595 きた
大体の感じで思ったより、男装聖女が闇深い。
ちょっと恐かった。
あとなんか。そう言ったプライベートな過去のことまで口滑らすの、疲れのピーク感がある。
そっかあ、それは大変だったねえ。などと当たり障りないセリフでごまかしながら疲労困憊のラファエルをとにかく我々の客室に押し込んで、水あめを練っている時から虚無のようにそこにいたレイニーに頼んでシーツも枕もなにもかも洗浄魔法で清めたベッドにうまいこと乗せた。
「どうする? 寝入るまでレイニーになんか神話的なお話でもしてもらう? たまにおもしろくて逆に寝れない時あるけど」
「神の所業は偉大ですからね。人の子が圧倒されるのも仕様のない事」
……いや、神話って割とゴシップにあふれてておもしろいって意味だが……。レイニーが我が意を得たり顔でご機嫌なので、これはちょっと黙っておこう。
そうこうしつつ、まだ起きるう、緊急性はないけど患者のとこ行くう。と意識高くごねる男装の聖女をまあまあとなだめすかして体にいいお茶をちょびちょび飲ませ、どうにか寝かそうとする私の姿にこれあかんやつかと察したじゅげむが「ごはんはたべられるときにたべないとだめだし、ねれるときにねないとだめなんだよ」と真剣に説得。
復讐を原動力として、ワーカーホリックをわずらうラファエルをしぶしぶ横にさせることに成功した。
まあ強引なのはいなめないのでこれで本当に眠れるかは微妙だが、寝れんでも横になっとるだけでもちゃうやろと我々はドアで続いた隣の部屋に移動。今日はじゅげむとレイニーと私からしかよく練った水あめの半分を捧げられず不満だった金ちゃんに、なんらかの食べものを私の頭と言うボタンスイッチを連打して要求されていた時だった。
このナッサーヴァルトの領主のもとで大事っぽい会議に参加していたはずの男子らが、わっちゃわちゃしながら飛び込んできた。
なにやらはわわとした表情で、ノックもなしにドアを開いて入ってきたのはメガネやテオやテオにくっ付いたフェネさん。それからラファエルを信奉し、その活動を陰ひなたなく常に支える熱意ある同志のおっさんだった。
おっさんについてはどうして一緒にと不思議だが、それより。
彼らが若干、特に足全体が湿っているのがものすごく気になる。
けれども、その理由はすぐに解った。
ピューン、ピューンとか細く憐れげな、しかし絶妙に気になる音階で鳴き声を上げる謎生物のウールザにまとわり付かれていたからだ。ウールザは陸にも上がれるが基本水の生物なので、大体いっつもびちゃびちゃなのだ。
ウールザは足が小さく陸での移動が苦手だそうだ。歩くのも遅く、だから本気で振り切ろうと思ったら全然難しくはない。
むしろ、なんでどっかに置いてこねえのと問うた私にメガネがキレて「こんな一生懸命に慕って追い掛けてくる生物をないがしろにはできないでしょうが!」と激しめの口調で言う辺り、ウールザのぽてぽてとした歩調に合わせてゆっくり歩いてきた疑惑すらある。
「そんで? みんなそろってどうしたの?」
私としては、会議はどうした。くらいの気持ちで軽く聞いただけだった。
しかし、たもっちゃんのリアクションは違った。
はっと息を飲むように、同時に、なんで自分がここまできたのか忘れていたのをごかますように。
完全になついたウールザの小さめのカバほどもあるぼよぼよの体をすり付けられて、誰よりも湿り気を帯びたメガネは一転して陰鬱な、憂い深い顔を作った。
「リコ、聞いて。大変」
「いやさっきから聞いてんだよこっちは」
まるで私が全然人の話を聞いてないかのような言い草に、つい口をはさんだが恐らくそれはメガネの心構えに必要な前置きだったのだと思う。
そして一拍の間を空けて、たもっちゃんは思い切るようにその決定的な言葉を吐いた。
「何かね、勇者きちゃった」
大変だった。
光属性のハーレム勇者は、我々の宿敵と言うべき存在である。
我々が魔王軍に属しているとかそう言うことでは全然なくて、ただ人として。ひたすらに相容れぬと言う意味で。
苦手なものの前で心が固く閉じてしまう陰キャと、自分が大丈夫なものは誰でも大丈夫だと思いがちの陽キャには越えられない壁と谷があるのだ。
陰キャが陰キャをこじらせて人類に感じ悪すぎるパターンもよくあり、また陽キャもウェイウェウィして見えて実はムリしてるタイプもいるので場合にもよります。
ウールザになつかれびちゃびちゃの、たもっちゃんに告げられたその報はだから、私にもそれなりの衝撃を与えた。
大変だ。
なんか解らんけど、勇者がきたとなるとこう、なんて言うの。大変だ。
「たもっちゃん、どうしよう……。ご当地のちょっと地味で一生懸命で才能はあるのに地方ではイマイチ活かしようがないスキルで普段は役に立たないせいで周りから浮いてて自信ない系の、しかしよく見たら不自然なほどの美少女キャラが無自覚に口説いてくるハーレム勇者の毒牙に掛かってしまう……」
「リコ、リコ、解るけど。リコ。ハーレム勇者、だいぶそう言うとこあるけど。でもそうじゃない勇者もいるからちょっと自重しよう」
たもっちゃんは、勇者の肩書きでハーレムを我が物とする主人公キャラへの誹謗中傷をあまりにも早口の長文でくり出す私をたしなめて、各方面への配慮にあふれるフォローを入れた。それはそう。紳士たれ。
そしてメガネがウールザの水風船みたいな体をぶるんぶるんとなで回し、はちゃめちゃに悩ましげな表情で「それでね、勇者に会うとややこしいからさ。早めに逃げようかなって思っててー」などと言っているところへ。
いきなり、けれどもそっと部屋の扉を開き、丸っこい体を素早く滑り込ませてきたのはこの城の主。深海魚顔のナッサーヴァルト子爵その人だ。やはりノックはなかった。
「ここに集まっていたか。……ん? ラファエルはどうした?」
背中で扉を静かに閉めて、ほっと息を吐いた子爵がすぐに顔を向けて問うた相手はその男装聖女の同志であるおっさんだ。
そう言えばおっさんがメガネたちと一緒にきたのが不思議で、でも不思議に思ったままにしていた。この疑問についてはおっさんが、子爵の問いに答えることで同時に解ける。
「こちらで隠して頂いております」
「あ、それできたんだ」
なるほどね。
なんでここで、正確にはここと一続きの隣室で、ラファエルが休んでいることをおっさんが知っていたのかまでは解らんが、それで様子を見にきたようだ。
子爵も「ならば安心」と何度もうなずき、客室に備えた木のイスにどしりと座って上半身を思い切り伏せ、「ふうー!」と肺の空気を全部抜くみたいに大げさなほどの息を吐く。
「王城に窮状を訴えたのはわたしだが……勇者がくるとは……!」
そう言えば、勇者に興味を持たれてはいけないとラファエルに男装させてんのこの人だったな……。
我々も勇者は得意でないと言うことに加え、我々が我々であることや我々がチームミトコーモンであることにギリギリ気付いてない勇者一行にこれ以上情報を与えてはいけないみたいな危機感がある。
あれとこれとそれとあれがつながって、なんとなく面倒な話になるような気がするのだ。
なにがどう面倒になるのかはよく解らないので、大体の感じで言ってるが。
そのため。ブルーメの勇者に対してかたよった、そして割と外れてなくもないよくないイメージを持っているナッサーヴァルト領主たる子爵の全面的な理解を得た上で、我々はこっそり素早く逃げるようにしてこの地を去ることになった。
領地にはまだ水脈を通って出てきた魔獣が残っているとのことだが、その辺は勇者さんたちがなんとかしてくれるのだ。多分。
しかし、我々がそんな話をひそひそする内に「何事……?」と起きてきたもそもそのラファエルは若干ぼーっとしながらもまだ負傷者が多いと強く主張し領地に留まることになったし、懸案事項はそれだけではない。
「魔獣討伐の確認が取れれば報奨金を支払わねばならん。万能薬を始めとした薬の代価もだ。しかし……すぐには、とても払えない」
もじゃもじゃとヒゲを生やしたアゴいっぱいに大きな口で真一文字をぎゅっと描き、ナッサーヴァルト領主は苦々しく言った。
子爵は今、多額の支払いをかかえていた。
被害も多く我々への負債だけでもないのだろうが、それだけでも結構な額だ。
これをすぐ、一度に支払うのは難しい。
うっかりトゲごとウニを頬張ってしまったアンコウみたいに苦い顔の領主に、主に支払いを受ける側であるメガネは「俺は現金じゃなくて肉がいいです! 畜産業回復してきた頃に、ちょっとずつ肉で払って欲しいです! ……あっ……でも、こいつらは……こいつらだけは……!」と、ぶよぶよしめったウールザにしがみ付き、提案と打算と懇願をいっぺんに押し出し子爵から了承を取り付けた。




