正直なところだね。しかも、君達は現場を見てきただけでなく、元凶と思しき魔獣を恩寵スキルで活動不可能な状態に追い込んでいる訳だろう? 今は領主が事実確認をしているところだとしても、いや、だからこそ今のうちに自分から言っておかないと、王都にいながら申告もせず、どうして黙っていたのかと。結局あとから面倒な話になると思うなぁ、私」
「あっ、行きましょ。すぐ。すぐ行きましょ」
割と長めのセリフで説明してくれた公爵に、説得しようとか、意見を押し付けようとするようなところはなかったと思う。
公爵にはウソが通用しないがゆえに世の中の闇に精通した貴族みたいな部分があって、表面を装うのがうまいだけって可能性もある。
でも私にはただただ他意なく事実を並べているだけに思えたし、それに、我々の保護者たる公爵がここまで言うなら一応聞いとこ。と言った気持ちにもなった。
公爵の処世術に間違いなどないのだ。
ここで心底面倒がってよそから変な感じで報告が上がってなにかがねじれてこちらに都合の悪い話になったらめんどいし、だったら先んじて自分から素直に「我々! やりました!」と張り切って申告に行っといたほうがよさそうな気がする。なにがどうねじれるのかは解らんが、貴族社会は恐いと聞きます。
こうして、よう解らんけどとにかく行っとこ。と、我々は神妙にうなずき合って朝一番に王城へと向かった。
公爵が昨夜の内に急ぎで手紙を送っていてくれたらしく、王へのアポイントはちゃんと取られていたようだ。
逆に言うとそのために、我々は王様に会うより先にまず美しく飾られ手入れの行き届いた王城の、割と入り口に近い辺りで黒いローブの専門家集団に囲まれてしまった。
「今度は凶悪な巨大魔獣を固めたとか?」
「持ってないのか。持って帰ってないのか」
「なぜだ。持ってこい」
「今からでもいい。持ってこい。工房に飾ろう。工房に入らないなら工房から見える場所に設置すればいい」
思い付くままわがままに、黒ローブの集団が口々に我々の全方位からやいやい騒ぐ。
「えぇ……無茶をおっしゃる……」
「ねえ、その情報あれなの? もうだいぶ共有されてんの?」
我々、これから王様に一応話に行くとこなんだけど、それもう大体全部伝わってない?
錬金術師の集団が主にメガネや私に浴び掛ける注文に、そんな疑問がチラリと浮かぶ。
なぜチラリなのかと言うと、自分の言いたいことだけと自分の希望を強めに押し付けこっちの話はあんまり聞いてない集団に、思わず高い天井を仰いで「うるせえ~!」と心からの叫びを上げるのに忙しく、すぐに気が散ってしまったからだ。
割と大事なことでもすぐに、どっかへやっちゃうの本当によくない。
で、案の定。
チラッと頭に浮かんだ通り、振り切るのに失敗した錬金術師の黒っぽい集団をぞろぞろ連れて会いに行った王様は大体全部知っていた。
「うん。アーダルベルトが書いて寄越したからね」
「公爵さん……」
「えぇ……? 私が悪いの……?」
たもっちゃんと私から残念な目を向けられて、公爵はなにか間違ったかと一瞬自信をなくしたように表情を揺らした。
でも多分公爵さんは悪くない。
王様は国で一番えらい人だし多忙だし、昨日の今日でアポを取るため大体のことを手紙にしたため知らせる必要があったのだ。
ただ、だとしたら報告、もうそれでよかったんとちゃうやろか。あとあれ。もうすでにネタバレされていて、新鮮さを失った話題をもう一回はきつい。
「トークはぁ、鮮度が命だからぁ」
「解る。たもっちゃん、私もそう思う」
なのにひどいとメガネと私に責められて、アーダルベルト公爵は淡紅の瞳に戸惑いの色をにじませた。
「いや……魔獣被害の報告に娯楽性はいらないから……」




