594 大抵は草
我々も、やれるだけはやった。
私の場合はそのやれることが非常に限られ大抵は草をむしるくらいだが、今回は体を張って餌まで務めて本当にえらかったなと思う。
しかし、そのぶん反動もなかなかだ。
全身のやる気をなにもかも使い果たしてしまった気がする。もしかすると反動でもなんでもなくて、ただの通常営業って可能性も高い。が、とにかく私はダレていた。
朝早くから出現予定の巨大魔獣を巻きに行き、午前の内に巻き終えた。それからわあわあぶーぶー言って、空飛ぶ船で領主の城に戻ってきたのはまだお昼前のこと。
今は慎重に事実を確認したいナッサーヴァルト子爵に「いや俺ちゃんとやりましたって!」と、やいやい言って付きまとうメガネや高ランク冒険者としての信用でテオが、テオの肩で毛皮の襟巻きに擬態するフェネさんと共に領主とその部下の緊急会議に参加して、なにやら色々と話し合っているようだ。
私は参加してもしなくても大丈夫だったらしいので、積極的に辞退した。
この土地に魔獣を呼び込んだ、それか道案内した巨大魔獣はもう動きを止めている。これ以上なにをすればいいのか解らなかったし、なによりお昼が近かった。
男子たちについては全然戻ってこねえなとか言いつつほっといて、アイテムボックスに備蓄した軽食をレイニーやじゅげむや金ちゃんともそもそいただき昼食とする。
そしてだらけた心と持て余した時間で、すっかり避難場所となっている領主の城のあちらこちらでヒマそうにしている地元の子供を人族獣族ごちゃまぜに集めて各地で子供を懐柔するため甘味ダンジョンでむしっておいた草由来の水あめを、真っ白になるまでよく練って食べるのが至高なり。と、自分の趣味嗜好にかたよった先入観を子供の純真な心に植え付けるだけのお仕事をしていた。
「こう? こうするの?」
「あー! おちる!」
「あのね、ゆっくりするとおちるから、はやくねりねりするといいんだよ。でもわーってしてもおちるから、ちょっとゆっくりじゃないとだめなんだよ」
「なにそれ!」
助手はじゅげむ。監督は金ちゃんである。
じゅげむは水あめや割り箸的な二本の棒との初遭遇に翻弄される子供らに、水あめをうまく練るための極意をおしみなく伝え、逆に混乱を生み出していた。
ゆっくり早くって訳解んねえよと地元の子供がわあわあ言うが、マジでそうとしか言えない技術がそこにある。
最初は戸惑いとじれったさいっぱいだった子供らも、しばらくすると二本の棒に絡ませた水あめを落とさずよく練るコツをつかんだ。
そして白くなるまでがんばって練ったその水あめの、口に含んですぐにくるダイレクトかつ優しい甘味にしびびと震えた。
これだけでも悪い遊びを教えた大人の気持ちで楽しいのだが、じゅげむも指導者サイドから自ら育てた教え子の成長を「よくぞここまで」みたいな感じで満足げに見てるのがやたらとほほ笑ましくて最高だった。
爽やかイケメン然とした、男装聖女のラファエルが私の前にやってきたのはそんなさなかのことである。
「あ、ラファエルさま」
まだツノを持たない幼げな、黒毛のつややかなウシ的な獣族の子供が最初に気付き、ぱっと顔を輝かす。本当に、ちょっと毛づやもよくなった気がする。
それでほかの子も気が付いて、幼い声で次々にその名や挨拶を投げ掛けた。
ラファエルはナッサーヴァルトの領主から庇護を受けていて、それもあってかこの領地ではかなり人気があるようだ。
その本人はナッサーヴァルトに着いてからいつも忙しそうにして、さすがに疲れの色が濃い。そもそもの負傷者も多かったのに、新しい患者がいくらでも運び込まれてくるのだ。
だから患者の所へ急ぐのでもなくふらふらしているのはめずらしい。子供らはその時間に余裕ありげな雰囲気を見逃さず、ラファエルを囲み、見て見て練った! と食べ掛けか、もはや割り箸しか残っていない水あめの残骸をよってたかって我も我もと見せ付ける。
よだれでべろべろの割り箸をずいずい突き付けられるイケメン、シュール。
「どうしたの? 休憩? 水あめ食べる?」
「いや、僕は……」
私も時間あるならよって行けよと水あめの草と割り箸セットを差し出すと、ラファエルは多分、反射的に遠慮の言葉を述べようとした。でもすぐに声を途切れさせ、とつ、としたように一度口を閉じる。
どうしてか、思い直したようだ。
「じゃあ……やっぱりもらおうかな」
そう言って、私の隣に腰を下ろした。
我々は水あめをよく練る秘密結社なので、領主の城のあんまり人の通らない辺りにこそこそ適当にたむろしている。そのためイスやベンチなどはなく、座っているのは黄土の石を敷き詰めた床だ。
ラファエルはそこへ気取りなく、行儀悪さなんて知らないとばかりに仲間に入る。
そんな、憧れのイケメンがチラリと見せたいたずらっぽい無邪気さに、てきめんにやられたのは子供らだ。うれしさで爆発しそうにそわそわと、ついさっき習得したばかりの水あめの極意を口々にわあわあ伝授した。
ラファエルが私たちをわざわざ探し、話をするつもりできたらしいと知ったのは少しのち。
子供らが水あめとレアなラファエルを囲む会に満足し、新しい遊びを始めて散り散りに去ってからだった。
「あなた方が、魔獣の暴走を――その大元の魔獣を止めたと聞いた」
「いや、止めたって言うか……」
そう言うとばちくそごりごりにやりあって勝つか、ギリギリしりぞけたみたいなニュアンスを感じる。
だからなんかそれは違う気が……と思ったが、いや、止めたのか。茨で巻いて、時間ごと。
なるほどね。うまいこと言う。
よく考えたらラファエルも多分、茨のスキルで生き物を巻くと動きだけでなく時間の経過も抑制するとは知るはずもなく、別にうまいこと言った訳ではなかったと思う。
ただこの時はそこまで考えなくて、なんとなく素直に感心してしまった。
恐らく、その微妙な間がよくなかった。
ラファエルはこの沈黙を肯定と取った。
「感謝する。あなた方がいなければどうなっていたか。……僕は、役に立てなかった」
吐き出すように、泣きわめきたいのに涙の流しかたすら知らないみたいに。
男の衣装に身を包み、いつだってうさんくさいほど優しげな聖女は苦しみを含んだ言葉を唇からこぼす。
「いや、治療してたじゃん」
「そんなの! ……それだけだ。治しても治しても、領民や彼らを守ろうとした兵士が傷を負って運ばれてくる。無力だ……」
「それ絶対違うと思うけど、ラファエルあれじゃない? やっぱ疲れてんじゃない?」
地べたに座り、うつむき顔を陰らせる聖女は見た感じから精彩を欠く。いつものあのいかがわしさはどうしたのかと心配なほどだ。
ラファエルの首元や手には装飾品がじゃらじゃらとあったが、今はその数が減っていた。
たもっちゃんの解説によると、これらはただのアクセサリーではない。その多くが、治癒魔法の効率を上げる魔道具だそうだ。
魔道具は、使えば使うほど消耗が進む。魔力の消費や破損などのトラブルで職人のメンテナンスが必要になるか、廃棄せざるを得ない場合もあると言う。
道具ですらそうなのだ。
それらを使い効果を底上げしていても、結局は自らの魔法で患者を癒しているのに変わりない。ラファエルもまた消耗していて当然だった。
「ラファエルさあ、寝な? あれでしょ? たもっちゃんも万能薬とか出してんでしょ? ちょっとの間そっちに治療任せてさ、寝れるだけ寝な。どうしてもって時だけ呼んでもらお。あ、お茶飲む? 体にいいやつ。飲むよね。飲んで」
さっきから暗いことしか言わねえし、さすがに心配になってきて思わず我が心のおばあちゃんが荒ぶってしまう。
「病気とかケガとかをさあ、治して回るって大変なことだよ。しかも無償で。善行じゃん。逆に恐いくらいの。今はなんか落ち込んでんのかも知んないけども。自分のこと悪く言うことないじゃないすかね」
「僕は、そんな立派なものじゃない」
しかしラファエルはゆるゆると首を振り、やはり否定的な言葉をこぼす。なんだと、まだフォローが足りんのか。と思ったら、ちょっと違った。
「昔……故郷に癒し手が現れてね。村の人たちはありがたがって、なんだって差し出した。けど、あとで解った。全部嘘だったって。治ったと思った病気は薬で痛みをごまかしただけ。消えたはずの傷は、肌に合わせて塗り付けた粉が数日したら流れて戻った。そんなの、ふざけているでしょう? だから、決めた。癒しの腕と話術を磨いて、誰よりも信頼される癒し手として各地を回ってあいつらの狩場を先に潰してやろう、って」
「そっかあ~!」
話の流れと割と正直な気持ちでなぐさめトークをしていたら、ぼんやり思ってた感じより全然恐い動機が出てきて動揺してる。




