597 ちょっといいとこ
プロ農家の焼くやわらかいパンで胃袋と労働意欲を目覚めさせ、朝から農園のお仕事をちょっとだけお手伝いして農作物のおみやげを持たされた我々。
柴犬サイズの白いニワトリの、ボス的なトウドリとがっぷり朝稽古にいそしんでいた金ちゃんと、そんな金ちゃんを「鳥なんかと遊んじゃってトロールもかわいいとこあるね」とか言って年長の余裕みたいなものを垣間見せながら最終的にはそこそこのエキサイティングさでニワトリたちを追い掛け回していたフェネさんを、もう終わり! 狩らない! これ王様の鳥! 食べないよ! などと必死でわあわあ言って回収し、王のための農園のある郊外的な所から王都へと隠匿魔法で包んだ船で到着したのは昼頃だった。
ブルーメの花の都たる、石とレンガと漆喰でできた西洋ふうの大都市に足を踏み入れて、たもっちゃんが振り返る。
「ねぇ、たまにはちょっといいとこでご飯食べたくない?」
その顔は、見ているこちらがびっくりするほどキリッとしていた。
「俺、ここのところ頑張った気がする。自分にご褒美って、必要だと思う」
それにね。いっつもいきなり行ってね。急にごはんごちそうになるのも悪いですしね。公爵さんのお宅で。
たもっちゃんはマジでそれは心底そうと同意せざるを得ない理由をどんどん並べ、前から気になっていたと言うお高めのレストランへといそいそと向かう。
で、今。
とても真っ当に入店拒否されていた。
「トロールと、動物はちょっと……」
「それは……確かに……」
恐らく格式高い、建物自体もなんとなく品よくでも華美ではない上品さをかもし出すレストラン。
その入り口でギャルソン的な、白いシャツに黒ベスト、黒いズボンに白く清潔な前掛けを腰に巻いた男性が困り顔で、しかし絶対にここは通さぬと言った様子で我々の前に立ちはだかった。
その理由は前述の通り。
あまりにも仕方なさすぎて、たもっちゃんを始めテオや私やレイニーに加え、じゅげむまでもがこくこくうなずいてしまったほどだった。
あと金ちゃんはなんか、図星を突かれておろおろたじろぐ人間をよそに、やはりおいしいにおいがするのかその辺で建物と建物の間のすき間にギリギリ頭を突っんでどうにか通ろうと四苦八苦していた。これは私のただの勘だが、多分あの先にお店の厨房があるのだと思う。
テオにがっちり捕まえられたフェネさんが、我ならにおいの元を突き止められるとぐねんぐねんに全身をよじって暴れたものの、テオは絶対に手をゆるめなかった。えらい。
そう言えば、ローバストの街でラファエルと同じ宿に泊まった時は普通に泊めてもらえてたなあ。結構いい宿だったのに。
あれは我々と縁の浅からぬローバストだったからなのか、それとも男装の聖女一行の連れみたいな感じでぬるっと入り込んだからなのか。
今さらながら、無意識のゴリ押しで困らせてなかったか心配だ。
ちょっと高めの飲食店で突き付けられた現実に、直近のもしかすると大丈夫ではなかったかも知れない案件の記憶がずるずるよみがえる。心配。
まあそれは別に今は関係ないのだが、こちらの世界でも一般的にトロールの入店は断られてしまう場合が多かった。
まあまあ雑な印象の、冒険者ギルドでも基本お断りされてしまうのだ。これは店って言うか、ギルドの宿泊施設の話だが。
そんな前例についても思い出し、こりゃーダメだなと私はほぼあきらめた気持ちでギャルソン的なお店の人にすがり付くメガネの悲しい背中をぼんやりと見ていた。
と、お店の入り口にぞろぞろとたむろし、そちらを向いている我々の背後。通りのほうから人がきて、「失礼」と声を掛けられた。
あっ、我々ジャマですね。
瞬間的に理解して、私はささっと場所を空け背後の紳士に道を譲った。
「すいません。どうぞ」
しかし、その人物はそこから動かず、代わりに一通の封筒を差し出した。
「チームミトコーモンの皆様っすね」
お前どうした。
我々に実装された言語を自動翻訳するあれのかね合いのせいで、もはや親しみすら覚えてしまう体育会系を思わせるそのしゃべりかた。隠密じゃねえか。
そんな思いであふれてしまい、ついお前なんだよみたいな気持ちになったが、実際にその手紙を持って現れた男が我々の知り合いだったかは解らない。
隠密は大体いつも高度に繊細なお仕事中なので、隠匿魔法を展開していて顔も解らなければ印象にも残らないようになっているのだ。やだー、有能。一部を除く。
そうしてなぜかしゅしゅっと現れ我々に一通、それからお店の入り口ですきのないディフェンスに徹していたギャルソン的な人にもう一通の手紙を渡し、さらにその耳元に顔をよせこそこそとなにかを囁き素早く去った。隠密のスピード感、すごい。
だから、どう考えてもその手紙と耳打ちのせいだった。
それからすぐに我々は、ギャルソンに呼ばれてあわてて出てきた支配人に案内されてなんかすごい部屋に通されやたらと大きく綺麗なお皿の真ん中にちょこちょこ乗った、よく解らんがとにかくエレガントにあふれたコース料理をいただけることになる。
金ちゃんとフェネさんのことは大丈夫なのかとほのかな不安もあるにはあったが、フェネさんは毛とか落とさないタイプなのでと支配人に念入りに強調して予防線を張り、金ちゃんには備蓄の惣菜パン的なものを山積みにして鎮まりたまえとお願いしておいたのでセーフなのだ。
ただレストランに食べ物を持ち込んでしまってるので、厳密にはセーフではなかったかも知れない。
「それでぇ、その時にもらった手紙がこれなんですけど。差出人がね、ラーヴァ伯爵っつって」
たもっちゃんがぴかぴかに磨かれたテーブルに、そっと置いた封筒を蜜色のしたたるように輝く頭が覗き込む。
「うーん、それはまぁ。ヴァルター卿のご子息だねぇ」
そうしてすでに割られた封蝋の紋章めいた刻印を確かめ、おっとりうなずき答えているのはアーダルベルト公爵だった。
我々はレストランでの昼食を終え、公爵家へと移動している。
我々に高級レストランでの食事を可能とさせたのは、明らかに途中で颯爽と現れた隠密と彼の持ってきた手紙が理由でしかない。
もう一通のこちらに渡された手紙に、そのレストランでおすすめの料理と「楽しんで」と書いてあったことから見ても、どうやら差出人であるヴァルター卿のご子息、ラーヴァ伯爵が手を回してくれたらしいのだ。
なぜそんなことをしたのか?
て言うか、そもそもなぜ我々があの時あの場所で困っていると知ったのか。
謎は深まるばかりのような、相手がヴァルター卿のご子息なのと現場に現れたのが隠密ってだけでも、確証はないけどなんとなく「そう言うこともなくはないやろ」みたいな感じで納得してしまっている自分もいる。
入ってみたかったお店で食事できてうれしかったけど、なんでなのか解んなくってえ……。と、相談のような、ただ聞いて欲しいだけみたいにめそめそ訴えるメガネに対し、アーダルベルト公爵はどこか涼やかな淡紅の瞳を笑ませて逆に問い掛ける。
「それで? おいしかったかい?」
質問されてやっと初めてまだ感想を伝えてなかったと気が付いて、たもっちゃんとついでに私はそれぞれこくこく赤べこのように何度もうなずいた。
「高級な味がしました」
「いいお部屋に通されて、なんかそう言うアクティビティみたいでした」
高級レストランのお食事、味って言うか、もはや体感。
公爵家の料理も決して負けてはないのだが、我々の中ではすっかり実家で特別感がないって言うか。なにを言ってるんだ私は。
あれだな。完全に感覚がマヒしてんなこれ。
アーダルベルト公爵は表情豊かに、とても興味があると言わんばかりの様子で、少なくともそう思わせる言動で、我々の話の要所要所でうまいこと、そうなの? いつから? へえ、どうして? などと合いの手を入れ、近況を大体全部聞き出した。
これはそうして一通り、我々から供述を引き出してから公爵が述べた感想だ。
「ナッサーヴァルト子爵も、よく手放してくれたね。大物はいくらか倒しても、領地には魔獣があふれる状況だろう?」
「あ、それは何か。勇者きたんで。勇者と会いたくないのはしょうがないって」
もちろん勇者は勇者なので、魔獣もなんとかしてくれるやろとの雑な信頼もある。でもあれよ。聖女とバレたら勇者がやばいとラファエルに男装を勧めたことからも、子爵はなんか、勇者に対する危機感の理解がやたらとものすごく深いのだ。




