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神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~  作者: みくも
見知らぬ土地に乗り込んでとにかくごはんと謎生物編
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588 水の森

※災害、騒乱を想起させる描写があります。ご注意ください。

 その風景は、きっと水の森とでも表現するのがふさわしい。

 足元は地中からしみ出す水で豊かにあふれ、辺り一面が広く浅くゆるやかに沈む。

 せいぜいが大人の膝ほどの、水の下には小ぶりな葉や花を付けた水草が遊ぶみたいにさわさわ揺れて、ゆったりとしたその水にいくらかの流れがあると言うことを教えた。

 乾いた地面は見当たらず、森を形作る背の高い木々は水と水草の間から太い幹をにょきにょき伸ばす。

 そよ風に青葉を揺らす無数の梢が遥か高くの頭の上で重なり合って、空を隠し、陽光をやわらげ、その下に広がる地上では絶えずざあざあと水が流れ砕けるような、木々が枝葉をこすり合わせているようなささやかな音が全ての方向から押しよせて響く。

 足元を流れる水は透き通って清らかだった。

 呼吸するたび肺を満たす空気には、しっとりと水のにおいや森の吐き出す新鮮な酸素の香りが含まれているかに思われた。

 清々しく、さわやかな場所だ。

 ――いや。

 本来であれば。そのようにさわやかなはずだった。

 けれども、今は様子が違う。

 どこかでなにかが燃えている焼け焦げたにおいがただよって、視界もどこか煙に曇っているようだ。そして地面の代わりに足元をに広がる水面は、ところどころで赤黒くにごる。

 あちらこちらで倒されて捨て置かれた様々な魔獣が、またはそれらと戦い、追われ、傷付いた人間の血が、どうしようもなく流され続けているのだ。

 ここはナッサーヴァルト領。

 ラファエルを支えるパトロンが治め、風光明媚な森林と豊かな水に恵まれた領地。そして、今は大挙して押しよせる魔獣によって危機に瀕する土地である。


 我々はラファエルたちをメガネ自慢の空飛ぶ船に残らず乗せて、飛ぶ? とは? と、乗ってはみたが全然混乱したままの彼らをずんどことハイスピードで目的地へと運んだ。

 この道中で簡単にラファエルからはナッサーヴァルトでなにがあり、彼女の慈善活動を支えるパトロンがどんな人物であるのかなどを聞いていた。

 その話をまとめると、出会いについてはシンプルに領主の身内の病人をラファエルが癒しの力で治療したことから縁ができ、慈善に全振りの活動に感銘を受けた同氏から資金面での援助を受けることになったのだそうだ。

 かの人は領主としても有能で、領土のほとんどが水にふやけて通常の農業は難しいところを逆手に取って、水が豊富であるのを活かして水耕に特化した農業や水生魔獣の畜産に力を入れていた。

 他領には類のない農畜水産物を次々と輸出し成功を収め、飢えることのない領民もあつい信頼を領主へよせる。

 そんな肥沃な土地柄の、美しい自然の多い場所であるのだと聞いていた。

 だから、少なからずショックを受けた。

 最初はまだ、そうでもなかった。

 空飛ぶ船で領地の端にたどり着き、地表を浅く広くゆるやかに流れる水におおわれた森へとおり立った時には、確かに幻想のように美しい所だと思ったものだ。

 ちなみに、領主の所へ駆け付けるならそのまま船を飛ばせばいいものをこの時、どうして一度地面におりたかと言うとハイスピードで飛んでる船からでも解るレベルでどすんどすんと暴れるなにかが青葉を付けた枝葉の間からわさわさ見えて、めきめきと折れる大木や、逃げ惑ういくつもの人影を認めたからだ。

 我々はあわてた。

 たもっちゃんなど「あかーん!」叫び、あせって船から飛び下りたほどだ。

 自慢の帆船を雑な魔法で飛ばしていたのは真っ先に船を離れたほかならぬこのメガネだが、すかさずレイニーが操縦権を奪い取り墜落などはしなくて済んだ。本当に助かる。

 それで、わー! となってダイブしたメガネを、わー! とラファエルたちが目で追って、船の甲板をぐるりと守る手すりに飛び付き地上の様子を見守る中でなんらかの魔法がどかんどかんと炸裂し、木々をなぎ倒し暴れ回る大きめの魔獣をそこそこの手際で制圧していたようだった。

 私はあんまり見てなくて、メガネが船を離れて地上へとなんらかの魔法でしゅぱぱぱ飛んでおりたあと、では自分もとばかりにいそいそと自らの腰布のベルトにはさんだでっかい骨をしっかりにぎり甲板の手すりを乗り越えようとする金ちゃんを、結構高いからちょっと待とうねえ! と必死でなだめるのに忙しかった。大変だった。

 それから一度船をおろして合流し、出番を待っていた金ちゃんやテオ、フェネさんなどが水の中に身を隠す小さめの魔獣を元気いっぱいにフンフン狩って、その間にラファエルを始めとした慈善の旅の一行が魔獣に追われていた人たちを保護した。

 程度に違いはあるものの、ほとんどが負傷者であった彼らに全開の善意で癒しの力をおしみなく使わんとするラファエルに先んじ、同志たちが薬でこと足りる軽傷の患者と治癒魔法が必要な患者を分けて行く。治癒の才に優れた聖女でも、力に限りがあるからだ。

 こうなるともはや私はなんの役にも立たないが、一応傷によく効く草をねっちねっちとすり潰したものを傷薬どっすかと配り歩くなどして一応のやってる感を出す。

 決してさぼっている訳ではないのだが、そうしてやっと周囲を見回す余裕ができてこの領地、ナッサーヴァルトを形作る水の森が風も光も清らかな豊かな場所であることを実際に知った。

 まあ、なんかまだわあわあ言ってる方向を見ればメガネの魔法でどーんと倒されたでかい魔獣を中心に、流れ落ちる赤黒い血が足元をどこまでも広がる透き通った水に広がりにごらせているが。

 あれはなんか薄目で見ても体の中身の臓物がぶちゅっと出てる感じがしてるので、離れた場所にいるだけでかなりおっかない感覚がある。

 だがこれは、まだマシだ。

 マシだったのだと解るのは、もう少しあと。

 普通ならこんな所にいるはずのない、大人が二、三人で手をつなぎやっと囲める太い木を簡単になぎ倒す大きな魔獣に襲われて、無我夢中で逃げてきた人たちは水や血でびしょびしょだった。

 異世界の季節はすでに春。それでもまだ肌寒い。

 治療を受けてもガタガタ震える人たちにどうしたらいいかと毛布を持っておろおろ走り回る私をよそに、この問題をあっさり解決したのはレイニーだ。

 船に乗る前にメガネやテオや金ちゃんとフェネさんまでを含めた全員が念入りに洗浄と乾燥の魔法を浴びせられ、少し乱暴だけど気を使ってくれたんだね。ありがとう。などと、村人たちから素直な感謝を受けていた。

 しかし、レイニーが矮小なるニンゲンに親切な訳はない。

 多分びしゃびしゃで船に乗られるのが嫌だったんだろうなと察するが、私は空気が読めるので口をはさまず黙っておいた。えらい。自分の大人さにびっくりしちゃう。

 そうして、逃げてきた彼らの村に立ちよって、逃げそびれ、隠れて運よく魔獣をやりすごした人たちを探し出す。

 水の森にある村はやはり足元が水なので、どの家も樹木を土台にツリーハウスのように作ってあったようだ。今はもう、そのほとんどが壊され燃えているものまで散見された。

 これでは村に残っても雨風をしのぐ場所もなく、また魔獣に襲われでもしたら今度はどうなるか解らない。

 村人とラファエルたちと冒険者としての経験で話に加わっていたテオがそんなふうに結論付けて、それでとにかく助けられた全員を連れ領主の所へ急ぐことになった。

 私はこの時、少し思い違いをしていた。

 魔獣の群れは外からやってきて、だから領地の外側であるほど被害が大きいのだと思い込んでいたのだ。

 だって、普通ならいないはずの大きい、そして大量の魔獣が突然現れたのだと聞いたから。

 しかし、そうではなかった。

 ナッサーヴァルトの中心地、領主の城へと近付くごとに被害はどんどん深くなる。

 樹木が倒れ、折れ、すっかり荒れた森を見た。紙でできたおもちゃのように、打ち壊された家を見た。または、それらのものが食事や人をあたためるはずの火に焼かれ、黒い煙を上げるのを見た。

 しんどい。

 ちらほらと、折り重なった瓦礫の陰や巨木の根元のうろに身をよせ魔獣をやりすごした人たちを見付けて、逃げててくれてありがとうねえ! とか言いながら、ひんひん泣いて船に乗せ空をしばらく飛んだのち、ようやっと遠くにぽつりと領主の城が現れた。

 近付くごとに鮮明になるその様は、ごつごつと大きく切り出した石を重ねて作られた古代の遺跡めいた容貌を持つ。視界の端まで平たく広がる森の中、黄土の石のかたまりはまるで緑の海にぽかりと浮かぶ小島のようだ。

 武骨な石でつくられた、要塞みたいに堅牢な雰囲気のその城へ、どんどこと空飛ぶ船で乗り付けて「とにかく! ごはん!」とちょっとした湯船ほどもある大鍋を出し半泣きでわあわあ騒ぐ我々に、城の主たるナッサーヴァルトの領主があわてて飛び出してくるまでにそう時間は掛からなかった。

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