587 女子トーク
それがよかったのか悪かったのか。
私には判断が付けられないが、ラファエルは女子トークに飢えていた。
恋バナとかに全然乗れない私やそもそも人の心を持たないレイニーが相手でさえも、なんかすごい楽しそうなほどに。
「男なんて! ずっと好きなのは君だけだよって言ってたくせに結局近場で適当に自分の都合のいい女とくっ付くのよね!」
「解るぅ」
まあなぜか、酔っ払いに逆らってはいけないとばかりに相づちを打つのはうちのメガネでやはり女子トークの要件を満たしてないのだが、そんな細かいことはどうでもいいのだ。
セルジオの純愛終了の知らせに本人を知らず、もう一方の当事者であるレイニーを置いて盛り上がるラファエルはもはやなにも隠せていない。そんな彼女が私は少し心配だ。
「ねえ、この人ちょっと疲れてる気がするからもっとゆっくりさせたげて」
「それは……あの、はい」
恐らくただでさえ忙しい癒しの旅のスケジュールにまで口を出してしまう私に対し、余計なことだと言い返さずにそうかも知れないとしょんぼりするのはラファエルのお世話係である獣族の女子だ。
とにかく勢いのあるくだを巻く男装聖女の酔いかたに、同志として癒しの旅に同行する彼らもなんとなく意外と引いていた。アルコールの入ってない時は当然として、普段は飲んでもこんな感じではないのかも知れない。
けれどもそれはそれとして、彼女にも思うところがあったのだろう。
額から鼻先に掛けて白い筋のある、イタチのようでいながらにふっくらとした自らの顔をしんなり伏せて獣族の女性がぽそぽそ語る。
「解っているんです。お忙しすぎるって。でも、癒しが必要な病人や怪我人をラファエル様は放っておけません。少しは体を休めてくださいとお願いしても、患者がいれば飛んで行ってしまって」
「お、おお……」
彼らも同志として大切にしている、そして信奉すら向ける存在であるラファエルの、すぎる献身を心配してはいたようだ。
それを部外者に指摘され、お世話係の女性はすっかり落ち込んだ。見れば、同じく旅の同行者であるおっさんも眉間のしわを深くしてぐっと押し黙っていた。
どうやら痛いところをうっかりどつき回してしまったようで、そんなつもりはなかったのだがなんかごめんと思ってはいる。
この、なんとなくもうちょっと素朴にきゃっきゃした集まりになるかと思われた概念としての女子会は、フタを開ければ一秒でも早く本人に伝言を伝えて義務から解き放たれたかったテオによる燃料投下で人様の、一身上の都合でどろっとしてしまった恋バナをさかなにまあまあ人として最低の盛り上がりを見せて終わった。
元々お呼ばれしたのは夕食なので大人だけでなくじゅげむもいたが、ラファエルがアルコールとゴシップでできあがる前にはお腹いっぱいのおねむになって、扉を隔てたベッドルームで寝かせてもらうなどしておりことなきを得た。情操教育の観点とかで。
金ちゃんは人族の言葉を多分解していないので、とにかくずっと食べ物をむさぼっていた。
一夜明け、翌朝。
昨日は失礼したといくら飲んでも全部覚えているらしき、そしてよく寝てすっかり我に返ったラファエルから反省しきりに粛々とした謝罪を受けた。
まあまあまあね。そう言う日もあるよね。人間ってね。などと我々が、薄っぺらいフォローを入れつつ宿の食堂で朝食にしていた最中のことだ。
ラファエルの身を案じるあまり存在自体が教育に悪い我々の前ではほぼほぼいつもしぶい顔をしているおっさんが、それとは違う、どこか動揺に青ざめた様子で急ぎ足でやってきた。
「ラファエル様、こちらを」
そうして小さな紙を差し出して、朝食のテーブルに着いたラファエルがメモに目を通すのをじっと見る。
まるで固唾を飲むかのようだ。
それまでただの朝食の、のんびりとした雰囲気だったのが一瞬にして硬質な空気に変わったのが私にも解る。
そして実際、ただごとではなかった。
ラファエルは文面に落とした両目をはっと大きく見開いて、わずかの間も置かず判断をくだした。
「魔獣の被害で怪我人がいるはず。出立を急ぎましょう」
「……行かれますか?」
「僕は戦えないけれど、癒す事はできます。少しは役に立てるでしょう」
「ですが、危険です」
なにかが起こっていることを。
そのことを知らせるメモを持ち、ラファエルに渡したのはその人はしかし、彼女がそこへ行くことに明らかに反対し止めようとしていた。
その男性に視線を移し、ラファエルはゆるやかにウェーブを描き背中に流した浅緋色の長髪をさわさわ揺らして首を振る。
「行かなくては」
きっぱりと、静かに言い切る彼女の顔には堅い決意があったと思う。
我々は完全な部外者として、なにが起こっているのか全く知らないままそのやり取りを見ていた。
ラファエルにメモを差し出した男性は不服げに、しかし彼女がそう答えることは解っていたとも言うように。
一度大きく息を吐き、それから承諾の意を述べテーブルを離れた。これから仲間たちに事情を伝え、急いで出立の準備を始めるのだろう。
その忙しげな背中を見送って、ラファエルは一緒に朝食をとっていた我々に謝った。
「申し訳ない。僕は、急ぎ行かなくては」
「全然解んないけど大丈夫?」
ラファエルとしぶい顔のおっさんの会話を横で聞いてただけなので、全く話が見えてないのだがなんとなく大変そうじゃん。と、問い掛けたのはうちのメガネだ。
なんだか心配しているような、気に掛けるようなその問いに、ラファエルは虚を突かれたみたいにおどろいて、それからわずかに泣くように笑って首をかしげた。
「大丈夫かどうかは、考えてなかった」
だって、どうせ行くのに変わりはないから。
やはり事情は全く解らないままではあるのだが、強い意志を感じたし、この人は大変な場所へ飛び込んで行くのだとぼんやり思った。
この時、彼らになにがあったのか。
大体の感じでまとめるとこうだ。
癒しの力とパトロンからの豊かな資金をかね備えている男装聖女を中心に、慈善の旅で各地を回る彼らには次々と絶え間なく助けを求める声が届いた。
通信魔道具はかさ張る上に連絡できるのが一ヶ所と勝手が悪く持てないが、国内外のあらゆる場所に支部を持つギルドを通して文面をやり取りすることならば可能だ。
そうしてこの朝もいつものように、届けられた伝言はないかと同志らが確認のためにギルドへと出向いた。
そうして受け取ったメッセージの中に、緊急と注意書きの付けられた、そしてラファエルを手厚く支えるパトロンからの切迫した要請があったのだ。
船の上を吹き抜ける強い風に流されなびく長い髪を押さえ、ラファエルは語る。
「かの方の領地で魔獣が異常発生したそうだ。領主の城に民を入れ兵に守らせてはいるけれど、被害が大きく負傷者も多いと。僕ならば癒せる。危険だが、被害を最小限とするために戻って欲しい。そう頼まれた」
もちろん、パトロンは大事だ。慈善活動にも費用は掛かる。
しかしきっとラファエルは、例えパトロンからの要請でなくても、どんなに危険でも、知った以上は迷わずそこへ向かったと思う。
根拠はない。私がそう思いたいだけで、意外とそんなことはない可能性だってある。でもなぜか、すとんと素直にそう思う。
パトロンも、――その異常事態に見舞われた土地を治める領主なのだそうだが。
聖女として真っ直ぐなラファエルの気性を知っていて、その上でどうしても急いで戻って欲しいと頼んだ。それほど切迫した状況なのだ。
ここで、最低なお知らせがある。
この状況で浮付いた、そわそわした興奮を隠し切れない者がいる。メガネだ。
「冒険者の緊急クエストみが凄い!」
わっくわくでついそんなことを口走り、常識と良識の権化たるテオから「遊びではない」とじっくりお叱りを受けた。当然だった。
一応はそこで反省し、でも大変そうだし急ぐみたいだからお送りしましょうね! と、よかれの気持ちとまだちょっとある興奮のまざった提案で、ラファエル一行を船に乗せ現地へと最速で飛んだ。
たもっちゃんは、今はまだ知らない。
領主が、Aランク冒険者であるテオの登場に疲れて油の浮いた顔を光らせ、さらにBランクとされたメガネの冒険者証にも「おぉ」と感嘆をこぼし掛けてすぐ「ただし集団作戦はDランク相当とする」の注意書きにあからさまに落胆し、なんかすいませんと思わず謝らずにはいられなくなると言うことを。
別に私もまだ知らないのは同じだが。




