586 回り回って
やっぱ、ハーレム勇者がよくないと思う。
回り回って。回り回って結局ね。
ラファエルが勇者対策としての男装聖女だと知ってしまった切っ掛けの、最初にお風呂でエンカウントした理由については完全に持ち前のタイミングの悪さが効いていた。私の。
あとから聞くとわざわざ男装して隠してるものをノーガードで、それこそ他意のない私ですら入れる状態の風呂に同志らが一人で置いておく訳はない。
なので外には見張り役が待機してたと言うのだが、ちょうどその直前にふらふらやってきた泥酔状態のベーア族がいた。そのため、お酒飲んでお風呂はダメですよ。お送りしましょうねー。つって、そいつを連れて見張りが持ち場を少し離れているすきに、私とレイニーが入り込んでしまったようだ。
あるよね。なぜわざわざそこなのってタイミング。ちなみにその空白の時間を作り出したクマ、リンデンって言うんですけど。
そうした偶然の要素が重なって、風呂場における素っ裸での邂逅を果たしてしまった我々。
バレたもんはしょうがねえと開き直ったラファエル。
もう知っちゃったからどうでもよくない? と入浴を優先した私。
この両者のざっくりとしたメンタリティにより、なんか一緒にお風呂入っちゃったし、以後もなんとなく普通に風呂場で一緒になる仲となったのだ。
どんな仲かは私にも説明が難しいのだが、なんか知らんが生活リズムが全く同じで近所の銭湯でやたらとよく会うご老人の集まりみたいなおもむきで、風呂上がりにはよく冷えた牛乳で乾杯とかしちゃう。
お陰でラファエルとはなんだか親しくなっていて、逆に、彼女に心酔し彼女と共に旅する同志の方面からは大事な聖女に悪い友達ができてしまったとめちゃくちゃにしぶい顔をされている。
正直、解る。その苦々しい気持ち。
我々悪気だけはないものの、悪気がないだけためらわず色々やらかしがちなので。でもほら。悪気だけはないから。ただ悪気がなくやらかしてるってだけだから。だめか。
さすがに同志の人たちも、一緒に旅して長く時間をすごしているのでラファエルが男装の女性であることは知っていたようだ。それに、彼らの中にはちらほらと女性の姿も何人か見られる。
そのことで、わたしには思い当たったことがある。じわじわ薄い悲しみと共に、恐らくかなり的確に。
ラファエル、性別バレてる女同士ラクとか言って私やレイニーとお風呂でぼへあとくつろいでたけど、あれちゃう?
それは言葉通りの意味じゃなく、性別バレてることに加えて聖女っぽいのに特には気を使わずどこまでも普通にしてる我々の感じがラクって意味だったんちゃうやろか?
出会ってからまだ十日と少し。
互いに親しみのようなものを感じてはいても、本当に理解したり打ち解けたりするにはきっと時間が足りないと思う。
けれども。
ラファエルは常人ならざる聖なる力をその身に宿し、そして自ら旅をして人々を癒す。
恩を受けた人たちからは感謝され、尊敬を受け、そして特別なものとしてどうしても一段高いところへ置かれてしまう。そう言う存在なのだろう。
高潔であれ、清廉であれと求められ、そして彼女本人もそうあろうとしていると思う。
それに、性別を隠していることもある。
彼女と世界はどうしても薄く隔てられ、それを孤独と呼ぶのではないのか。
そんなことを、行き先は違うだろうけど途中まで一緒に行こうよ! と、きゃっきゃしているラファエルになんかこっちも楽しくなってきてクマの村から森を抜けた先にある木工所やギルドなんかが固まって町みたいになっている場所から、荷馬車に近い乗り合い馬車に乗り込んで尻にダメージを受けながらローバストの領主のいる街へ。夕暮れ時の閉門近くに街に着き、確保した宿屋の部屋で夕食に誘ってくれたラファエルが若干アルコールに飲まれた感じでわあわあ騒ぐ姿に思った。
「あー! 男ってそうよね!」
「ラファエル、隠して」
もうちょっと、もうちょっと男装までして性別隠してる設定活かして。
ローバストの領主の街は地方都市としては大きめで、飛び込みで適当に選んだと思われた宿屋は華美ではないが安宿でもなく、結構ちゃんとしたところのようだ。
裕福なパトロンの力添えを得て、癒しの旅に尽力しているラファエルのため同志らが気を利かせちゃんとした宿を選んだのかも知れない。
室内にいるのは部屋の主であるラファエルと、彼女をお世話する鼻にスッと白い筋のあるイタチっぽい獣族の若い女性が一人。あともう一人、癒しの旅の集団の中で我々に最も当たりの厳しい人族の眉間のしわがすごいおっさんがいた。あとはいつもの我々である。
だからいいと言えばいいのだが、アルコールの勢いを借りたラファエルは聖人だか聖女だかとして、立派な彼女を信奉する人々にはとてもお見せできない感じで、なんと言うか。
はっちゃけていた。
「別の女と結婚するけどずっと好きなのは君って、馬鹿よね!」
そしてハッスルしている内容は、よくないタイプの恋バナである。ハッスルって人生であんまり使ったことのない言葉だが、やたらとしっくりくるレベルでどうかしていた。
「ラファエル、ラファエル。ちょっともうお酒やめよっか」
「平気。まだ飲める」
「飲めるか飲めないかじゃなくてね」
もうやめよ。マジで。と、私やメガネがめずらしくやんわりしているような、内容的には別にやんわりともしてなくて普通に止めようとするのにも気付かず、ラファエルは酒や料理でいっぱいのテーブルにずいっと身を乗り出しながらにわくわくと問う。
「それで? それで? その男、いつからレイニーに言いよってどんなふうに愛を囁いて全然相手にされないからって悲劇の主人公ぶってどの段階からしれっとほかの女に乗り換えたの?」
「どろっとしてるうー」
聞きかたよ。わくわくぴかぴかとした顔面に反して、その内容よ。
いや、ざっくり言うとマジでそうらしいんやけれども。
そして問い詰めると言うにはあまりに楽しげに、ラファエルに水を向けられているのは名指しされたレイニーだ。
どうして話題の流れがこうなっているのかと言うと、まずは今、我々と同じテーブルに着き、完全に「やっちまった」みたいな顔でフェネさんを抱きしめ視線をぐるんぐるんさせているテオについて語らなければならない。
この見た感じから明らかな通り、やらかしたのはテオである。めずらしい。
そもそも、クマって言うかベーア族の多く住む村を出る辺りから、彼の様子は少々おかしかったのだ。多分。もうあんま覚えてないけども。
そしてその、テオの様子をおかしくさせた原因と言うのが、すでにラファエルがざっくりまとめた「レイニーに片想いして相手にされなくてもずっと思いをつのらせていたはずの男がいつのまにかほかの女性と結婚することになっていて、でも今も好きなのはレイニーです」の件だった。改めて言ってもひでえなこれ。
まあその男は当然と言うべきか、だいぶん前にうっかりレイニーに一目ぼれして、それからずっと泥沼の片恋にずぶずぶだった赤銅色の髪と目の騎士隊長セルジオだ。いつの間にか、そんなことになっていたらしい。
あいつあんな純情全開だったのに、なんなの。みたいな思いもあるのだが、お家の事情があるそうだ。
ではなぜテオがそれを知ることになったか。
親の決めた相手との結婚が決まったセルジオが、でも好きなのはレイニーなのに引き裂かれるこの心。とばかりに気に病んでいて、それを見かねた部下のジャンニが敬愛する隊長のため「あとで妙な噂として耳に入るよりは」と断腸の思いで事情を打ち明けたのだ。
テオに。
ここでメッセンジャーに選ばれてめちゃくちゃ気の重い話を託されて、板挟みになってしまうのが最高にテオ。けれども同時に、伝えるべき相手は人の心を持たないレイニーだ。
状況によってはかなりやべえ要素も含むため秘密のように一人でかかえることにそわそわしてしまったテオは、我々だけの機会をうかがいなる早で、けれどもそんなには心配せずにレイニーに伝えた。
そして、これは本当にテオが不憫でならないことに、宿屋に着いてがやがやとメガネやテオの男子らと私やレイニーの我々女子がそれぞれの部屋に一度入ってわいわい再び合流し、お呼ばれしていたラファエルのお部屋に行く途中、廊下を歩きながらに伝えられたその話を、女子会! 楽しみ! と、メンバー的には女子会の要件を満たさないながらテンションが上がりすぎて若干の早足でわくわく迎えにきていたラファエルが、偶然と言うにはアグレッシブに聞いてしまった。
まあまあ高度に繊細な内容を含む伝言を廊下を歩きながら伝えるテオもテオではあるのだが、でもマジで相手がレイニーだからノーリアクションに対する変な信頼と、意外と行ける気がするみたいな気持ちも解る。




