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59 割と業が深い

「犯罪奴隷、犯罪奴隷、一つ飛ばして犯罪奴隷」

「たもっちゃん、なんで一つ飛ばしたの」

 うちのメガネがびしりびしりと指さしているのは、広場に並んだ人間入りの小さな檻だ。

 大森林の間際の町で売られる奴隷は、そのろくでもない用途からほとんどが犯罪奴隷である。

 ――と言う話に、一応はなっている。

 しかしなにも信用できない。

 我々が奴隷市場で購入し、レイニーの魔法で丸洗いされた九人の奴隷。あれがもうすでに犯罪奴隷じゃねえからな。

 絶対これ違う奴もまざってんだろと私が言うと、えーじゃあ確認してみる? みたいなノリで、たもっちゃんが人差し指でどーんとさしてガン見などをしているところだ。

 人権を守らなきゃ! とか。かわいそうだから助けてあげなきゃ! とか。

 そんな目的は特にない。

 なにも考えてなかったし、仮に考えていたとしてもなにかできたかどうかは疑問だ。

 結論を言う。

 私もまた、この奴隷市場で奴隷を買った。

 ごめんて。色々言って。人を売って食うメシはうまいかとか言って。

 なんだかんだ言いながら、自分も奴隷などを買ってしまった。しょせん私のような凡人は、人権派勇者にはなれないのである。

 そう思ったが、よく考えたら勇者の所にも奴隷っぽい女子がいた。あれ、なんなんだろうな。人権派って、なんなんだろうな。

 世界の闇に触れてしまったかのように、思わず関係ないことを考える。完全なる逃避。私もすでに、片足をダークサイドに捕らわれている。片足で済めばいいほうかも知れない。

 たもっちゃんが「うーん」と首をかしげながらに、一つ飛ばした檻に近付き古くて汚れた上の布をぺらりとめくる。

「あ、それは」

 少しあわてたみたいな奴隷商の男に、黒ぶちメガネの掛かった顔が少しだけ傾く。

「奴隷なの? これも」

 少し屈んで、中を見る。

 奴隷たちが入れられた檻は、私の胸くらいの高さがあった。

 その中に、ぎゅうぎゅうと。

 筋骨隆々の大きな体をきゅうくつそうに折り曲げて、それはいた。

 それは人間ではなかった。人族とかの、種族的な意味で。

 しかしその外見は、むしろ人間に近かった。

 青黒いつるりとした肌に、五本の指を持つ手足。目は二つ。少し大きめの耳も二つ。鼻は一つで、口も一つ。ただし体格は相当に大きい。

「トロールじゃん。トロール。トロールの奴隷て。トロールだよ、トロール!」

「たもっちゃん、落ち着いて」

 なんかこれみたことあるやつや! とばかりにテンションを上げ、うちのメガネが好奇心で顔をぴかぴかさせる。

 その様子に、なにやら複雑そうな表情を見せるのは奴隷商の店主だ。

 たもっちゃんはトロールと言ったが、彼はこれを大森林の暴れ者と呼んだ。通称だそうだが、それで大体通じるらしい。

「これはまだ小さな方ですがね。体が大きく力も強くて、躾ができれば奴隷としても重宝します。ただ、あまり頭は良くないのと……気性が荒いので……」

 そもそもしつけとやらができるかどうかはやってみないと解らない、と。

 この際、是非は別として。それで商品として売れるのかなーと思ったら、売れてないから檻に残っているのだと気付いた。

 ここは大森林の間際の町で、客が求めるのは囮用の奴隷だ。囮になればなんでもいいが、囮にならないと話にならない。

 例えば主人より足の速い奴隷とか、主人より強い奴隷とか。

 魔獣も、簡単なほうから襲うくらいの知恵はある。奴隷よりも主人が弱いと、結果として主人のほうが囮役になってしまうことがなくもない。と言うか、なる。

 小太りの奴隷商は、失敗しちゃったなー。みたいな顔で夏の青い空を見た。

「だから、大森林の暴れ者とか全然売れないんですよね」

「なんでそんな奴隷仕入れちゃったの」

「大森林のものは大森林が向いてるかと思って……」

 我々は、謎の地産地消へのこだわりを見た。

 私が買ったのは、このトロールだ。

 しょうがない。これはしょうがなかったやつ。たもっちゃんなみに説得力はないが、世の中にはしょうがないとしか言えないことが確かにあるのだ。嘘だ。ただの趣味だ。

 今回は、特に相手が悪すぎた。

 よくよく見るとこのトロールは、設定が盛りすぎくらいにいっぱいだった。

 まず両手。左の腕は二の腕の中ほどで切り落とされて、すでに存在していない。もう一方の残った腕も同じ位置に傷があり、一度切り落とされたのを粗く縫い合わせてあった。

 次に顔。体と同様に筋肉の目立ついかつい顔は、右半分のほとんどが傷跡によってそこだけ肌の色が違って見える。

 おしい。傷の位置が左右逆なら、トロール界の無免許医になれたかも知れない。

 顔面の傷は右目も巻き込む位置にあったが、視力に問題はないようだ。

 ファンタジー生物にテンションを上げ、檻にかじり付く我々にトロールの目がちらりと向いた。しかしすぐに興味をなくし、ふいっと離れる視線がつれない。

 なに、その自分にも興味ない感じ。

 獣のように檻に入れられ、家畜みたいに売られようとしている。そんな時、これは普通の態度ではないだろう。

 虚無感とでも言うべきか、感情の見えないその横顔はなにもかもをあきらめてしまったかのようだ。お前になにがあったって言うんだ。買う。

 テオや騎士たちや奴隷商、少し離れて原っぱにいるノラも私の決断におどろいていた。決断っつうか、衝動買いに。

 あんまり意外じゃなさそうなのは、たもっちゃんだけだ。檻にしがみ付いた格好のまま、あっさりと言う。

「あ、買うの?」

「買う。隻腕に顔の傷。なんかすごいこじれためんどくさい過去がありそう。たぎる」

「リコもさ、割と業が深いよね」

 胸の前で腕組みしながら今までになくキリッとした顔でうなずいていると、同じようにうなずき返すメガネからそんなふうなそしりを受けた。

 ええ? ホントに買う奴いるんだ。みたいな空気を出しながら、小太りの奴隷商は素早く「商品」を用意した。

 せまい檻から出てきた体は、やはりタテにも異様に大きい。背丈は二メートルを二、三十センチは超えている。

 これでもトロールとしては小さなほうと言う話だから、もう意味が解らない。

 大きく太い両足は無事。かと思ったら、歩くたびに左足を少し引きずる。

 よく見るとふくらはぎの一部が細長くえぐれて、ふさがった傷のふちはぎざぎざだ。大森林の魔獣にかじられたらしい。

 だから一体なにがあったんだお前に。

 ほかの奴隷と同様に、トロールの太い首にも身分を象徴する首輪があった。

 しかし、ほかの奴隷たちとは明らかに違う。

 もっとぶ厚く頑丈で、表面にはびっしりと魔法術式が刻まれているようだった。正面には光る魔石がはめられて、行動制御の魔法が常に展開しているらしい。

 首輪の左右と後ろには丈夫な輪っかが付いていて、じゃらじゃらと太く重たい鎖が伸びる。気性の荒い暴れ者をリードなしで外に出せない。と言うことらしい。

 その鎖を恐る恐るにぎっているのは、急いで駆り出された従業員や奴隷だ。

 奴隷商の男は私に言った。

 お前にあの子が救えるか、と。嘘だ。その代わり、本気で買うつもりですかと真剣な顔で何度も聞かれた。

「良いですか。奴隷が起こした面倒は、主人の責任になります。絶対に鎖を離してはいけません。良いんですか? 大森林の暴れ者ですよ? 暴れますよ? 暴れ者ですから」

「いいの。買うの。ごはんだったら私のぶん半分あげるし」

「リコの半分じゃ足りないんじゃないかなぁ」

 力強く答える私に、たもっちゃんがぼやく。

 これあれじゃん。いつの間にか俺が世話してるパターンのやつじゃん。とか言って。

 トロールの首輪から三方に伸びた鎖には、一本につき三、四人の男。合計すると十人前後の男たちがくっ付いていた。しかし、あんまり役に立ってない。

 檻から出るのも久しぶりなのだろう。

 片腕のトロールは筋肉だんごみたいな体をごきんごきんと鳴らしたりしながら、きょろきょろと周辺を見回す。そのたびに、鎖の先ではおっさんたちがあわわあわわと振り回されて転んだりしていた。

 トロール奴隷の代金は、犯罪奴隷より格安だった。銀貨二枚を支払うと、三本の太い鎖が全て私に渡される。

 いざ持つと、鎖だけでものすごく重い。これさ、持つのが私だけなら一本でいいよね。と言うか、それ以前の問題だ。

「ねえ、これはムリじゃない?」

 親戚の家のやたらと大きなばかイヌと散歩に行ったはいいものの案の定こっちが引きずられ、両方の膝をアスファルトですり下ろされた小三の夏休みを思い出すなどした。

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